日本企業のAI活用が進まない最大の理由は、「リテラシーの低さ」ではなく、失敗を避けて確実な成果ばかりを求める「チャレンジしない風土」にあります。
生成AIの登場から数年がたち、業務へのAI導入を検討する企業は増えました。それでも「導入したが使われない」「投資効果が見えない」という声は後を絶ちません。人工知能学会会長(取材時)で慶應義塾大学理工学部教授の栗原聡氏は、問題の根はツールや技術ではなく、日本の組織と人のマインドにあると指摘します。
本記事では、栗原教授へのインタビュー(聞き手:DEFiDE代表 山本)をもとに、日本企業のAI活用が進まない5つの理由と、それを乗り越えるための解決策を解説します。
この記事でわかること
・統計で見る日本のAI活用の現状と世界との差
・日本企業のAI活用が進まない5つの理由
・日本から「キラーアプリ」が生まれない構造的な要因
・AI活用を前に進める4つの解決策と、陥りがちな落とし穴
総務省「令和7年版 情報通信白書」によると、生成AIサービスを使ったことがある個人の割合は、日本では2024年度調査で26.7%でした。前年度の9.1%から約3倍に伸びたものの、主要国とは依然として大きな差があります。
| 指標(2024年度調査) | 日本 | 米国 | 中国 | ドイツ |
|---|---|---|---|---|
| 個人の生成AI利用経験 | 26.7% | 68.8% | 81.2% | 59.2% |
| 生成AIの活用方針を定めている企業 | 約5割 | 約9割 | 約9割 | 約9割 |
出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」
国内でも、活用方針を定めている割合は大企業の約56%に対して中小企業は約34%にとどまり、企業規模による差が見られます。栗原教授は、こうした遅れは企業だけでなくアカデミアも含めた「日本全体に共通すること」だとしたうえで、その原因を単純に片付けることに疑問を投げかけます。
「その遅れているというのが、「日本人はリテラシーが低いからだ」とすぐ帰着してしまうのは、違う気がしています。」
――栗原教授
今のAIは「業務の効率化」ばかりが強調されがちです。しかし日本人はもともと真面目で、泥臭い仕事もきちんとやり遂げ、エラーも海外と比べて圧倒的に少ないと栗原教授は言います。階級が明確で誰もが同じ仕事をこなせるわけではない欧米では、効率化のためにAIやDXを導入せざるを得ない事情があります。一方、現場が優秀な日本では「自分たちでやった方が早い」となり、AIを使うと「ズルをした」と言われかねないのです。この傾向は役職が上がるほど強いといいます。
人間は道具を使う生き物ですが、今の生成AIはプロンプト(AIへの指示や質問)ですべてを片付ける道具です。ところが、多くの人は十分なプロンプトを書けるほど使いこなせていません。本当は大きなメリットがあるのに、その良さを引き出せていないために「どう使ってよいかわからない」という状態に陥っています。
栗原教授は、日本は「チャレンジをしない国」になったと指摘します。挑戦しなくなると「失敗してはいけない」という意識が強まり、費用対効果ばかりが気になるようになります。しかし日常業務の効率化が営業利益のどこに効いたのかは見えにくいものです。その結果、マネジメント層は「投資がどう生かされているのか可視化しにくい」として、投資そのものを躊躇してしまうのです。
「AIはイノベーションに活用すべきだ」という議論はよく聞かれます。しかし研究者としての実感から、栗原教授は次のように語ります。
「イノベーションは使う人のイノベーション力に呼応するものです。やはり、イノベーティブでない人がAIを使っても大きなイノベーションを起こすことはできません。」
――栗原教授
挑戦しにくい環境のまま「AIがあるからイノベーションを起こせ」と求めても無理があります。AI導入の前に、まず組織のマインドを変える必要があるというのが栗原教授の見立てです。
高度成長期の日本には、強力なモーター(アグレッシブなトップ)と、その下で正確に動く多くの歯車がありました。しかし、村社会に象徴されるように壁を作りがちな日本では、トップダウンで組織を細分化すると部門同士が分断されやすくなります。
かつての日本の強みだった「阿吽の呼吸」で隣接領域を補い合う働き方も失われつつあります。栗原教授は、インターネットとSNSがもたらしたフィルターバブル(見たい情報ばかりが表示され視点が偏る現象)によって人々がグループ化・個別化し、他のチームを敵対視する傾向が世界的に強まっていると指摘します。日本ではそれが村社会的な気質と結びつき、出る杭を引きずり下ろすような空気がモラルの低下を招いているといいます。
キラーアプリとは、その技術が一気に普及するきっかけとなる決定的な用途やサービスのことです。栗原教授は、日本からAIのキラーアプリが生まれにくい構造的な理由を次のように説明します。
中国や米国では、人型のヒューマノイドロボットが急速に進化しています。一見何に使うのかわからなくても、どんどん作ることで倉庫や組み立て工場で使えるようになるかもしれません。日本にも本田技研工業の「ASIMO」やソニーの「aibo」がありましたが、挑戦の流れは続きませんでした。
「「キラーアプリ」を考えてじっと座っているのではなく、今あることの中からできることを冒険して、「キラーアプリ」を作っていくべきです。」
――栗原教授
海外が先にキラーアプリに到達し、それが日本に入ってくると皆が一斉に群がる――このパターンを繰り返すのか、と栗原教授は問いかけます。カンフーを披露する中国のヒューマノイドロボットを見て「何の役に立つんだ?」と思うか、「すごい!」と思うか。経営者の反応ひとつで道が分かれるといいます。
