アバターとは、人の意図に従って動き、その人の分身となる遠隔操作型のロボットやCGキャラクターのことです。
人口が減り続ける日本で、誰もが効率よく働き、社会に参加し続けるにはどうすればよいのか。大阪大学の石黒浩教授は、その答えの一つが「アバター」だと考え、2021年にアバター事業を手がけるスタートアップAVITAを立ち上げました。
本記事では、石黒教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、アバターとテレイグジスタンスの違い、アバターで働く未来と活用事例、人口減少の日本でロボットが社会に根づくための条件、そして若い世代や日本企業へのメッセージを解説します。
この記事でわかること
・アバターとは何か、テレイグジスタンスとの違い
・アバター接客など、「アバターで働く」取り組みの事例
・人口減少の日本で、ロボットが担う役割
・ロボットが社会に根づくための条件
・若い世代と日本企業へのメッセージ
遠隔操作の技術には、大きく2つの考え方があります。
| テレイグジスタンス | アバター | |
|---|---|---|
| 考え方 | 遠隔地にあるロボットの感覚をすべて共有し、ロボットが自分の体の動きに合わせて動く | 意図さえ伝わればよい。自分の思い通りに動けば、何でも自分の分身になる |
| 重視すること | 感覚の共有と身体の同期 | 操作する人の意図に従って動くこと |
| 主な研究者 | 東京大学名誉教授の舘暲氏が先駆者。慶應義塾大学の南澤孝太氏らが研究 | 石黒教授や米国の研究者が2000年頃から研究を開始 |
石黒教授が研究するのは、アバターです。身体の動きをそのまま伝えられない寝たきりの人でも、声やボタン操作で意図を伝えられれば、アバターを通じて社会に参加できます。石黒教授は研究の初期から、障がいのある人や高齢者の支援にも取り組んできました。前編で紹介した大阪・関西万博のパビリオン「いのちの未来」でも、入口のアバターを障がいのある人が操作し、来場者にサービスを提供しました。ボタンを押せばアバターが話すレベルから、慣れれば自分の声で話すレベルまで、さまざまな関わり方ができます。
ロボットが日常で活動する社会は、いつか確実に来ます。問題は、それがいつかです。これまでも多くの挑戦がありましたが、定着しませんでした。
「「そのロボットがなければ困る」という状態を作らないといけません。」
――石黒教授
石黒教授は、定着しなかった最大の理由を、普及のきっかけとなるキラーアプリケーションがないまま、プラットフォームを作れば何とかなると考えてきたことにあると見ています。少し触って面白いから買う人はいても、すぐに使われなくなってしまうのです。その「なければ困る」状態を生むのが、石黒教授にとってはアバターです。
2021年に石黒教授が立ち上げたAVITAのビジョンは、「アバターで人類を進化させる」です。同社は「最初はロボットを作らない」と決めています。まずCGキャラクターのアバターで、リモートで働く市場をつくり、付加価値の高いところから徐々にロボットに置き換えていくという戦略です。
| 導入例 | 内容 |
|---|---|
| コンビニ(ローソン) | アバター接客サービス「AVACOM」を導入し、誰もが活躍できる、人にやさしいコンビニの実現を目指す |
| 保育(JR東日本) | 「AVACOM」を活用したリモートでのレクリエーションで、保育士の負担を軽減 |
人口が減っていく日本では、誰もが効率よく働かなければなりません。通勤に時間をかけるより、家からアバターで働くほうがはるかに効率がよいと石黒教授は言います。一方、移動しながら対話する、人に物を手渡すといった作業には、CGではなくロボットが必要です。また、AIがあればアバターは必ずしもリアルタイムで操作しなくてもよく、人の意図を踏まえて人のためにサービスを提供する形が目指されています。
問い合わせ対応は、AIが24時間担う時代へ
アバター接客のように、人が担ってきた対応をテクノロジーで支える取り組みが広がっています。DEFiDEの「chai+」は、社内の文書やマニュアルを参照して回答するRAG型のAIチャットボットです。問い合わせ対応やナレッジ共有を効率化し、人は人にしかできない対応に集中できます。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の生産年齢人口(15〜64歳)は2020年の7,509万人から、2070年には4,535万人まで減少すると見込まれています。
| 年 | 生産年齢人口(15〜64歳) |
|---|---|
| 2020年(実績) | 7,509万人 |
| 2040年(推計) | 6,213万人 |
| 2070年(推計) | 4,535万人 |
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」出生中位(死亡中位)推計
人手不足が深刻になる中、社会に欠かせない仕事を担うエッセンシャルワーカーの領域でも、ロボットの活用が進みます。ビルの清掃などはすでにロボットに置き換わりつつあります。救急隊員のような仕事でも、担架を電動化するなど機械的にできるところは機械が担い、対話の部分は人間が、あるいは専門家がアバターで担う。さまざまなロボットを使いながら効率よく働くのは当然の方向性だと石黒教授は語ります。
