1970年に日本で初めて開催された大阪万博(EXPO’70)。あれから、55年もの歳月を経て、今年2025年、再び大阪の地で万博が開催されている。2025年大阪・関西万博(EXPO2025)だ。今回のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。テーマ事業プロデューサーの一人として「いのちを拡げる」というテーマでシグネチャーパビリオン「いのちの未来」事業を担当したのが、ロボット学者として世界に名高い大阪大学大学院基礎工学研究科 教授の石黒 浩 氏だ。人間らしいロボットづくりを通じて人間を探求する、石黒氏に弊社代表の山本が話を聞いた。インタビューの後編では、アバターがもたらす可能性や未来に向けて日本に期待される役割などを語ってもらった。 

大阪大学大学院基礎工学研究科 教授(大阪大学栄誉教授) 

石黒 浩 氏 

 

PROFILE

1963年、滋賀県生まれ。1991年、大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。2009年より大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。2017年から大阪大学栄誉教授。2020年、大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーに就任。研究対象は、人とかかわるロボットやアンドロイドサイエンス。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。研究対象は、人とかかわるロボットやアンドロイドサイエンス。多数の論文を主要な科学雑誌や国際会議で発表。国際的にも高い評価を得ている。2009年より未踏事業プロジェクトマネージャーを務める。『ロボットと人間 人とは何か』(岩波新書)、『アバターと共生する未来社会』(集英社)など著書多数。 

 

いのちの未来  アバターと共生する未来社会

『アバターと共生する未来社会』(著者:石黒 浩、発行:集英社)

 

 

 

目次

01 アバターが自分の分身となる
02 仮想空間の実現は、通信技術の進歩次第
03 アバターで人類を進化させたい
04 日本はロボットとの協創社会の実験場
05 若い世代には、根本的な問題を考察してもらいたい
06 日本人ならではの良さ、強さを活かしていくべき  

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01

 

アバターが自分の分身となる 

―石黒先生は、テレイグジスタンス(遠隔地にある物体を自分の身体の一部のように操作や相互作用する技術)も研究されています。遠隔でロボットを操作してVirtual Reality(ヴァーチャル・リアリティ:仮想現実)に近いような形の体感を目指しておられるのですか。例えば、遠隔接客や教育現場などで。  

 

 遠隔操作には二通りあります。一つが、テレイグジスタンスです。遠隔地にあるロボットの感覚をすべて共有して、ロボットが自分の体の動きに合わせて動くというものです。東京大学名誉教授の舘 暲先生が先駆けで、今であれば慶應義塾大学准教授の南澤孝太先生とかが研究しています。 

私の方は、テレイグジスタンスではないです。アバターなんです。それは何が違うのかと言うと、意図さえ伝わっていれば良いと言うことです。自分の思い通りに動けば、それは何でも自分の分身になるというか、自分の代わりになるということです。このように自分の意図に従って動くものをアバターと呼んでいます。  

 

 

―テレイグジスタンスと呼ぶかどうかは別として、以前テレビの特集番組で障がい者など外出困難な方々が分身ロボットを遠隔操作して、カフェで接客する様子を視たことがあります。 

 

 運営しているのはオリィ研究所という会社ですね。ロボットの名前もオリィだったと思います。彼らがやっているのは、どちらかというと私と同じアバターですね。テレイグジスタンスではないです。寝たきりの人の動きを伝えるなんてことはできませんから。 

 

 

―声だけを出して接客をするということでした。 

 

 私と同じコンセプトですが、ロボットのテクノロジーよりも障害者支援に興味があるようです。ロボットではあるのですが、むしろ障がい者の方に主に声だけで色々なサービスを提供できるように実現しています。 

 

 

―私もテレビで見ていて思わず、「これはすごく社会的ミッションがあることをやっている会社だな」と感心してしまいました。というのも、障がいのある方が社会参加でき、生きる喜びを感じられます。日々寝たきりでいたところに接客という仕事ができるわけですから。しかも、お客さんから「ありがとう」という感謝の言葉ももらえます。 

 

 僕らも、同様のことをやってきました。元々、アバターの研究をし始めたのは2000年ぐらいです。僕や米国の研究者が中心になって取り組みました。その後、多くの研究者が研究に取り組んでいます。障がい者や高齢者の支援も、割と初期の頃からやっていました。先ほどもお話しましたが、今回の万博のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」の入り口に設置しているアバターは、障がい者の方にサービスを提供してもらっています。色々なレベルがあって、ボタンを押せばアバターが何かしゃべってくれるというレベルもあれば、慣れてくると自分の声でしゃべることもできます。 

