社会や家庭で人と共生するロボットが広く定着してきたら、世の中はどう変わるのであろうか。今から楽しみでならない。だが、これを従来の模倣学習の手法で実現しようとするとハードルが高すぎる。コストが多大となりすぎてしまうからだ。その課題を解決するために新たな模倣学習の手法を提示しているのが、京都大学 大学院情報学研究科助教の長野 匡隼 氏だ。ロボットが視覚情報をはじめとする人間の五感の情報を取り込み、人の動作を模倣していこうとしている。具体的にはどのような研究なのか、そしてその研究の価値がどこにあるのか、弊社代表の山本が話を伺った。後編ではロボットが相互に役割を伝えあう仕組みづくりや日本の未来への提言などについて聞いた。 

京都大学 大学院情報学研究科 知能情報学コース 助教 

長野 匡隼 氏 

 

 

PROFILE

2018年3月電気通信大学情報理工学部卒。2023年3月電気通信大学 大学院情報理工学研究科修了。その後、日本電信電話株式会社研究員や電気通信大学 大学院情報理工学研究科特別研究員を経て、2025年4月から現職。 

 

 

 

目次

01 複数のロボットが協調・共創しあう仕組みを実現  
02 フォーメーションを表すメッセージをお互いに送り合い、役割を分担  
03 日本の製造業の救世主になる可能性がある
04 物事の原理・原則・背景を知り、情報を精査する必要がある
05 独創性を維持しながらも世界を巻き込む日本であってほしい 
06 人間とロボットが一緒に成長していく世の中を具現化したい 

 

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01

 

複数のロボットが協調・共創しあう仕組みを実現  

―模倣学習をロボットがある程度やると、長野先生の研究員とその複数のロボットとで共創し、さらに成長していくような感じになるのでしょうか。 

 

 まさにおっしゃる通りです。最初は1台で取り組んでいますが、人間においても「個人で成長する機能」と「複数人で成長する機能」は異なるように、ロボットにおいても、単体での知識や行動の獲得と、複数体が集団として学習・適応する能力は異なるものとして捉えています。そのため、1台のロボットにおける知識や行動の学習とは別に、ロボット同士が相互作用しながら、新たなスキルや協調行動を学んでいく方法の構築にも取り組んでいます。 

 

―他のロボットを相互に見ながら動いているという感じなのですか。

 

 その通りです。現在は、マルチエージェントシステムにおいて、マルチタスク学習(関連する複数のタスクを同時に学習する機械学習の手法)を活用しながら、ロボット同士の役割分担や協調行動の最適化に取り組んでいます。それぞれのロボットが、自身や他者の状態・得手不得手をもとに、役割を調整しながら行動しています。 

 

 

―すごいですね。役割分担はどういうプロセスになっているのですか。

 

 現在行なっているのは、本当に単純なものです。まず、フォーメーションや役割を表すメッセージをボトムアップに学習させます。そして、そのメッセージと自身の観測情報を用いて、強化学習(システムが自らトライを繰り返し、最適な行動方針を見つけ出していく仕組み)によって行動を学習するという方法です。複数のロボットが共同でタスクを解決する中で、「どのように行動すれば協調的にうまくタスクが遂行できるか」を、試行錯誤を通じて学習していく構造になっています。その結果、最終的には、協調するためにフォーメーションを表すメッセージを送受信しながら、協調行動を取れるようになるという実験結果も確認しています。 

 

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出典:M.NAGANO Page

 

 

 

 

 

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02

 

フォーメーションを表すメッセージをお互いに送り合い、役割を分担  

―今お話があったのは、A2A(複数のAIシステムが相互に通信し、協調して問題解決を図るアーキテクチャの仕組み)と結構似ていると思いました。AI -to- AIですね。言い換えれば、ロボット間ロボットみたいなものです。例えば、ロボットのフォーメーション情報はメタ情報として持っていて、ある命令が来たときは、それを得意とするロボットが動くわけです。

 

その通りです。簡単な実験をご紹介します。 

背の高いロボットと、背の低いロボットの2台を用意します。取りに行くべき荷物は、机の上と棚の上にあります。当然、背の低いロボットは棚の上の荷物を取ることができないため、代わりに背の高いロボットがその役割を担います。しかし、初期状態だと背が高いロボットの方が、机の上の荷物にも物理的に近いため、全ての荷物を自分ひとりで処理することも可能です。それでは背が低いロボットが何もすることがなくなってしまいます。そこで、ロボット同士がメッセージを通じて役割分担を行うことで、効率的な協調行動が実現されるように設計しています。つまり、背の高いロボットが物体の近くにいて取れたとしても、背の低いロボットに「あなたの方が得意だから、そちらをお願いします」とメッセージをやり取りするわけです。 

