佐賀大学 理工学部 数理・情報部門 教授
皆本 晃弥 氏
PROFILE
1997年3月、九州大学大学院数理学研究科数理学専攻を単位取得退学。
1997年4月〜2000年3月、九州大学大学院システム情報科学研究科情報理学専攻助手。
2000年2月、博士(数理学、九州大学)を取得。
2000年4月以降、佐賀大学理工学部知能情報システム学科講師、同准教授などを歴任。
2018年4月〜現在、佐賀大学教育研究院自然科学域理工学系教授。
2025年4月〜現在、佐賀大学教育開発推進センター教授(併任)。
【中編のエッセンス】
日本の大学でデータサイエンス教育が広がることを、皆本晃弥氏は歓迎している。一方で、海外企業のAIやデータサイエンスを使うだけでは、「デジタル小作人」になりかねないとも警鐘を鳴らす。佐賀大学では、リテラシーレベルから応用基礎レベル、エキスパートレベルまで、一貫した教育環境を整備してきた。2016年からはデータサイエンスのインターンシップを始め、企業・自治体と連携しながら、できるところから教育を積み上げてきた。こうした取り組みの背景には、数学的な理論だけでは捉えきれない現実を、データに基づいて考える力が今後不可欠になるという認識がある。日本が目指すべきは、既存のプラットフォームを使う「顧客」ではなく、自らプラットフォームを生み出す「胴元」の側に回ることだ。AIがコモディティ化するほど、数学的原理を理解し、独自のアルゴリズムやデータを生み出す力が競争力になると説く。
【中編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
データサイエンス教育は「使う人」を増やすだけでは不十分である。AIやデータサイエンスを表面的に利用するのではなく、自ら考え、技術を理解して活用できる人材を育てることが重要になる。
キーメッセージ②
日本は「デジタル小作人」ではなく「胴元」を目指すべきである。海外のプラットフォームを利用するだけで終わらず、強みのある領域に集中し、自らサービスや技術を生み出す側に回る必要がある。
キーメッセージ③
AIがコモディティ化するほど、「人と違う力」が価値になる。誰もがAIを使える時代には、数学的原理を理解し、独自のアルゴリズムを考え、目的に合ったデータを見極め、整え、特徴量を設計する力こそが差別化と競争力につながる。
01
「デジタル小作人」を生まない、データサイエンス教育へ
―昨今は、日本国内でもデータサイエンス教育を手掛ける大学が増えてきました。その現状をどう捉えておられますか。
そうですね。流れ自体はよいと思います。まず、データサイエンスが広がり、AIやデータサイエンスの素地ができるという意味では、よい傾向です。ただし、先ほども「デジタル小作人」の話をしましたが、下手をすると、海外のAIやデータサイエンスの仕組みに過度に依存してしまう危うさもあります。
要するに、米国企業や中国企業が提供する仕組みを使うだけの立場になってしまうことへの怖さがあります。投資にしてもギャンブルにしても、仕組みを理解したうえで行う分には問題ありません。しかし、単純に依存し、思考を丸投げしてしまうと、本当にギャンブルと同じになってしまいます。そうならないための教育が必要なのです。
やはり、最初の段階では、データサイエンス教育を幅広く広げることが重要です。その先で、各大学がどの方向へ発展させていくのかを、それぞれの特色や強みに応じて決めていければよいと思います。
―そうした中、皆本先生は2020年に佐賀大学全学教育機構数理・データサイエンス教育推進室長に就任されました。佐賀大学における数理・データサイエンス教育の特徴をお聞かせください。
佐賀大学は総合大学として、入り口となるリテラシーレベルの数理・データサイエンス教育を全学部必修にしています。2026年からは、数理・データサイエンス教育推進室という名称も、教育開発推進センターの数理・データサイエンス・AI教育推進部門に変わりました。同部門で教材を一通り用意し、「標準的な教育はこれです」と示したうえで、各部局に必要に応じて活用してもらう方法を取っています。こうして、リテラシーレベルを全学部必修として実施しています。
応用基礎レベルについては、全学部で履修できる状態にあります。ただし、文部科学省の認定を受けているのは理工学部、農学部、経済学部です。そのうち理工学部は、特に優れた取り組みを示す「プラス」の選定も受けています。リテラシーレベルは全学で実施しており、こちらも「プラス」の選定を受けています。理工学部と農学部の大きな特徴は、応用基礎レベルも必修にしていることです。実際、必修化に踏み切るのはなかなか難しいと思います。