 

 

 

 

 

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02

 

仮想空間の実現は、通信技術の進歩次第  

―本当に素晴らしい活動だと思います。今後は、仮想空間の中でパラレルワールド(現実世界とは異なる別の世界が同時に存在するという概念)みたいな世界も実現できるのではないでしょうか。石黒先生は、どうお考えですか。 

 

すでにバーチャルパビリオンは、フォートナイトというプラットフォームの上で作って公開してます。ただ、現実よりも高精細には世界を表現できません。どうしても、高価なコンピューターがいりますし、そもそもネットワークがそこまで速くなかったりします。なので、バーチャルの世界で自由に活動するには、まだインフラが非常に難しい状態にあると言えます。 

 

―高額なGPU(Graphics Processing Unit:グラフィックスやビデオ処理に特化したプロセッサー)が要りますからね。米半導体大手エヌビディアがフィジカルAI(3次元の物理法則を理解し、環境や物体と直接相互作用しながらタスクを実行するAI技術 )を掲げて、デジタルツイン(現実空間の施設やモノ、システムなどから収集したさまざまデータをもとに、仮想空間上に再現しリアルタイムに状態を連動させる技術)を出していますよね。 

 

それは、まだロボット学習用に作っている程度です。また、バーチャルな世界の方が、現実よりも楽しいというレベルにはなっていません。ゲームのようにストーリーがあるとかなり楽しめるのですが。ボトルネックは、GPUのだけの問題ではないと思います。 

 

―通信の方なのですか。

 

NTTが構想しているIOWN (Innovative Optical and Wireless Network:NTTが次世代のインフラとして開発・研究を推進している通信基盤)が入るのは、ごく一部です。IOWNの先には普通のルータが入ってくるので、全く普及していません。せいぜい、万博や特別な場所だけです。IOWNは、光で置き換えないといけないですからね。非常に特殊な状態になります。 

―現実的には難しい世界なのでしょうか。 

 

もう少し時間が掛かりそうです。あと10年ぐらいは必要かもしれません。

 

 

 

 

 

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03

 

アバターで人類を進化させたい  

―石黒先生が、見られている未来の共生社会は、どういったものなのでしょうか。 

 

いつかロボットが日常で活動する社会が確実に来ます。ただ、いつ来るかが問題です。今まで色々なチャレンジがありましたが、定着しませんでした。一番大きな理由は、キラーアプリケーション(ハードウェアやサービスの普及に大きなインパクトをもたらすアプリケーション)がないままに、プラットフォーム的なものを作れば何とかなるみたいな考えで普及させようとしてきたことです。それはでは、少し触ってみて面白いから、ある程度の人は買うのですが、すぐに普及しなくなります。このまま行くと、また同じようなことが起きてしまいます。 

「そのロボットがなければ困る」という状態を作らないといけません。それが僕にとっては、アバターなのです。だから、僕は2021年にAVITAというスタートアップを立ち上げました。AVITAのビジョンは、「アバターで人類を進化させる」です。この会社では「最初はロボットは作らない」と決めています。まず、CGのキャラクターで、リモートで働く、アバターで働くというマーケットを作ります。そして、付加価値の高いところを徐々にロボットで置き換えるという戦略で取り組んでいます。  

 

―アバターを作って、それを最終的にリアルに置き換えると言うことですか。

 

あくまでも、付加価値の高いところだけです。例えば、今ローソンではアバターを活用して誰もが活躍できる、人にやさしいコンビニの実現に向けて、アバター接客サービス(オンライン接客・リモート接客)『AVACOM』を導入しています。また、JR東日本では『AVACOM』を活用してリモートでのレクリエーションを実施し、保育士の負担を軽減しています。言うなれば、アバター保育園です。

 

机の上のパソコン機材

AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。立つ, 男, 荷物, スーツケース が含まれている画像

AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

 

 

日本は今後、人口がどんどん減っていきますから、誰もが効率よく働かないといけません。通勤に時間を要するよりも、家からアバターで働いた方が効率ははるかに良いです。CGのキャラクターではなくて、ロボットでないとできないサービスもあります。具体的には、移動しながら対話をする、人に物を受け渡すなどといった作業であればロボットが必要になってきます。 

