AI時代に必要なスキルとは、知識の量ではなく、好奇心を起点に物事を広く客観的に捉え、文脈から新しい発想を生み出す力です。
AIが当たり前になる社会では、答えを早く出すことの価値は下がり、「何に興味を持ち、何に挑戦するか」が問われるようになります。人工知能学会会長(取材時)で慶應義塾大学理工学部教授の栗原聡氏は、その力の源泉として一貫して「好奇心」の重要性を説いています。
本記事では、栗原教授へのインタビュー(聞き手:DEFiDE代表 山本)をもとに、AI時代に求められる4つの力とその育て方、理想的な産学連携、そしてディープシークの登場から見える日本の勝ち筋を解説します。
この記事でわかること
・AI時代に必要な4つの力(好奇心・多様性・状況把握・文脈理解)
・日本人が新しい発想を苦手とする理由と、4つの力の育て方
・ディープシークに学ぶ、米国の後追いをしないAI戦略
・理想的な産学連携の形と、日本だからこそ実現できる「人とAIの共生」
ビジネスパーソンや学生がAI時代に身につけるべきことについて、栗原教授の考えは一貫しています。
「重要なのは“好奇心”です。色々なものに興味を持つこと。それが、チャレンジ精神に結びつくと思います。」
――栗原教授
| 力 | 内容 |
|---|---|
| ① 好奇心 | さまざまなものに興味を持つ力。チャレンジ精神の出発点になる |
| ② 多様性 | 異なる考えや価値観に目を向け、受け入れる力。興味の幅を広げる土台になる |
| ③ 状況把握能力 | 自分が今どういう状況にいるのかを、身近な場所だけでなく社会的な視点も含めて広く客観的に捉える力 |
| ④ 文脈理解 | これまでの流れを踏まえて次の一手を考え、浮かんだアイデアを流れとつなぎ合わせて展開を想像する力 |
4つの力は独立しているのではなく、好奇心が多様性への関心を生み、多様性を理解するために状況把握能力が必要になり、それらが文脈に基づく発想へとつながるという関係にあります。
栗原教授は、文脈の流れに基づいて発想する力は、詰め込み型の教育を続け、プロセスよりもすぐに答えを求めがちな日本では「難易度が高い」と言います。これは昔から指摘されてきた日本の弱さですが、今それがより顕在化し、イノベーティブなことが起きにくくなっている要因になっていると警鐘を鳴らします。
研究は新しいことに挑戦するためのものですが、確実にできることをしたがる学生も少なくありません。栗原教授が「どうしたらよいですか」と聞かれて「自分で考えてほしい」と返すと、悪戦苦闘しながら取り組む学生と、レールを敷いてあげないと進めない学生に明確に分かれるといいます。
特にAI研究は、ロボット工学、行動経済学、ネットワーク科学、社会科学など多様な学問が交わる学際的な分野です。順番に学んでいけば何とかなるわけではなく、必要な知識をあちこち「虫食い」的に学ぶ必要があります。その過程は不安を伴いますが、ある程度知識が付くと「これとこれが結びつくのか」と見えてきます。この不安な過程を嫌って安全な場所にとどまることが、挑戦できる人とできない人の差を生んでいるのです。
栗原教授が学生に「自分で考えてほしい」と伝えるように、答えを先回りして与えないことが出発点です。上司や教師が答えを知っていることをなぞるだけでは、挑戦にも研究にもなりません。
聞き手の山本は、仕事でも最初は「点」の学習ばかりで、それがいつの間にか「線」になり、最終的に「面」になると表現しました。結びつきが見えない段階の不安を前提として受け入れ、組織としても失敗を共有できる環境をつくることが、挑戦できる人材を育てます。
人工知能学会では「これからは特に教育が重要だ」と訴えており、その対象は大学進学を控えた高校生ではなく、小学校や中学校に通う子どもたちだといいます。ただし栗原教授は、初等教育でAIや情報を早々に教えること自体が目的ではないとし、子どもたちがイノベーティブな能力を身につけるには何が必要かを問い直すべきだと述べています。
「挑戦する人材」を評価し、育てる仕組みを
好奇心やチャレンジ精神は、評価や育成の仕組みがあってこそ組織に根づきます。DEFiDEのタレントマネジメントシステム「JOB Scope」は、社員一人ひとりのスキルや成長を可視化し、人材育成と評価を支援します。
中国企業が開発したAI言語モデル「ディープシーク(DeepSeek)」は世界に衝撃を与えました。栗原教授は、これを彼らだけの成果ではないと捉えます。ITの文化は、皆でアイデアを出し合い「共生」し、創造することで良いものを作る精神で動いており、ディープシークの成果は、彼らが使った技術とそれを生み出した人たち皆の業績を土台にしているというのです。
日本でも経済産業省の生成AI開発支援プロジェクト「GENIAC」などを通じて資金が投じられています。それでもディープシークのような成果が生まれない理由を、栗原教授は「日本は結局、米国の後しか追っていないから」だと断じます。成功事例の模倣には莫大な資金が必要で、日本の予算では到底足りません。そのうえで「小粒でそこそこ」のモデルを目指すのは、最初から負けているといいます。