また、地元企業と一緒に教材を作っている点も大きいと思います。教員向けの生成AI研修も、日本マイクロソフト社と一緒に行っています。データサイエンス教育の入り口に当たるリテラシーレベル、その次の応用基礎レベル、さらにその先のエキスパートレベルまで見据えています。理工学部には、エキスパートレベルへの橋渡しを行うデータサイエンスコースが設置されています。さらに大学院理工学研究科にも、エキスパートレベルの人材育成を目指したデータサイエンスコースがあります。
博士課程まで含めて、入り口であるリテラシーレベルからエキスパートレベルまで、一貫して育成できる環境を構築している点も大きな特徴だと思います。
02
リテラシーからエキスパートまで、一貫して学べる環境へ
―データサイエンス教育には、リテラシーレベル、応用基礎レベル、エキスパートレベルといった複数の段階があります。佐賀大学では、それらを一貫して学べる環境を整えつつ、地元企業や自治体と連携した教育も推進されていますね。
そうですね。佐賀大学では、リテラシーレベルから応用基礎レベル、さらにエキスパートレベルまで、段階的に学べる教育環境を整えてきました。これまで述べてきた取り組みに加えて、大学院教養プログラムとして「データサイエンス特論」も開講しています。この科目は全研究科の学生を対象に開講されており、そのうち農学研究科、理工学研究科、先進健康科学研究科では必修科目となっています。授業では、地元企業や自治体の事例も幅広く紹介しています。
また、高校生も履修できるデータサイエンス教育科目として、「データサイエンスBasic」も実施しています。佐賀大学に入学した場合には、単位として認められる仕組みも用意しています。
―ちなみに、佐賀大学のデータサイエンス教育は、2016年度まで遡るとお聞きしました。かなり早い時期から取り組まれていたのですね。
そうです。2016年からデータサイエンスのインターンシップを開始しました。私自身が中心となって始めた取り組みです。それから丸10年が経ち、先日、電気情報通信学会から「教育優秀賞」をいただきました。
2016年にデータサイエンスのインターンシップを始める時期に、大学院教養プログラムとして「データサイエンス特論」を実施することも検討していました。そこで地元企業に対して、「大学院でデータサイエンスに関する科目を開講したいので、協力してもらえませんか」とお声がけし、協力していただきました。当時は、まだデータサイエンスという言葉が今ほど普及していませんでした。だからこそ、インターンシップと大学院科目の双方を通じて、できるところからデータサイエンス教育を形にしていこうと考えたのです。
また、本学は2019年にデータサイエンスの大学院を設置しました。これは、滋賀大学と並んで、日本でもかなり早い時期のデータサイエンス系大学院だったと言ってよいと思います。本学の場合は少し珍しく、先に大学院にデータサイエンスコースができ、その後に学部のコースが整備されました。今はようやく、リテラシーレベルから応用基礎レベル、エキスパートレベルまで、縦につながる教育体系が整ってきました。
とにかく、できるところから始めるという姿勢でした。自分自身にも「Fail First」を課し、まず動いてみる。できたところを少しずつつなげていく。その積み重ねで進めてきたという感覚です。
―2016年度には、マイクロソフト・イノベーションセンター佐賀(現・MAIC佐賀)の開所や、チャレンジ・インターンシップ(データサイエンス)もありました。これらも皆本先生が推進されたのでしょうか。
そうですね。私も、マイクロソフト・イノベーションセンター佐賀、現在のMAIC佐賀の推進に関わりました。当時は、佐賀でICTやデータサイエンスを盛り上げていくために、こうした拠点が一つの大きなきっかけになるのではないかと考えていました。データサイエンスという言葉がまだ今ほど一般的ではない時期でしたが、だからこそ、大学の中だけでなく、地元企業や自治体、外部の技術企業とつながりながら、教育や実践の場をつくっていく必要があると感じていました。最初の「チャレンジ・インターンシップ(データサイエンス)」も、このセンターで実施しました。学生が企業や地域の課題に触れ、データをどのように活用すれば課題解決につながるのかを考える機会にしたいという狙いがありました。この取り組みは、週刊ダイヤモンドのほか、地元新聞やNHK佐賀でも取り上げられ、佐賀でICTやデータサイエンスへの関心を高めるうえでも一定の意味があったと思います。