 

 

―リアルタイム性は、必ず必要なのでしょうか。

 

AIがあれば、リアルタイムでなくても良いです。 

 

 

―自動的にアバターが考えるということですか。

 

自ら考えると言っても、人の意図に従わないといけません。例えば、人間も誰かのために生きているわけです。傍若無人に自分のことだけを考えて生きている人はいないはずです。そういう意味では、人間もアバターなわけです。ロボットは、もっと人の意図を踏まえます。人のためにサービスを提供するようにしないといけないですし、そうならないといけないと思います。 

 

 

―石黒先生もおっしゃったように、エッセンシャルワーカー(社会の安全や日常生活の維持に不可欠な役割を担う労働者)の世界に、やはりロボットはMUSTだと僕は思います。日本は構造的に人手不足であったり、仕事の価値観の多様化が出て来ているのできつい仕事はやりたくなくなっています。その時に、エッセンシャルワーカーを置き換えていくロボットというのは、現実的に起き得るのでしょうか。近い将来においてです。 

 

すでに、ビルの掃除とかは置き変わっています。 

 

 

―人が関わらないといけないようなエッセンシャルワーカーはどうでしょうか。例えば、救急隊員や消防隊員、看護士などです。 

 

救急隊員でも、機械的にできるところは機械的にやるのではないでしょうか。例えば、担架も機械です。あれを電動化して対話の部分だけは人間がやるとか。対話も専門家がアバターでやるとか…。要するに色々なロボットを使いながら効率良く働くというのは、当然の方向性です。 

 

 

 

 

 

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04

 

日本はロボットとの協創社会の実験場  

―これは、まさしく日本が抱えている超高齢化社会という課題です。さらに日本は、製造業が強くてロボットとの共存を受け入れやすいという土壌があります。なので、常にロボットとの協創社会、共同社会の実験場として非常に面白い気がします。石黒先生、どうお考えですか。

 

日本で最初に日常生活の場で活動するロボットが受け入れられなかったら、おそらくそのようなロボットは世界に広がらないと思います。ただし、置き換えるという考え方が日本人に合うかどうかは疑問です。日本では労働人口が減っていきますから、そうした労働人口不足を補うのがロボットの役割です。 

 

 

 

―海外は階級社会で、ロボットを下に見るというお話がありました。どういった文化的背景があったりするのでしょうか。それが結局行き過ぎると兵器としてロボットが使われたりします。その点、先生はどうお考えですか。

 

それは、人間の問題です。ロボットやAIが悪いわけではなく、人間が悪いのです。

 

 

―やはり、世界的な取り組みとして規制的な部分が入って来る必要性が出て来るのでしょうか。 

 

 

核兵器の利用と同じだと思います。電力には良いけれど、爆弾にしてはいけないということです。 

 

 

 

 

 

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05

 

若い世代には、根本的な問題を考察してもらいたい 

―AIでもロボットでも、テクノロジーでも結構ですが、日本人、特にビジネスパースンや学生は、今後どんな問題意識を持たないといけないとお考えですか。  

 

問題意識というのは、何を考えないといけないかということですかね。 

 

 

―そうです。テクノロジーと上手く共存することによって、人間の能力が進化して行くと思います。そうしたときに、問題意識を持っている人とそうでない人に差が多分出るはずです。 

 

テクノロジーでどういう風に自分たちが進化していけば良いのかとか、どういう社会を作れば良いのかということを、一人ひとりがしっかりと考えることが、僕は大事だと思っています。今回の万博に参加してシグネチャーパビリオンを作った理由もそこにあります。 

皆が「技術とどう向き合っていくか」「人間がどう進化していけば良いか」を考える必要があります。それが、強大なテクノロジーの力を手に入れた人間の責任だと思っています。だから、若い人たちには、「どういうふうに自分を進化させたいのか」「未来をどう創ればいいのか」を真剣に考えてもらいたいです。 

 

―新しい技術を開発したり、そういうものを学習していく必要性があるということですか。 

 

それだけではありません。テクノロジーがなかったらと想像してみてください。例えば、感染症が流行ったら人間は死ぬ可能性があります。地球に何かシリアスな問題が起きたら人間は滅びるかもしれません。「人間の進化とは何か」「能力を拡張するとはどういう意味があるのか」そういった根本的な問題をしっかりと考えましょうということだと思います。 

 

 