 

 

―これは、お互いのAIが認識し合って役割分担をしているのですか。 

 

そうです。実際には、ロボット同士はお互いがどのような身体的特徴を持っているかを明示的には知りません。しかし、過去の経験やメッセージのやり取りを通じて、「相手はこれが得意」「自分はこれが得意」と理解していきます。

 

 

―この2台のロボットを管理しているAIが、さらに上のレイヤーでいたりするのですか。 

 

管理しているロボットはいません。なので、音声やメッセージのやり取りだけを通じて、互いの位置や担当すべき役割を自律的に決定しています。完全に分散型のシステムで、協調的な判断が成されているというわけです。 

 

 

―喋るということは、相手側が聞いているわけですか。その内容を聞いて判断するのですね。 

 

はい、おっしゃる通りです。 

 

 

―すごい研究ですね。 

 

ありがとうございます。このアイデアの発端は、私と妻が買い物に行った際の体験にあります。たとえば、買い物リストにある商品を分担して探すとき、私が「今、この売り場の近くにいるよ」と伝えるだけで、自然と役割分担ができるのです。妻も同様に、自分の現在位置を簡単に伝えてくれます。たったこれだけのメッセージのやり取りでも、協調行動が成立してしまう。「その背景には何があるのか?」という疑問から、本研究が始まったように思います。つまり単にフォーメーションが分かるだけでも役割分担が可能ですし、さらに得意・不得意といった情報も含められれば、より効率的な協調が実現できると考えています。このようなメッセージのやり取りそのものも、コミュニティの中で創発すると考え、そこにも研究的意義を感じています。 

 

 

―これができたら、もう1つの大きなテーマになりますね。すごいです。初めて見ました。こういうのは普通、オーケストレーションAI(複数のAIを有機的に連携・統合するAI)がいて、タスクも計画し、そのタスクに相応しいAIはどれだと判定していく。再学習をしながら、その上で正しければ報告するみたいな形で、統括するのが良いのではと思うのですが、お互いがもう本当に人間のように意志を持っているみたいですよね。  

 

まさにその通りです。最近のマルチエージェント学習では、中央に「統率者」を置いて各ロボットを制御する方式が多く、これは「Centralized Training」と呼ばれます。この方式は効率性や最適化には優れていますが、自律性や多様性が失われてしまい、どうしても人間らしくなくなってしまいます。私はやはり、最終的にはロボット同士が本当の意味で自律的に動き、お互いを尊重しながら協力するような関係性を築いていってほしいと考えています。 

 

 

―長野先生が手掛けておられる研究の出発点となるストーリーがすごく面白いですね。奥様との会話がきっかけであったという。それが、研究のプランターにあるバックストーリーとして、非常に興味を覚えます。ブランドストーリーみたいな感じですね。世の中に長野先生の研究がどんどん広がっていくのが楽しみでなりません。いやあ、感動しました。 

 

ありがとうございます。 

 

 

 

 

 

 

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03

 

日本の製造業の救世主になる可能性がある 

―現状、日本の企業の99.7%は中小企業です。しかも、製造業が圧倒的な割合を占めています。ただ、一方では少子高齢化が加速し人手不足なので、職人が少なくなってしまっています。そんな状況の中、長野先生の研究は救世主になるのではと感じてしまいました。 

 

そう言っていただけるのは本当にありがたいです。実際、「人手が不足している」とか、「玄人の方の技術を後世に残しにくい」「データ数もすごく少ない」などという声は、中小企業の方々から良くお聞きします。例えば以前、製造ラインを流れる製品の中から異物を検出する研究に取り組んだことがあります。形が規格化されたネジとかだと分かりやすくて良いのですが、食品のようなものだと正直玄人の目で見みないと、どれが傷んでいるのか分からなかったりします。その認識や検出、玄人の動きをAIやロボットを使って何とか再現できないかということで、共同研究に取り組んだこともありました。 

 

―工場においても、ベテランの職人の方の中でも得意不得意が違ってきます。一人では決して完結しないので、協調しないといけません。なので、現場の職員同士でやり取りしていると思います。それが長野先生の今の研究だと、本当にロボットがお互いに模倣して、さらにお互いに話すことができたら、すごい世界ですよね。 

 

そうですね、まさにそのような未来を目指して、現在は各個別テーマごとに研究を進めています。そろそろ、それらの要素を統合するフェーズに入ってきていると感じています。 

 

