データサイエンス教育は、データやAIを理解し活用する基礎を学ぶ「リテラシーレベル」、専門分野に応用する「応用基礎レベル」、高度な専門人材を育てる「エキスパートレベル」の3つの段階で整理されます。
国内でもデータサイエンス教育に取り組む大学は急速に増えています。佐賀大学の皆本晃弥教授は、この流れを歓迎する一方で、海外企業のAIやデータサイエンスの仕組みを使うだけでは「デジタル小作人」になりかねないと警鐘を鳴らします。
本記事では、皆本教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、データサイエンス教育の3つのレベルと広がり、10年にわたる佐賀大学の取り組み、そして日本が「胴元」を目指すための条件を解説します。
この記事でわかること
・データサイエンス教育の3つのレベルと、国の認定制度の広がり
・リテラシーからエキスパートまで一貫して学べる佐賀大学の教育体制
・「できるところから」積み上げた産官学連携の10年
・日本が「デジタル小作人」ではなく「胴元」を目指すための条件
・AIがコモディティ化した先で差をつける力
| レベル | 目的 | 佐賀大学での位置づけ |
|---|---|---|
| リテラシーレベル | データやAIへの関心を高め、それを適切に理解し活用する基礎的な能力を身につける | 全学部で必修。文部科学省の認定に加え、「プラス」にも選定 |
| 応用基礎レベル | 自らの専門分野にデータサイエンスやAIを応用し、課題解決につなげる実践的な能力を身につける | 全学部で履修可能。理工学部・農学部・経済学部が認定(理工学部は「プラス」選定)。理工学部と農学部では必修 |
| エキスパートレベル | データサイエンスやAIの高度な専門人材として、新たな価値や技術を生み出す | 理工学部のデータサイエンスコース(橋渡し)と、大学院理工学研究科のデータサイエンスコース |
国の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」は、リテラシーレベルと応用基礎レベルの2段階で大学等の教育プログラムを認定しています。その先に、エキスパートレベルの人材育成が位置づけられます。
認定制度による教育プログラムの認定は年々増えています。2026年8月時点の総認定数は次のとおりです。
| レベル | 総認定数 | 認定を受けている大学等 |
|---|---|---|
| リテラシーレベル | 655件 | 653校 |
| 応用基礎レベル | 421件 | 288校 |
出典:文部科学省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」2026年度認定結果(ReseEd、2026年9月8日)
皆本教授は、データサイエンスが広がりAIやデータサイエンスの素地ができること自体は良い傾向だと評価します。そのうえで、米国や中国の企業が提供する仕組みを使うだけの立場になり、思考を丸投げしてしまえば、それはギャンブルと同じだと指摘します。まずは教育を幅広く広げ、その先で各大学がそれぞれの特色や強みに応じて発展の方向を決めていけばよい、というのが皆本教授の考えです。
皆本教授は2020年に佐賀大学全学教育機構 数理・データサイエンス教育推進室長に就任しました。現在は教育開発推進センターの数理・データサイエンス・AI教育推進部門として、次のような体制を整えています。
高校生向けの科目から博士課程まで、リテラシーレベルからエキスパートレベルまで一貫して育成できる環境を構築している点が、佐賀大学の大きな特徴です。
佐賀大学のデータサイエンス教育の始まりは、皆本教授が中心となって2016年に開始したデータサイエンスのインターンシップです。同じ時期に大学院科目「データサイエンス特論」の開講も検討し、地元企業に協力を呼びかけました。まだ「データサイエンス」という言葉が今ほど普及していなかった頃です。
2016年には、マイクロソフト・イノベーションセンター佐賀(現・MAIC佐賀)の開所にも関わり、最初の「チャレンジ・インターンシップ(データサイエンス)」をこのセンターで実施しました。学生が企業や地域の課題に触れ、データをどう活用すれば解決につながるのかを考える場です。この取り組みは週刊ダイヤモンドや地元新聞、NHK佐賀でも取り上げられました。2019年には、滋賀大学と並んで国内でもかなり早い時期にデータサイエンス系の大学院を設置しています。
「とにかく、できるところから始めるという姿勢でした。」
――皆本教授
当時は、滋賀大学が2017年にデータサイエンス学部を設置する動きがあり、国も2016年12月に「大学の数理・データサイエンス教育強化方策について」を示していました。皆本教授が重視したのは、数学とデータの役割の違いです。
数学は基本的に演繹的な学問で、仮定を置き、そこから証明されたものは正しいと言えます。しかし現実の世の中はそれほど単純ではありません。だからこそ、データに基づいて帰納的に考える力が、今後ますます重要になると考えたのです。
他学部のカリキュラムに関わるため、始めた頃は抵抗も少なくなかったといいます。そこで、地元企業や自治体と連携しながら少しずつ切り込んでいきました。連携先には、佐賀県(政策部統計分析課)、半導体用シリコンウェーハを手がけるSUMCO、日本マイクロソフト、あいおいニッセイ同和損保などが名を連ねます。この10年の取り組みは、学会の教育賞として評価されました。
