大阪大学大学院基礎工学研究科 教授(大阪大学栄誉教授)
石黒 浩(いしぐろ ひろし)氏
PROFILE
大阪大学大学院基礎工学研究科 教授(大阪大学栄誉教授)。1963年滋賀県生まれ。1991年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。2009年より大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授、2017年より大阪大学栄誉教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。2020年に2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーに就任し、シグネチャーパビリオン「いのちの未来」をプロデュース。研究対象は人とかかわるロボットやアンドロイドサイエンスで、2021年にはアバター事業を手がけるAVITAを創業。著書に『ロボットと人間 人とは何か』(岩波新書)、『アバターと共生する未来社会』(集英社)、『いのちの未来 2075』(日本経済新聞出版)など多数。
アンドロイド研究の目的は、人間らしいロボットを作ることを通じて、「人間とは何か」を探ることにあります。
人間そっくりのアンドロイドで世界的に知られるロボット工学者、大阪大学の石黒浩教授は、2025年大阪・関西万博でテーマ事業プロデューサーを務め、シグネチャーパビリオン「いのちの未来」をプロデュースしました。そこで石黒教授が来場者に問いかけたのは、テクノロジーとどう向き合い、どんな未来をデザインするのか、ということでした。
本記事では、万博の会期中に行った石黒教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、アンドロイド研究の原点、パビリオン「いのちの未来」が描いた未来、万博を開催した意義、そしてテクノロジーと人間の進化について解説します。
この記事でわかること
・アンドロイド研究の目的と、「人間とは何か」という問い
・パビリオン「いのちの未来」の3つのゾーンが描いた未来
・1970年と2025年、2つの大阪万博の意義の違い
・不気味の谷と、日本人とロボットの関係
・人間はテクノロジーで進化する唯一の生き物であるということ
アンドロイド研究は何のため?「人間とは何か」という問い
石黒教授のロボット研究の原点は、人間への興味です。「人間とは何か」という問いに向き合うこと――それは、アカデミアのほぼすべての研究が行き着くところだと石黒教授は言います。
「工学にしろ何にしろ、すべての学問の背景には、「人とは何か」という問いがあります。」
――石黒教授
| 学問 | 人間との関わり |
|---|---|
| 工学 | 人の役に立つものを作る |
| 経済学 | 経済活動という側面から人間を理解する |
| 医学 | 生体の仕組みを理解する |
| メディア | メディアを通して、人間の活動そのものを知る |
| ロボット工学(アンドロイド研究) | 人間らしいロボットを作ることで、人間を探求する |
研究者は物事の真理を探求するものです。表面的な問題解決にとどまっていては、物事の真理には近づけない――石黒教授のアンドロイド研究は、この根源的な問いに支えられています。
| 用語 | 意味(一文定義) |
|---|---|
| アンドロイド | 人間そっくりの外見を持つロボット |
| アバター | 人の意図に従って動く、遠隔操作型のロボットやCGキャラクター(分身) |
| 不気味の谷 | ロボットが人間に近づくと好感を持たれる一方、近づきすぎると不気味に感じられる心理現象 |
| シグネチャーパビリオン | 大阪・関西万博で、8人のテーマ事業プロデューサーがそれぞれ手がけたテーマ館 |
パビリオン「いのちの未来」が描いた未来
2025年大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、2025年4月13日から10月13日までの184日間開催され、関係者などを含む総来場者数は約2,902万人に上りました。石黒教授はテーマ事業「いのちを拡げる」を担当し、シグネチャーパビリオン「いのちの未来」をプロデュースしました。
パビリオンのテーマは、いのちがテクノロジーで拡がり、変わっていく姿です。世界が大きく変わっていく中で、いのちをどう捉えるのかを来館者が考えるきっかけとなる場を目指し、3つのゾーンを用意しました。
| ゾーン | テーマ | 展示内容 |
|---|---|---|
| ゾーン1 | ヒト型の歴史 | 古来、日本の人々は土偶、埴輪、仏像などさまざまな人の形にいのちを宿してきた。アンドロイドもその延長線上にあることを、縄文時代から現代までのヒト型の歴史で紹介 |
| ゾーン2 | 50年後の未来社会 | 50年後の社会の仮説のもと、新たなインフラやサービスが具現化した未来のシーンとストーリーを展示。約30体のアンドロイドやロボットが登場し、来場者は人とロボットが共生する社会に入り込める |
| ゾーン3 | 1000年後の世界「まほろば」 | 1000年後(または1万〜10万年後)に進化した未来の人間を「ミレニアムヒューマンMOMO」と名づけ、人や環境との調和、未来の人間の核とは何かを芸術作品として表現 |
