AI研究の意義は、人間のようなものを実際に作り、その振る舞いを人間と比べることで、「人間とは何か」を探ることにあります。
生成AIの急速な進化で、AIは研究室の中だけのものではなくなりました。長年AI研究の第一線に立ってきた京都橘大学の松原仁教授は、子どもの頃に抱いた「自分とは何か」という問いが、AI研究の原点だと語ります。
本記事では、松原教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、「作って比べる」AI研究の意義、文系にこそ必要なAIリテラシー、AIの歴史を学ぶ意味、そして変化の速い時代に最新情報をつかむ知のネットワークについて解説します。
この記事でわかること
・AI研究の意義と、「作って比べる」構成論的アプローチ
・文系にこそAIリテラシーが必要な理由
・AIのブームと「冬の時代」の歴史を学ぶ意味
・変化の速い時代に最新情報をつかむ「知のネットワーク」
・ゲームと家族が育んだAI研究者の原点
AI研究は人間の理解につながるのか――。松原教授は、多くのAI研究者がそう考えているはずだと答えます。自身がAIに興味を持ったのも、子どもの頃に「自分とは何か」という疑問を抱いたからでした。
松原教授の親しい友人は、かつて「鉄腕アトムという名の松原をもう一つ作りたい」と言ったそうです。人間のようなものを作ってみて、その挙動と人間を比べることで、結果的に「人間とはどういうものか」がわかってくる。この方法を、構成論的(コンストラクティブ)アプローチと呼びます。
| 学問 | 人間を知るための主なアプローチ |
|---|---|
| 脳科学 | 脳の構造や働きを調べる |
| 心理学 | 人の心の働きや行動を調べる |
| 哲学 | 人間とは何かを思考によって探究する |
| AI・ロボティクス | 人間のようなものを作り、人間と比べる(構成論的アプローチ) |
「AI、ロボティクスだけが持っているのは作って比べるという、そういう方法論がAIの最大の長所というか、ポイントだと思っています。」
――松原教授
人間とは何かを知りたいという目的は、脳科学でも心理学でも哲学でも共通しています。その中で、作って比べられることこそがAIの存在意義だというのが、松原教授の考えです。
松原教授は、文系の読者に向けたAIの入門書を執筆しています。想定する読者は、自分は文系だと思っている大学1〜2年生です。
主な著書は、『やさしくわかる!文系のための東大の先生が教えるChatGPT』(ニュートンプレス)と『東京大学の先生伝授 文系のためのめっちゃやさしい人工知能』(ニュートンプレス)です。いずれもAIの仕組みや歴史を、文系の読者にもわかりやすく解説しています。
「ブラックボックス化すると、神のように奉るか、否定するかのどちらかになってしまいます。」
――松原教授
文系の人はAIをブラックボックスとして扱いがちです。そうではなく、「変なところもあるけれど、良いところもある」と是々非々で付き合ってほしい――その思いを編集者に伝えたところ、「文系」という言葉を入れたタイトルになったといいます。中編で紹介した「AIリテラシー」を身につける入口として、仕組みを知ることが大切なのです。
AIには、期待が高まったブームと、停滞した「冬の時代」が繰り返されてきた歴史があります。松原教授の著書では、そうした歴史や、アラン・チューリング、ノイマン型コンピュータといったAIの源流にも触れています。
| 時期(一般的な整理) | 主な特徴 |
|---|---|
| 第1次AIブーム(1950〜60年代) | 推論や探索によって、パズルなどの問題を解くAIが注目された |
| 第2次AIブーム(1980年代) | 専門家の知識をルールとして組み込んだ「エキスパートシステム」が広がった |
| 冬の時代 | 期待に対して実用化が進まず、研究が停滞した。「人工無能」と揶揄されたこともあった |
| 第3次AIブーム以降(2000年代〜) | 機械学習・深層学習が発展。トランスフォーマーの登場を経て、生成AIが急速に普及 |
AI関連の書籍は今では数多くありますが、昔の歴史を書いた本はあまりありません。その頃AIに取り組んでいなかった人が多く、今AIに携わる人の多くは、その歴史を知らないからです。日本でかなり早い時期からAIを研究してきた一人として、昔話を織り交ぜながら伝えることが自分の役割だと松原教授は考えています。歴史を知ることは、今の急速な進化を冷静に捉える視点にもなります。