佐賀大学では、経営者の学び直しを支援する「経営者のための統合型リスキリングプログラム」も開講しています。事業・組織・人材・財務を統合的に捉える視点を学ぶ5つのコースで構成され、AI・データサイエンスを基盤にIT活用、マーケティング、創造思考、組織風土まで体系的に学べる「次世代経営イノベーター育成コース」もあります。通学が基本ですが、オンデマンドでも受講できます(詳細:https://recurrent.cws.saga-u.ac.jp/program/2250/)。
「やはり、胴元になることです。言い換えれば、プラットフォーマーになるということです。」
――皆本教授
ただし、今の日本がすべての分野で胴元になるのは難しい。皆本教授は、どこに絞って勝負するかを考える必要があると言います。
技術には、開発者と利用者の距離が開くほど、開発者(胴元)が価値を取りやすくなるという構造があります。利用者が仕組みを理解していなければ、提示された価格や条件が妥当なのか、別の方法があるのかを判断できず、提供側に依存せざるを得ません。だからこそ基礎技術を底上げし、「自分たちはお客で終わっていないか」を常に意識することが大切だと皆本教授は説きます。
プラットフォームの持つ力について、皆本教授は次のように試算します。世界の人口が100億人に近づけば、半分がスマートフォンを使うだけで50億台。1台あたり年間100円課金できれば、年間5000億円規模の市場になります。多くの人が使うプラットフォームを作れれば、非常に強い立場に立てるのです。
「独自の価値」の源泉は、自社のデータにある
AIを使う側から価値を生み出す側に回るには、自社ならではのデータを整え、活用できる状態にしておくことが第一歩です。DEFiDEの社内業務クラウド「SmartOps」は、社員・組織・業務の情報をひとつの基盤に集約し、AIエージェントやRAGで活用できるようにします。基本機能はずっと無料で、必要な機能だけを追加できます。
AI技術は急速に普及し、コモディティ化(誰もが使える汎用品になること)が進んでいます。皆本教授は、それを自然な流れとしたうえで、問題はその先だと言います。誰もが使えるようになったとき、重要になるのは「他者と何が違うのか」「自分たちならではの価値は何か」です。
| 差をつける力 | 内容 |
|---|---|
| ① 数学的原理の理解 | AIモデルの背後にある数学的な原理を理解している |
| ② 独自のアルゴリズム | 既存の手法をなぞるのではなく、独自のアルゴリズムを考えられる |
| ③ データの見極めと整備 | 目的に合ったデータを見極め、使える形に整えられる |
| ④ 特徴量の設計 | 対象データの特徴を数値で表す特徴量を、意図を持って設計できる |
「表面的なツールの使い方しか知らない人は、いずれ代替されてしまうでしょう。」
――皆本教授
Googleが数学者を熱心に集めているのも、そうした理由からだと皆本教授は見ています。一方で日本企業は、突出した個性や独創性を持つ人材を生かすのがあまり得意ではありません。周囲と同じであることだけを求めず、特徴のある人が活躍できる環境を整えられれば、日本にもまだ道は開けると皆本教授は語ります。
A. 一般に、データやAIを理解し活用する基礎的な能力を身につける「リテラシーレベル」、自分の専門分野にデータサイエンスやAIを応用する力を養う「応用基礎レベル」、さらに高度な専門人材を育てる「エキスパートレベル」の段階で整理されます。国の認定制度では、リテラシーレベルと応用基礎レベルの2段階で教育プログラムが認定されています。
A. 内閣府・文部科学省・経済産業省が創設した制度で、大学・短期大学・高等専門学校の正規課程のうち、一定の要件を満たした数理・データサイエンス・AI教育プログラムを文部科学大臣が認定・選定するものです。2026年8月時点で、リテラシーレベルは計655件、応用基礎レベルは計421件が認定されています。
A. リテラシーレベルを全学部で必修とし、理工学部と農学部では応用基礎レベルも必修にしています。地元企業と教材を共同開発し、高校生も履修できる科目から大学院のデータサイエンスコースまで、リテラシーからエキスパートまで一貫して学べる体制を整えている点が特徴です。
A. 皆本教授は、日本は「胴元」、つまりプラットフォーマーを目指すべきだとしています。ただし、すべての分野で主導権を握るのは難しいため、どこに絞って勝負するかを見極め、「どこかでまず一位になる」ことが重要だと述べています。
A. 誰もがAIを使えるようになると、他者と同じことをしているだけでは価値を生みにくくなります。皆本教授は、AIの背後にある数学的原理を理解し、独自のアルゴリズムを考え、目的に合ったデータを見極めて整え、特徴量を設計する力が差別化につながると述べています。
A. 佐賀大学では、経営者の学び直しを支援する「経営者のための統合型リスキリングプログラム」を開講しています。AI・データサイエンスを基盤に、IT活用やマーケティング、組織風土まで体系的に学べるコースもあり、オンデマンドでの受講にも対応しています。
後編では、皆本教授の専門である「精度保証付き数値計算」を手がかりに、AIの出力をどこまで信じてよいのか、企業はAIとどう向き合い、どんな人材を育てるべきかを伺います。
AI活用の戦略づくりを、専門家と一緒に
DEFiDEは、AI/DXコンサルティングと自社SaaSの開発・提供を通じて、企業のAI活用を支援しています。「どこで勝負するか」の見極めから、データの整備、小さな実証まで伴走します。
▶ 前編:AIに数学が必要な理由とは?原理を知らずに使う危うさと「デジタル小作人」
▶ インタビュー全文:AI時代、日本は「デジタル小作人」で終わるのか(中編)