栗原教授は、経済安全保障の観点から大規模なAIモデルを自国で作ることは必要だとしたうえで、民間のビジネスでは割り切りが大切だと述べます。ビッグテックが作るものは彼らにしか作れず、日本はそれを使う立場でよい。その代わり、自分たちにしかできない領域でレベルを一段上げれば、今度は米国が日本を追う立場になります。
「何も米国と同じことをして大きなものを作る必要はないわけです。」
――栗原教授
その一例が、栗原教授が推進した、AIと人間が漫画を共創する「TEZUKA2023」プロジェクトです。日本が持つ漫画文化とAIを掛け合わせる取り組みは、アニメーターの労働環境の改善にもつながる可能性があると、聞き手の山本は期待を寄せています。
栗原教授が考える理想的な産学連携とは、大学は結果の見えない挑戦的な研究に取り組み、企業はその中から使えるものを見つけ出すという関係です。米国では、企業が大学をうまく「踊らせて」、一見怪しいことにも挑戦させているといいます。
「「何でもやって良いですよ。その代わり、我々としてはその中から使える物だけを見つけていきます」といったカップリングができるかどうかが肝だと思っています。」
――栗原教授
一方、企業が「確実に事業化できることをやってください」と求めた時点で、研究は縮こまってしまいます。企業に余力がなくなると自社で研究をしなくなり、すぐに役立つ成果を大学に求めがちになるのが現状です。国のプロジェクトも直近の成果を求める傾向が強まる中、挑戦的な研究に資金が回らなければ、本来の研究はできなくなると栗原教授は訴えます。
栗原教授は、AIを起点とした日本の未来を語るうえで、まず本来の日本人が持っていた気配りや寛容さを取り戻す必要があると述べます。日本には、万物に霊魂が宿るとするアニミズムや、あらゆる場所に神様がいるという考え方、そして多様なキャラクター文化が根づいています。人間が自然を支配するのではないという、西洋とは異なる価値観です。
だからこそ、自ら考えるAIが社会の一員として人と共にある世界は、日本社会ならある程度実現できると栗原教授は考えています。AIが日本人の包容力や、自分だけでなく他者の幸福も追求する「自利利他」の精神を思い出させてくれるかもしれません。人間が中心でAIは道具とみなす欧米に対し、それが日本の良さとしてアピールできるといいます。
「ガラパゴス化しているということは、日本がそれだけ他と違うということです。それはそんなに悪い意味ではないと僕は思っています。」
――栗原教授
A. 栗原教授は、①さまざまなものに興味を持つ「好奇心」、②異なる考えを受け入れる「多様性」、③自分の置かれた状況を広く客観的に捉える「状況把握能力」、④物事の流れを踏まえて次の発想につなげる「文脈理解」の4つを挙げています。中でも一貫して重要だとするのが、チャレンジ精神につながる好奇心です。
A. 栗原教授は、詰め込み型の教育と、プロセスよりもすぐに答えを求めがちな風土を要因に挙げています。その結果、文脈に基づいて発想を広げる力が育ちにくく、確実にできることしかしない「守り」の姿勢が強まっていると指摘しています。
A. 人工知能学会では、大学進学を控えた高校生よりも、小学校・中学校に通う子どもたちへの教育が特に重要だと訴えています。ただし栗原教授は、早期にAIやITの操作を教えること自体よりも、イノベーティブな能力をどう育むかが本質だとしています。
A. 栗原教授は、大学は結果の見えない挑戦的な研究に取り組み、企業はその中から使えるものを見つけ出す、という役割分担を理想としています。企業が「確実に事業化できることをやってほしい」と求めた時点で研究は縮こまってしまうため、自由な研究を担保できるかが鍵だといいます。
A. 栗原教授は、日本が多額の予算を投じても新しい成果が出ないのは、米国の後追いをしているからだと指摘します。成功事例の模倣には莫大な資金が必要で、日本の予算では足りません。米国と同じことをせず、日本にしかできない領域でオリジナリティのあるAIを作ることが重要だとしています。
A. 栗原教授は、漫画などの文化資産とAIを掛け合わせた取り組みや、万物に神が宿ると考えるアニミズム的な価値観を強みに挙げています。人間中心でAIを道具とみなす欧米に対し、日本は人とAIが共生する社会を実現できる数少ない国だと述べています。
AIが道具にとどまる今こそ、それを使う人間の好奇心と挑戦する力が差を生みます。そして、人とAIが共生する社会という日本ならではのビジョンは、「ガラパゴス」をむしろ強みに変える可能性を秘めています。
AI時代の人材づくりを、今日から
組織の生成AI活用の現状を知る「生成AIワークバリュー・スコア分析」と、一人ひとりの成長を可視化する「JOB Scope」で、AI時代に挑戦できる人材づくりを支援します。
▶ インタビュー全文:チャレンジをしない日本は、AIの未来を切り開けるのか(後編)