子どもから高齢者まで、それぞれの立場で「いのち」を考える
来場者に感じてほしかったのは、子どもから高齢者までが、それぞれの立場からいのちについて考えることでした。石黒教授は、その思いを著書『いのちの未来 2075 人間はロボットになり、ロボットは人間になる』(日本経済新聞出版)にも記しています。パビリオンには「万博で一番好きだった」「感動して泣いた」といった声が多く寄せられ、石黒教授は大成功だったと振り返ります。
アバターで、誰もが参加し、働ける万博に
パビリオンでは、遠隔操作型のロボットやCGキャラクターであるアバターを数多く活用しました。高齢者や障がいのある人、海外に住む人など、会場に足を運べない人も見学できる仕組みや、高齢者や障がいのある人がアバターを通じてパビリオンで働ける仕組みも作り、新しい技術の実証の場にもなりました。
1970年と2025年――万博を開催する意味
石黒教授は、テーマ事業プロデューサーへの就任を打診された際、すぐには返事をしませんでした。「万博とは何か」「何のために開催するのか」が自分なりに理解できていなかったからです。約半年考え抜き、8人のプロデューサーの中で最後に引き受けたといいます。
| 1970年 大阪万博 | 2025年 大阪・関西万博 | |
|---|---|---|
| 時代背景 | 世界中が科学技術で豊かになることを目指していた | テクノロジーが日常の中で急速に進歩し続けている |
| 万博の意義 | 新しい科学技術に憧れる場 | 手に入れたテクノロジーの力で、どんな未来をデザインするかを考える場 |
| 来場者に求めたこと | 新しい技術を見る | テクノロジーとどう向き合い、どう生きていくかを一人ひとりが考える |
会期の6か月の間にもテクノロジーは進歩していきます。だからこそ、新しいテクノロジーを見せる万博はもはやありえない。日々テクノロジーに追いかけられ、50年後、70年後の未来を考える余裕のない私たちにとって、万博は未来について考える時間になるべきだ――そう考えた瞬間に、石黒教授はプロデューサーを引き受けました。
「自分たちで未来を創造しデザインして行くこと。それは、我々現代に生きる人間の責任です。」
――石黒教授
単に豊かになればよいわけではありません。しかもそれは、日本だけでなく、世界の人々と一緒に考えていかなければならない――それが、未来を創るということだと石黒教授は語ります。
自社は、テクノロジーとどう向き合えているか
未来をデザインする第一歩は、今、組織がテクノロジーとどう向き合っているかを知ることです。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」で、組織の生成AI活用の状況を把握し、次の打ち手を明確にできます。
不気味の谷はもう越えた――日本人とロボットの関係
不気味の谷とは、ロボットが人間に近づくほど好感を持たれる一方、あまりに近づきすぎると不気味に感じられる心理現象で、ロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱しました。聞き手の山本が「今は不気味の谷を越える前の段階では」と問うと、石黒教授は「もう越えていますよ」と答えます。
人間のようでもアンドロイドだとわかるものは不気味ではなく、すぐに慣れる。不気味とは、死体が動いているようなものを指すのであって、最近はそんな不気味なロボットは見かけない、というのが石黒教授の見方です。
ロボットを「友達」として受け入れる日本
石黒教授は、ロボットに対する考え方の違いは、宗教よりも社会構造の違いによるものだと見ています。海外では、人間より一段下で人間のように働くもの、例えば工場で働くロボットを作りたいという考え方が多い一方、日本は「友達になってもよいのではないか」と考える。その背景には、比較的フラットな日本の社会と、長い歴史の中で育まれた独自の文化があると石黒教授は語ります。ロボットも人間と同じように大事に扱うことが自然にできる国なのかもしれません。
人間はテクノロジーで進化する唯一の生き物
「人間というのはテクノロジーを進化の手段に持つ唯一の生き物です。」
――石黒教授
人間の定義はどんどん変わるため、明確に定義することはできません。その中で、動物と人間の唯一の違いはテクノロジーだと石黒教授は言います。抗生物質もワクチンもテクノロジーです。それによって多くの命が救われ、人間は他の動物に対して圧倒的な優位性を持つことができました。
テクノロジーは格差を広げるか
テクノロジーに囲まれて育つ子どもたちが増える中で、進化の格差が生まれるのではないか――。石黒教授は、それほど心配していないと答えます。スマートフォンを持っていない人はほとんどおらず、日本のように比較的フラットな社会では、デジタル機器による社会の分断はむしろ起きにくくなっているからです。ただし、AIの原理を理解し、新しいAIのプログラムを書ける人は、ごく限られていくといいます。
ロボットが家族の一員のように暮らす未来も「ありうる」と石黒教授は言います。ロボットの温かさについても、多くのロボットは熱を持っており、パソコンと同じように上手に冷やせば人の体温程度にできるそうです。
よくある質問(FAQ)