03
「できるところから」積み上げた、データサイエンス教育の10年
―なぜその頃から、データサイエンス教育を進める必要があると考えておられたのでしょうか。
滋賀大学が2017年にデータサイエンス学部を設置するという話が、2015〜16年頃に出てきました。また、国からも2016年12月に「大学の数理・データサイエンス教育強化方策について」が示されました。そうした動きを受けて、やはりデータサイエンス教育に取り組む必要があると考えました。
当時はまだ、AIという言葉までは入っていませんでした。データサイエンスを学ぶうえで、数学が重要であることは間違いありません。数学は基本的に演繹的な学問です。理論体系があり、仮定を置き、そこから証明されたものは正しいと言えます。
ただ、現実の世の中はそれほど単純ではありません。だからこそ、データに基づいて帰納的に考える力が、今後ますます重要になるだろうと考えました。
整理すると、2016年というタイミングで、滋賀大学をはじめ多くの大学でデータサイエンス教育への機運が高まりました。その中で本学としても、本格的に取り組む必要があると考えたということです。
―足掛け10年になりますね。振り返ると、やはり感慨深いものがありますか。
ちょうど10年になります。電気情報通信学会「教育優秀賞」の審査対象も過去10年の取り組みでしたので、いろいろと感慨深いものがあります。始めた頃は、やはり抵抗を受けることも少なくありませんでした。どうしても、他学部のカリキュラムにも関わることになります。各学部の教育内容に外から提案することには、慎重な空気もありました。だからこそ、地元企業や自治体と連携しながら、少しずつ切り込んでいったのです。自分一人では、とてもできなかったと思います。
―地元企業に加えて、日本マイクロソフト社やあいおいニッセイ同和損保などの大手企業、自治体としては佐賀県も参画しています。産官学が連携した、かなり幅広い体制ですね。
そうですね。佐賀県からは政策部統計分析課の方に入っていただいています。地元の大きな企業としては、半導体用シリコンウェーハの製造・販売を手掛けるSUMCOがあります。製造過程では豊富なデータ分析の経験がある企業です。
―他学部の教育内容にも関わっていくことになるため、調整は大変だったのではないでしょうか。
あくまでも、こちらは標準教材を提案するという立場です。それを使うかどうかは、各学部の先生方にお任せしています。押しつけるのではなく、必要に応じて活用してもらうという考え方です。
―佐賀大学における社会人向けのリスキリングプログラムは、どのような状況でしょうか。
現在、本学では、経営者の学び直しを支援するために「経営者のための統合型リスキリングプログラム」を開講しています。このプログラムは、経営者が自社の事業、組織、人材、財務を統合的に捉える視点を学び、経営判断に必要な幅広い視野と意思決定力を高めることを目的としています。
プログラムは5つのコースで構成されています。その中には、AI・データサイエンスを基盤に、IT活用、マーケティング、創造思考、組織風土まで体系的に学べる「次世代経営イノベーター育成コース」もあります。基本は通学形式ですが、通えない方はオンデマンドでも受講できます。詳細は、以下のURLをご覧ください。
https://recurrent.cws.saga-u.ac.jp/program/2250/
―東京など遠方からでも受講できるのですね。
そうですね。遠方の方でも、オンデマンドを活用すれば受講できます。
04
日本が目指すべきは、顧客ではなく「胴元」になること
―日本が「デジタル小作人」になっていくのではないか、という指摘もあります。日本は今後、どのように立ち回っていくべきだとお考えですか。
やはり、胴元になることです。言い換えれば、プラットフォーマーになるということです。ただし、今の日本がすべての分野で胴元になるのは難しいと思います。AIやデータサイエンスを含むあらゆる分野で主導権を握るのではなく、どこに絞って勝負するかを考える必要があります。
例えば、宝くじやtoto、カジノなどを考えても、最終的に強いのは仕組みを作る側です。日本語だけを対象にすると市場は1億人程度に限られます。だからこそ、海外展開も見据えながら、どの分野でプラットフォームを作り、胴元の側に回るのかを考えるべきです。