 

―すごい研究だなと思うのですが、実用化の目途があったりするのですか。 

 

システムとして要素の導入は期待できると思いますが、ロボットとしての実用化まではすぐにはできないと思います。やはり、ロボットが社会活動に参入する、実環境へ投入するには、コスト面、ロボットの身体性、専門性などハードルが多いと感じます。

 

―長野先生の研究は、日本の製造業において価値のある研究だと思います。これを生かすために、産業界に何を求めますか。例えば、予算の確保やAIを活用したロボットに対する文化的な部分、AIへの理解不足とか…。いかがですか。 

 

そうですね、予算の確保は非常に大きな要素ですね。また、ロボットへの理解や、ロボット工学に対する知識が社会的にまだ浸透していない点も課題だと感じています。それに加えて、優れた要素技術が存在する一方で、それを共有する場が不足していたり、現場の課題を我々研究者が十分に把握できていなかったりすることも課題だと考えています。これは、我々の側の情報収集やアンテナの張り方にも改善の余地があると思います。 

例えば、先ほどのロボットの見まねの研究だと「使いにくいのでは」と思われるかもしれませんが、その過程で、デモンストレーションの動作の特徴量から、その人の得手不得手を理解することができるので、「この人はこの動作が苦手なのでこういうレクチャーをした方が良い」などの、教育・研修に役立てる要素技術を含んでいます。つまり、様々な分野に応用できる要素技術も含まれていることも多いので、異なるドメイン間で課題と技術を相互に共有する場はあると良いなと思います。 

また、物理的な制約も現実的な課題です。ロボットはある程度のスペースを必要としますし、移動や設置にも手間がかかるため、特に中小企業では土地や作業空間の確保が大きなハードルになるとも思います。一方、ロボットアームのみであれば、コンパクトかつ安価なものもあるため、導入コストがそこまで掛からないということも知っていただけると嬉しいですね。 

 

 

 

 

 

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04

 

物事の原理・原則・背景を知り、情報を精査する必要がある 

―長野先生の研究テーマは、産業界と上手く結びつくと大きな社会課題の解決につながる予感がします。本当に、鳥肌が立つような研究をされているという感じがしました。教育という観点からも話をお聞かせください。デジタル社会やAIの社会、しかもAGI(Artificial general intelligence。汎用人工知能。人間のように汎用的な知識を持った次世代のAI)からASIへと流れが大きく変わっていく中、学生さんや若い世代が今から学ぶべきことや身につけるべきスキル、考え方、ヒントになるようなことがあれば教えていただきたいです。いかがですか。

 

今や情報技術の活用が当然のIT社会になっているので、情報技術に関する最低限の知識は、ぜひ身に付けてほしいという想いがあります。近年では、どういう原理でシステムやパソコン、ロボットが動いているのか分からないまま使っている学生さんが多い印象があります。研究に限らず、例えば日常的に使っている携帯電話が、どんな仕組みで動いているのか、インフルエンサーが発信したコンテンツを見るだけでなく、なぜそのような情報に簡単にアクセスできているのかなどに関心を持ってほしいと思います。目の前の現象をただ享受するだけでなく、なぜ起きているのかについて深く考えたり、自ら調べてみたりする姿勢がとても重要だと思います。 

 

―好奇心が少ない感じがしますか。 

 

確かに、生活の中で当たり前になっているものには、疑問や関心を持ちにくいという傾向はあると思います。ですが、だからこそ意識的かつ習慣的に「なぜ?」と思考することを大切にしてほしいですね。また、最近のAI、特にChatGPTが優秀過ぎることもあって、それを絶対として受け入れてしまう傾向が強いことに、私は少し危機感を抱いています。ChatGPTに限らず、あらゆるAIやウェブ上の情報に対しても、改めて自分で精査すべき時代に突入している気がします。インターネットが普及した初期の頃から言われてきたように、発信されている情報が正しいのかを、これまで以上に注意深く見極める力が重要になっていると感じます。 

 

 

 

 

 

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05

 

独創性を維持しながらも世界を巻き込む日本であってほしい 

―ありがとうございます。ところで、長野先生は日本の未来がどうあってほしいとお考えなのかをお聞きしたいと思います。テクノロジー、社会、政治、何でも結構です。日本はどういった未来を思い描くべきでしょうか。

 