Q. アンドロイド研究の目的は何ですか?
A. 石黒教授は、ロボット研究の原点は「人間とは何か」という問いにあると述べています。人間らしいロボットを作ることを通じて人間を探求するのがアンドロイド研究です。石黒教授は、工学や経済学、医学など、あらゆる学問の背景には「人とは何か」という問いがあるとしています。
Q. 大阪・関西万博のパビリオン「いのちの未来」はどのような展示でしたか?
A. 石黒教授がプロデュースしたシグネチャーパビリオン「いのちの未来」は、いのちがテクノロジーで拡がり変わっていく姿を3つのゾーンで表現しました。縄文時代から現代までのヒト型の歴史、約30体のアンドロイドやロボットが共生する50年後の社会、そして1000年後の人間「ミレニアムヒューマンMOMO」を芸術作品として展示しました。
Q. 大阪・関西万博を開催した意義は何だと石黒教授は考えていますか?
A. 石黒教授は、テクノロジーは日常の中で進歩し続けるため、新しい技術を見せる万博はもはやありえないと考えました。1970年の大阪万博が科学技術への憧れの場だったのに対し、2025年の万博は、手に入れたテクノロジーの力でどんな未来をデザインするかを、世界の人々と一緒に考える場であるべきだとしています。
Q. 不気味の谷とは何ですか?もう越えたのですか?
A. 不気味の谷とは、ロボットが人間に近づくと好感を持たれる一方、近づきすぎると不気味に感じられる心理現象で、ロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱しました。石黒教授は、人間のようでもアンドロイドだとわかるものは不気味ではなくすぐに慣れるとし、不気味の谷はもう越えていると述べています。
Q. 人間と動物の違いは何ですか?
A. 石黒教授は、人間はテクノロジーを進化の手段に持つ唯一の生き物であり、動物と人間の唯一の違いはテクノロジーだと述べています。抗生物質やワクチンといったテクノロジーによって多くの命が救われ、人間はテクノロジーのおかげで進化していると考えています。
Q. テクノロジーの進化で格差は広がりますか?
A. 石黒教授は、それほど心配していないと述べています。スマートフォンがほぼすべての人に行き渡り、日本のような比較的フラットな社会では、デジタル機器による社会の分断は起きにくくなっているためです。ただし、AIの原理を理解し、新しいプログラムを書ける人は限られていくとしています。
まとめ:テクノロジーの時代だからこそ、人間が未来をデザインする
- アンドロイド研究の目的は、人間らしいロボットを作ることで「人間とは何か」を探ること
- パビリオン「いのちの未来」は、ヒト型の歴史、50年後の共生社会、1000年後の人間を3つのゾーンで描いた
- 2025年の万博の意義は、新しい技術を見せることではなく、テクノロジーでどんな未来をデザインするかを考えること
- 不気味の谷はもう越えた。日本にはロボットを対等な存在として受け入れる土壌がある
- 人間はテクノロジーを進化の手段に持つ唯一の生き物。未来を創造しデザインするのは人間の責任
後編では、石黒教授が提唱する「アバター」とテレイグジスタンスの違い、アバターで働く未来、そしてロボットが社会に根づくための条件について伺います。
テクノロジーを「どう使うか」から、一緒にデザインする
AIやロボットなどのテクノロジーは、導入すること自体が目的ではありません。DEFiDEは、AI/DXコンサルティングと自社SaaSの開発・提供を通じて、目的の整理から活用の設計、小さな実証まで伴走します。
▶ 後編:アバターとは?テレイグジスタンスとの違いと「アバターで働く」未来
▶ インタビュー全文:未来を創造しデザインするのが、人間の責務(前編)
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