今、フィジカルAIが注目されていますが、日本が本当にその分野で勝負すべきなのかは、冷静に見極める必要があります。大切なのは、「どこかでまず一位になる」ことです。現状では、海外企業などが作ったプラットフォームを使っているという事実を、まず認識しなければなりません。本当に収益を上げたい、特定の業界で主導権を取りたいと考えるのであれば、「いかに胴元になるか」を考えるべきです。
開発者と利用者、あるいは胴元と顧客の距離が広がるほど、胴元の側が利益を得やすくなります。利用者が仕組みを理解していなければ、提示された価格や条件が妥当なのか、別の方法があるのかを判断できません。結果として、提供する側に依存せざるを得なくなります。だからこそ、仕組みを理解し、自ら作る側に回ることが重要なのです。
―つまり、使う側にとどまるのではなく、仕組みを作る「胴元」になるということですね。
技術は、基本的にそういう構造を持っています。ユーザーと開発者の距離が開けば開くほど、開発者側が価値を取りやすくなります。ユーザーに十分な知識があれば、「もっと安くできるのではないか」「別の方法があるのではないか」と判断できます。しかし、技術から離れてしまうと、そうした判断ができません。結果として、開発者に言われた条件をそのまま受け入れざるを得なくなります。
だからこそ、基礎技術を底上げしておく必要があります。「自分たちは本当にお客で終わってしまうのではないか」「胴元にはなれないのではないか」という危機感は常にあります。AIを使って課題を解決できていたとしても、そこで満足するのではなく、「お客で終わっていないか」を意識することが大切です。いかに胴元になるか、プラットフォーマーの側に回れるかを考えなければ、マネタイズは難しいと思います。
世界の人口が100億人に近づくという前提に立てば、半分の人がスマホを使うだけでも50億台になります。仮に1台につき年間100円の課金ができれば、年間5000億円規模の市場になります。多くの人が使うプラットフォームを作ることができれば、非常に強い立場に立てるのです。
05
AIがコモディティ化した先で、数学と独自性が生きる
―胴元になるためにも、数学的な背景や原理を理解することが欠かせないのですね。
そうです。Googleが数学者を熱心に集めているのも、そうした理由からだと思います。一方で、日本企業は、突出した個性や独創性を持つ人材を生かすことが、あまり得意ではないように感じます。海外企業では、非常に高い能力を持つ人材が、強い個性を持っていることも少なくありません。そうした人たちが、ときに大きな革新を起こします。日本でも、独創的な人材が力を発揮できる環境をどうつくるかが重要ではないでしょうか。
言い換えれば、周囲と同じであることだけを求めるのではなく、特徴のある人が活躍できる環境を整えることです。そうした土壌ができれば、日本にもまだ道は開けると思います。
―大前研一氏も、これからの日本には、型通りの人材だけでなく、突出した個性を持つ人材を育てる教育が必要だと述べています。一方で、AI技術は急速に発展し、中国企業の台頭などによってコモディティ化が進むとの見方もあります。この点について、皆本先生はどのようにお考えですか。
コモディティ化は自然な流れだと思います。問題は、その先です。誰もが使えるようになったときに重要になるのは、他者と何が違うのか、自分たちならではの価値は何かという点です。そのときに、AIモデルの背後にある数学的な原理を理解し、独自のアルゴリズムを考え、目的に合ったデータを見極め、整え、特徴量を設計することが重要になります。
要するに、他者と同じことをしているだけでは価値を生み出しにくいということです。だからこそ、他者と同じであることを恐れ、違うものに取り組む意識が必要になります。そのためには、背景や原理を理解するしかありません。数学的な理論を知り、独自のアルゴリズムを考え、目的に合ったデータを見極め、整え、特徴量を設計し、新しいビジネスやサービスへと展開できるか。その差が重要になると思います。
表面的なツールの使い方しか知らない人は、いずれ代替されてしまうでしょう。ビジネスの現場でも、単にAIを使えるだけでは差別化になりません。重要なのは、コモディティ化した技術の先で、いかに違うものを生み出すかです。そのためには、基礎をおろそかにせず、ツールの使い方だけで終わらない教育が必要だと考えています。
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