変化の速いAIの最新情報を、どうやってつかんでいるのか。松原教授が心がけているのは、若いAI研究者と友達になることです。「最近面白い話はないか」と聞けば、「この論文を読みましたか」と教えてくれる仲間が大勢いて、SNSやメールで情報を送ってくれる。それが今の自分の財産だといいます。
大切なのは、もらうばかりにならないことです。ゲームAIの分野では海外にも知り合いが多く、その情報は松原教授に先に入ってくることがあります。そうした情報は、自分から仲間に伝えるようにしています。
「僕もその中のノードの一つとして、僕自身も一部を提供する。」
――松原教授
情報のネットワークの「ノード」(情報が集まり、他とつながる点)の一つとして、自分も情報を提供する。ただ乗りせず、互いに情報をやり取りする関係があるからこそ、最新の情報が入り続ける――それが研究者としての命綱になっていると松原教授は語ります。この考え方は、社内での知識共有にもそのまま当てはまります。
社内の「知のネットワーク」をAIでつなぐ
一人ひとりが持つ知識や情報を共有し合える組織ほど、変化に強くなります。DEFiDEの「chai+」は、社内の文書やマニュアルを参照して回答するRAG型のAIチャットボットです。社内に散らばる知識を、誰もがすぐに引き出せるナレッジとして活用できます。
松原教授の父親は麻雀好きで、松原教授は幼稚園のときに麻雀を覚え、小学生の頃には家族で花札を楽しんでいたといいます。ゲームの研究は、将棋とコンピュータをはじめ、松原教授の重要な研究テーマの一つです。
弟の松原健二氏は、コーエーテクモホールディングスやセガゲームスの経営を担い、SNKの代表取締役社長CEOも務めたゲーム業界のトップランナーです。2026年度からは京都橘大学の客員教授に就任しています。立場は違っても、兄弟ともに子どもの頃から親しんだゲームを仕事にしている点は共通しています。
A. 松原教授は、AI研究の本質は「人間とは何か」を探ることにあると述べています。人間のようなものを実際に作り、その振る舞いを人間と比べることで、人間への理解が深まります。脳科学や心理学、哲学も人間を知ろうとする学問ですが、「作って比べる」方法論はAIやロボティクスならではの強みです。
A. 構成論的(コンストラクティブ)アプローチとは、対象を実際に作ってみることで、その仕組みを理解しようとする方法です。AI研究では、人間のような知能を持つものを作り、その挙動と人間を比べることで、人間の知能や心のあり方に迫ります。
A. 松原教授は、文系の人はAIをブラックボックスとして扱いがちで、そうすると神のように奉るか、全否定するかのどちらかになってしまうと指摘しています。「変なところもあるが、良いところもある」と是々非々で付き合えるよう、文系の大学1〜2年生を想定した入門書を執筆しています。
A. AIには、期待が高まったブームと、停滞した「冬の時代」が繰り返されてきた歴史があります。松原教授は、昔の歴史を書いた本は少なく、今AIに取り組む人の多くはそれを知らないため、昔話を織り交ぜながら学ぶことが重要だとしています。歴史を知ることは、今の急速な進化を相対化する視点になります。
A. 松原教授は、若いAI研究者と友達になり、面白い論文や話題を教え合う関係を大切にしています。自分も得意分野の情報を提供することで、情報のネットワークの「ノード」の一つとして機能し、ただ受け取るだけにならないことが、最新情報が集まり続ける秘訣だとしています。
AIをどう使うかを決めるのは、私たち人間です。恐れず、盲信せず、AIと対話しながら学び続けることが、AI時代の未来を形づくります。
AIに任せられる仕事はAIに。人は「問い」と「選択」へ
DEFiDEの社内業務クラウド「SmartOps」は、AIエージェントやRAG、AI-OCRを活用し、社内手続きの確認や社内情報の検索、紙の書類のデータ化などの定型業務を効率化します。AIで生まれた時間を、人間にしかできない問いや選択に振り向けるための業務基盤です。基本機能はずっと無料です。
▶ 前編:スポーツAI・観光AIとは?「心を豊かにする」AI研究と、AIに創造性は宿るのか
▶ インタビュー全文:生成AI時代に人間は何を磨くべきか(後編)