―今、大学では色々な国の学生がいると思います。日本と海外の学生とで何か大きな考え方の違いが、あったりしますか。 

 

大学全体ではどうかわかりませんが、少なくとも私の研究室の学生は、「ロボットを学びたい」「AIをやりたい」などの明確な目的を持って入って来ているので違いはないですね。 

 

 

―皆さん、ベクトルは同じということですね。 

 

言い換えれば、まだ社会に染まり切っていないとも言えます。子どもは世界中どこでも一緒だというのと同じです。何となく日本のカルチャーや文化に馴染みながら研究しているようです。 

 

―宗教的な部分ではいかがですか。 

 

特に何もないです。例えば、イスラム系の学生でも常にお祈りをしている様子は見かけません。やはり、日本に来て勉強するような学生は結構オープンです。自然だと思いますよ。「何か特殊だな」と思ったことはほとんどないです。むしろ、日本人よりも甲斐性がないというか、「本当に海外から日本に来たのか」と言いたくなるぐらい甘えん坊だったり、昔の駄目な日本人みたいな学生がいたりします。 

 

 

―石黒先生は、産学連携に取り組まれることは多かったりしますか。 

 

企業の人たちと一緒に研究を進めることは多いです。自分自身も会社を経営していますし、また研究室ではサイバーエージェントと共同研究講座を運営し、ロボットに関する先端研究の産業応用を目的に研究開発に取り組んでいます。 

 

 

 

 

 

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06

 

日本人ならではの良さ、強さを活かしていくべき  

―最後に、日本の企業経営者にメッセージをお願いしたいのですが、いかがでしょうか。 

 

日本は、ものづくりにおいて圧倒的な力があると思っています。それに、日本人はお金のためだけに働くわけではありません。むしろ、働くこと自体が好きな人がすごく多いですよね。それが、日本と海外との違いですし、日本製品と海外製品のクオリティの違いだと思います。iPhoneや飛行機など色々なもので海外にイニシアティブ(主導権)を取られているのは事実ですが、中身はかなりの部分が日本製です。iPhoneでアップルが幾ら稼いでも、同時に多くのパテント代が日本に支払われていたりします。なので、そういう意味では日本人というのは、強い民族だと思います。悪くはないと思いますよ。 

ただ、「隣の芝生が青い」と思い込んでしまっている傾向があります。今時、ヨーロッパでもSDGs(国連が掲げる持続可能な開発目標」の略称)はあまり言わなくなっているのに、日本ではまだ言い続けています。やはり、すごく真面目なんですよね。そういう良い日本人の特徴を守りながら、あまり海外の色々な意見に翻弄されないようにして、日本人の強さを活かしていってほしいと思います。 

 

 

―世界の第一線で活躍されておられる石黒先生から、そういったメッセージをいただけると嬉しいですね。やはり、失われた30年(バブル経済崩壊以降の日本経済の長期停滞期を指す)で日本企業は、ものすごく自信を無くしています。それだけに、従来は日本の強みであった製造業にAIやロボットが入ってくれば、必ずや復活できる気がします。 

 

いやいや、例えばスマホの中身を作っているのは日本の企業です。とかく、海外企業は表立ったところでは皆言うんですよ。「我が社が世界を牛耳っているんだ」と。日本企業は奥ゆかしいから、言わないだけです。日本人には謙虚さがあります。世界の人々が、日本人のように真面目に働けば、世界でもっと良い製品を作れるようになりますよ。 

 

 

―その一方で、日本は生産性が低いという指摘もあります。事実、ドイツと比べても働く時間がかなり長いです。 

 

それで、「日本人は不幸になっていますか」ということです。僕は経済が良くないとか、給料が上がらないとか、そういったことより大事なことがあると思っています。ホームレスがゴロゴロいるような、そんな国に住みたくないじゃないですか。 

 

 

―おっしゃる通りです。 

 

トータルに考えて、日本ほど住みやすい国はないです。その一方、海外はやはり階級社会なので、下の人たちはいやいや仕事をしています。そういう人が工場で働いていると良い製品になるわけがありません。日本の物作りは非常に強みだと思いますよ。 

 

 

―石黒先生との共同研究パートナーは、大手企業が多いと思います。中小企業も研究に参画できるようになると、日本全体がもっと強くなると信じています。本日は大変貴重なお話をお聞きでき、本当にありがとうございました。 

 

 

 

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未来を創造しデザインするのが、人間の責務(前編)