ただし、「人をロボットに置き換える」という考え方が日本人に合うかどうかは疑問だとも言います。日本におけるロボットの役割は、減っていく労働人口の不足を補うことです。
超高齢社会という課題を抱え、ものづくりが強く、ロボットとの共存を受け入れやすい――日本は、ロボットと共に暮らす社会の実験場として大きな意味を持っています。
「日本で最初に日常生活の場で活動するロボットが受け入れられなかったら、おそらくそのようなロボットは世界に広がらないと思います。」
――石黒教授
仮想空間での活動はどうでしょうか。万博のバーチャルパビリオンは、ゲームのプラットフォーム上に公開されました。しかし、現実以上に高精細な世界を表現するには高価なコンピューターが必要で、ネットワークもまだ十分に速くありません。次世代の光通信基盤も、導入されているのはごく一部です。仮想空間で自由に活動できるようになるには、あと10年ほどかかるかもしれないと石黒教授は見ています。
ロボットが兵器として使われる懸念について、石黒教授の答えは明快です。
「それは、人間の問題です。ロボットやAIが悪いわけではなく、人間が悪いのです。」
――石黒教授
原子力を発電には使っても、爆弾にしてはいけないのと同じ――テクノロジーをどう使うかを決める責任は、人間の側にあります。
テクノロジーとどう向き合い、人間がどう進化していけばよいのか、どんな社会を作ればよいのか――それを一人ひとりが考えることが、強大なテクノロジーの力を手に入れた人間の責任だと石黒教授は語ります。新しい技術を学ぶことだけが大事なのではありません。テクノロジーがなければ、感染症が流行すれば多くの人が命を落とし、地球規模の問題が起きれば人類は滅びるかもしれない。「人間の進化とは何か」「能力を拡張するとはどういう意味か」という根本的な問題を考えてほしいというのが、若い世代へのメッセージです。
日本企業の経営者に向けて、石黒教授は日本の強みを強調します。日本はものづくりで圧倒的な力を持ち、お金のためだけでなく、働くこと自体が好きな人が多い。それが製品の品質の違いにつながっているといいます。スマートフォンや飛行機など、完成品で海外企業に主導権を取られている分野でも、中身の多くは日本の部品や技術が支えています。
一方で、日本は「隣の芝生は青い」と思い込みがちです。石黒教授は、真面目さという日本人の良い特徴を守りながら、海外のさまざまな意見に翻弄されず、日本の強みを生かしていってほしいと語ります。研究室でも企業との共同研究講座を運営し、ロボットの先端研究の産業応用に取り組んでいます。
A. アバターとは、人の意図に従って動き、その人の分身となる遠隔操作型のロボットやCGキャラクターのことです。石黒教授は、意図さえ伝わって自分の思い通りに動くものであれば、何でも自分の分身、つまりアバターになると説明しています。
A. テレイグジスタンスは、遠隔地にあるロボットの感覚をすべて共有し、ロボットが自分の体の動きに合わせて動く技術です。一方、石黒教授が研究するアバターは、感覚のすべてを共有しなくても、操作する人の意図が伝わって思い通りに動けばよいという考え方です。
A. アバターを使えば、自宅などから遠隔で接客やサービスを提供できます。コンビニのアバター接客や、遠隔でのレクリエーションで保育士の負担を軽減する取り組みなどがすでに始まっています。石黒教授は、人口が減る日本では、通勤せずにアバターで働くほうがはるかに効率がよいと述べています。
A. 石黒教授は、これまで日常で活動するロボットが定着しなかった最大の理由は、普及のきっかけとなるキラーアプリケーションがないまま、プラットフォームを作れば何とかなると考えてきたことだと指摘しています。「そのロボットがなければ困る」という状態を作ることが必要で、それがアバターだと考えています。
A. ビルの清掃などはすでにロボットに置き換わりつつあります。救急隊員などの仕事でも、機械的にできる部分は機械が担い、対話は人間や専門家がアバターで行うといった形で、さまざまなロボットを使いながら効率よく働くのが当然の方向性だと石黒教授は述べています。日本では、ロボットは労働人口の不足を補う役割を担います。
A. 石黒教授は、それはロボットやAIの問題ではなく、使う人間の問題だとしています。原子力を発電には使っても爆弾にしてはいけないのと同じように、テクノロジーの使い方を人間が決める必要があると述べています。
日本は、ロボットと共に暮らす社会の実験場です。テクノロジーの力を手にした今、どんな未来をデザインするのか――その問いに向き合う責任は、私たち一人ひとりにあります。
人手不足を、テクノロジーで補う業務基盤を
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▶ 前編:アンドロイド研究は何のため?「人間とは何か」を問うロボット研究と、大阪・関西万博「いのちの未来」が描いた未来
▶ インタビュー全文:未来を創造しデザインするのが、人間の責務(後編)