そうですね。かつての日本は非常に高い技術力を持ち、他国からも一目置かれる存在だったと思います。その頃のような位置に、もう一度立ち戻ってほしいという気持ちがあります。特に、日本人に特有の勤勉さや丁寧さをうまく活かしていけると嬉しいですね。もう少し具体的に言いますと、私は日本という国は、さまざまなものを創造してきた“創造的な国”だと捉えています。アニメなどを例にしても、創造的なコミュニティを形成し、面白いことを次々と生み出してきた歴史があります。また、他の国の風習なども受け入れる懐の広い国であると思います。そうした多様性や独創性は絶対に失わないままに、他国に負けない技術力を備えた存在であってほしいです。 

政治的な面で言えば、AIを社会に取り入れようとしている米国や欧州に比べると、日本はまだ遅れを取っている部分があると言わざるを得ません。だからこそ、AIを社会にしっかりと根付かせていくための制度的・文化的な働きかけが必要だと考えています。 

また、日本にはどうしても閉じたコミュニティになってしまいやすい傾向があると感じています。最近の若い世代の方はネット上で海外の方と喋るにしても、それほど抵抗はないのかなと思います。そういう方が率先して海外を巻き込むようなコミュニティを日本発で作ってほしいですね。トップカンファレンスを見てもコミュニティを形成しているのは、やはり海外の方であったりします。日本人が中心的な存在として関わっていけるような動きが生まれれば、個人的にはとても嬉しく思います。 
もちろん、私自身もこれらを実践しなければなと思いながら日々邁進しています。 

 

 

―長野先生の今の研究は、非常に日本らしさが出ていると思います。日本には他の国に比べて独特なカルチャーや風習があるじゃないですか。その中で、ドラえもんだったり、鉄腕アトムとか色々なロボットが出て来ています。そうした国は他にはありません。そして、それがAIを研究されるきっかけになっておられる先生方も多かったりします。慶應義塾大学の栗原先生もそうです。ロボットと共創する、ロボットと友だちみたいな感覚で付き合える、それが日本のカルチャーだと思います。長野先生のお話を聞くと、まさにそれを具現化されている気がします。まさしく、ロボットと会話しながらやっていくわけですから。そしてまた、バックストーリーとして奥様との買い物が研究のスタートになっているというのは、非常に面白いなと思っています。長野先生の研究をもっと多くの人々に知っていただけると世の中が大きく変わるのではないでしょうか。 

 

ありがとうございます。私は技術を生み出すうえで大切にしているのは、自分の興味や関心、社会的な流行もそうなのですが、作った技術を家族や友人に勧めることができるかどうかが大事だと思っています。このスタンスを大事にして、これまで取り組んできました。少し気恥しくなることもありますが、「皆さんもこういうことって経験したり感じたりしたことがありますよね」と語りかけることで、研究の内容を自然に受け入れてもらえると感じています。そのため、ストーリーを大切にしながら研究に取り組み続けています。 

 

 

 

 

 

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06

 

人間とロボットが一緒に成長していく世の中を具現化したい 

―先ほどのロボットの対話は、どのくらい前から研究されているのですか。  

 

それまでの基礎的な勉強は十年ほど前からですが、先ほどの研究自体は始めてから2〜3年になります。私が現在大変お世話になっている京都大学の谷口忠大先生と密に研究し、対話による協調をロボットが行うという研究もその頃からだったと記憶しています。ロボットの対話自体は5〜6年ほど前からになると思います。私の恩師にあたる電気通信大学の中村友昭先生と共に人と対話できるロボットに取り組んできた経験も活きていると思います。

 

 

―バックストーリーをブランド化して、最終的にはブランドストーリーとなる。出発点としてはとても大切だと思うんですよ。私らがウォッチしている中国や米国などの大手プラットフォーマーの考え方と長野先生の考え方は、全然違うなと痛感しました。彼らは、AIをコントロールする立場でものを考えていますが、長野先生はAIに生命を宿すまで言うと倫理観などの問題が出てきてしまいますが、やはりロボットが人間と同じように成長していく。まるで、子供が成長していくのと、同じような形でロボットが成長していくのは非常に面白いです。特に、感銘を受けたのは、管理するAIがいないというところです。お互いがお互いを意識して話し合ってやっていると言うのは、まさしく先生と奥様がやられていることを具現化している感じがしました。 

 

ありがとうございます。まさに一緒に成長気兼ねなく話せて、共に過ごしそして共に社会活動が行える。そんな人のようなAI・ロボットの実現を目指しているのが、の研究です。このような社会の実現に向けて、これからも挑戦を続けていきたいと思います。 

 

―長野先生、本日は有意義なお時間をいただき、本当に感謝いたします。今後のますますのご活躍を祈っています。 

 

 

 

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人と共生するロボットの開発に挑む(前編)