「生成AIの次はAIエージェントだ」と言葉だけで盛り上がり、テクノロジーを使うこと自体が目的化している風潮に、栗原教授は警鐘を鳴らします。
「価値を生み出すことに寄与しないテクノロジーに意味はありません。」
――栗原教授
AIを導入する目的は効率化ではなく、効率化の結果として、どのような価値の創造に寄与するのかです。費用対効果を測るなら、「何時間削減できたか」だけでなく、生まれた余力で何を生み出したかまでを評価の対象にする必要があります。
効率化で生まれた時間を、価値を生む仕事へ
DEFiDEの社内業務クラウド「SmartOps」は、AIエージェントやAI-OCR、RAGを活用し、紙の書類のデータ化や社内情報の検索、申請・承認などの定型業務を効率化します。基本機能はずっと無料で、必要な機能だけを追加できるため、小さく始めて効果を確かめられます。
栗原教授は、クルマに限らずアプリケーションのプログラムも含めて、日本のベースには「モノづくり」があると言います。AIが現場のモノづくりの効率化に寄与できないなら不要かもしれず、現場にAIを使いこなすスキルがなければ、AIでイノベーションを起こそうという動機すら生まれません。
聞き手の山本も、支援先の中小企業で品質の劣化が進んでいる現状に触れ、人手不足や熟練技術者の減少が進む中で、現場の知識をAIで継承・検証していく方向性を提起しました。
熟練者のノウハウを、AIで現場に残す
DEFiDEの「chai+」は、社内の文書やマニュアルを参照して回答するRAG型のAIチャットボットです。ベテランの知識を検索・共有できる形にし、人手不足の現場でのナレッジ継承を支援します。
「これからは、皆がそれぞれモーターとして全体を動かす時代になったのです。たとえ小さくても皆がモーターであれば大きなモノを動かすことができます。」
――栗原教授
一人の強力なリーダーと多くの歯車という構造から、全員が自ら動く組織へ。部門の壁を越えて情報とアイデアが行き交う状態をつくることが、AI活用の土壌になります。
栗原教授は、日本人には「動き出すと早い」という強みがあるとも語ります。コロナ禍では、ワクチン接種が始まると一気に加速しました。AIも同様に、使えるようになればなるべく使おうとするはずです。だからこそ、最初の一歩を踏み出す仕掛けが重要になります。GoogleやMeta(旧Facebook)が興味本位に近い発想から始まったように、「トライしてみる」ことを許容する文化が求められます。
この問題は研究の世界にも及んでいます。基礎研究であっても「3年後・5年後には事業化」という条件が付くようになり、本来もっと先を見るべき研究まで短期志向に染まりつつあると、栗原教授は懸念を示しています。
「人とAIの共生」とは、AIを単なる道具として使うのではなく、自ら考えて動く自律型のAIと人間が、互いを必要とし合う関係を築くことです。イソギンチャクとヤドカリのように、共生関係には双方の自律性が欠かせません。今のAIはあくまで道具であり、そのようなAIはまだ存在しませんが、それを作ることが栗原教授の夢だといいます。
背景には、地球沸騰化や戦争、SNSの負の側面による民主主義の揺らぎなど、人類が自力では解決できていない問題への危機感があります。栗原教授がイメージするのは、のび太に頼まれても言いなりにならず、「自分でやりなさい」と諭して気づかせるドラえもんのような存在です。信頼関係があるからこそ、人は耳を傾ける。そうしたAIとの関係を社会に取り込めたら、と栗原教授は描いています。
A. 栗原教授は、リテラシーの低さだけが原因ではないと指摘します。主な理由は、①真面目で優秀な現場ほどAIに頼ることを「ズル」と感じる、②プロンプトを使いこなせずAIの良さを引き出せていない、③失敗を恐れて費用対効果の見えにくい投資を躊躇する、④AIがあればイノベーションが起きるという誤解、⑤村社会的な組織の分断、の5つです。
A. 総務省「令和7年版 情報通信白書」によると、生成AIの利用経験がある個人の割合は日本が26.7%で、米国68.8%、中国81.2%を大きく下回ります。生成AIの活用方針を定めている企業も日本は約5割にとどまり、米国・中国・ドイツの約9割と差があります。
A. 栗原教授は「イノベーションは使う人のイノベーション力に呼応する」と述べています。現在のAIは道具であり、イノベーティブでない人が使っても大きなイノベーションは起きません。AI導入と同時に、挑戦を促す組織のマインドを変えることが必要です。
A. 日常業務の効率化が営業利益のどこに効いたのかは見えにくいため、効率化そのものをゴールにしないことが重要です。効率化で生まれた時間や力を、どのような価値の創造につなげるかまでを設計し、そこを評価の対象にする考え方が求められます。
A. キラーアプリとは、その技術が普及するきっかけとなる決定的な用途やサービスのことです。栗原教授は、日本では独自の技術(シーズ)から産業を生むより、必要性(ニーズ)から入る傾向が強く、平均的な技術で同じことをする企業が多いため、キラーアプリが生まれにくいと指摘します。
A. 栗原教授が提唱する「人とAIの共生」とは、AIを単なる道具として使うのではなく、自ら考えて動く自律型のAIと人間が、互いを必要とし合う関係を築くことです。ドラえもんがのび太に言いなりにならず、ときに諭して気づかせるような関係がイメージとして挙げられています。
AIは導入するだけでは価値を生みません。挑戦を恐れず、効率化の先にある価値を見据えることが、日本企業のAI活用を前に進める第一歩です。後編では、AI時代に個人が身につけるべきスキルや、理想的な産学連携、日本ならではの勝ち筋について伺います。
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