AI時代に最も必要なのは、物事の本質を捉える「抽象化」の力と、学び続けて自らの価値を更新し続ける姿勢です。「学歴から学習歴へ」――その流れはもう間違いありません。
生成AIは膨大な情報を処理し、探索する力を人にもたらしました。一方で、最終的な価値判断や倫理、そして新しい知の創出は、人間に委ねられています。早稲田大学の鷲崎弘宜教授は、AIを突き詰めるほど、人の営みを突き詰めることになると語ります。
本記事では、鷲崎教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、AI時代に最も必要な抽象化の力、実践の場とスピード感、暗黙知の形式知化、AI時代に人間が担う価値判断と倫理、そして「学歴から学習歴へ」の学び直しについて解説します。
この記事でわかること
・AI時代に最も学ぶべき「抽象化」の力
・実践の場で学ぶ意味と、AIがもたらすスピード感への向き合い方
・暗黙知を形式知にする取り組みと、フィジカルAI
・AIが進化しても人間に残る、価値判断と倫理
・「学歴から学習歴へ」――社会人の学び直しとリカレント教育
AI時代の学生に学んでほしいことを一つだけ挙げるとしたら――。鷲崎教授は「色々出てきてしまう」としながら、その根底にあるものを語りました。
コンピューティングもソフトウェア工学も、そのベースは抽象化です。抽象化して本質を捉え、そのレイヤーを積み重ねる。そして、抽象的なところから具体的なところへきちんと落とし込む。前編で紹介した「ゴール指向」も、「本当にやりたいことは何か」という問題の本質を捉える抽象化です。
| 学んでほしいこと | 共通する本質 |
|---|---|
| ゴール指向 | 「本当にやりたいことは何か」を捉える |
| 批判的思考 | 物事を鵜呑みにせず、本質を問う |
| 学び方の学び方 | 技術が刻々と変わる中で、自ら学び続ける方法を身につける |
「だから、結局それらは全て抽象化、「まずは何が本質なのか」と批判的に捉えようとすることに尽きます。」
――鷲崎教授
鷲崎教授は大学の講義で演習を増やし、プロジェクト形式の取り組みを重視しています。研究室の研究テーマのほとんどは産学連携で、2〜5人のチームが企業の要望を聞きながら、担当を分担し、統合し、成果を納めて評価を受けます。実践の中でソフトウェアエンジニアリングを学ぶのです。
一方で、AIによって調査や実験のスピード感は大きく変わりました。かつて半年かけていた調査を、数週間で10倍から100倍の量で整理する――良くも悪くも、AIネイティブの世界はそのスピード感にならざるを得ません。
AIが扱えるのは、デジタルデータになったものです。日本の製造業などに蓄積された暗黙知は、AIが持っていないものです。鷲崎教授は、工場のデジタルツインや、人の性格や考え方をAIに持たせる「AIクローン」も一種のデジタルツインだとしたうえで、暗黙知をいかに言語化して形式知にできるかが問われていると語ります。触覚技術の進展で、職人の手先の技術や感触もデータとして蓄積し、ロボットに学ばせる取り組みも進んでいます。
鷲崎教授自身も、自動運転に搭載するAIやソフトウェアシステムを、上位の目標と整合させながらリスクを管理し、効率よく開発する研究に取り組んでいます。シミュレーションに使うAIモデルの調整も含め、エージェントによる統合を進めており、その成果は一種のフィジカルAIになると見ています。
AIに研究をさせ、論文を書かせ、AIによる論文だけを受け付ける学会まで現れました。ただし、最後の採択は人が決めます。それがどんな価値を持つのかという目利きや価値判断には、人が関わらざるを得ないのです。ソフトウェア工学の研究でも、大規模な開発履歴のデータから規則性を見つける作業はAIが候補を出すようになり、研究のあり方も変わっていくと鷲崎教授は見ています。
人間の知能をはるかに超えるAIの時代を見据えたとき、教育のミッションは何か。鷲崎教授は、抽象化やゴール指向、批判的思考、学び方の学び方に加えて、大局的な価値判断や倫理的な価値観をどう養うかが重要になると語ります。
「AIを突き詰めれば突き詰めるほど、人の営みを突き詰めることになります。」
――鷲崎教授
例えば、生成AIを導入して開発を加速させようとすると、標準化されているようで実はあいまいで、必ずしも合理的ではない人の活動の実態があらわになります。AIで見直すことは、人の営みを見直すこと。「このソフトウェアは社会の何のためにあるのか」を捉える教育は、ソフトウェアの作り方以上に大切になると鷲崎教授は語ります。
社員のスキルと成長を「見える化」する
学び続ける組織をつくるには、一人ひとりのスキルや成長を把握することが出発点です。DEFiDEの「JOB Scope」は、目標管理や評価、スキルの可視化を通じて、組織に合った人材マネジメントを支援するタレントマネジメントシステムです。
「学歴から学習歴への流れはもう間違いありません。」
――鷲崎教授
技術も環境も立場も刻々と変わり続ける中で、どれだけ学び続けられるかが大切です。鷲崎教授は、一人ひとりが自分の価値や専門性を磨いて発揮し、うまくいかなければ学び直して次に挑戦する――そうした社会へ日本も向かっていくのではないかと語ります。
ところが日本では、自分のITスキルのレベルがわからないという人が少なくないといいます。自分が市場の中でどんな位置にいて、どんな価値があるのかを把握し、それをいかに高めるかを常に意識することが大切です。生成AIによって専門性のない「なんちゃってエンジニア」が淘汰されていく今は、その意識を変えるチャンスでもあります。
学び直しの重要性は、データからも明らかです。情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2025」によると、DXを推進する人材が不足している日本企業は85.1%に上ります。
| 国 | DXを推進する人材が「不足している」企業の割合 |
|---|---|
| 日本 | 85.1% |
| ドイツ | 44.6% |
| 米国 | 23.8% |
出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025」
鷲崎教授が事業責任者を務める「スマートエスイー」は、早稲田大学を中心に、第一線の教育者・研究者・実務家がAI・IoT・ビッグデータ分野のイノベーティブなDX人材を育成する社会人向けの学び直しプログラムです。産学連携で企業と共同研究をする中で、「最後は人」――システムを生み出し、運用し、価値を生むのは人であると改めて感じたことが、取り組みのきっかけの一つだといいます。
| コース | 主な対象と内容 |
|---|---|
| IoT/AIコース | IT、ソフトウェア、SIなどの技術者が、IoTやAI、生成AI、AIエージェントを作り、それによってシステムを運用して価値を生み出す方法を学ぶ |
| DXコース | ビジネスパーソンが、生成AIなどで自身の業務を効率化し価値を高める方法や、組織やビジネスモデルのデジタル変革の考え方と手法を学ぶ |
| 共通の特徴 | 約半年、年1回募集。法令に基づく履修証明プログラムで、履歴書に記載できる。デジタル証明書(オープンバッジ)も発行。リモートでも修了でき、対面の演習機会もある |
受講者は、IT系の企業だけでなく、食品や商社、官公庁などのユーザー企業からも集まり、遠方からの参加者もいます。プログラムでの学びは研究の新しいテーマにもなり、研究成果はまた教育に還元されます。デンソーとの取り組みのように、プログラムで企業の受講者が取り組んだ研究を、さらに共同研究で深める流れも生まれています。教えを受けるだけでなく、ともに価値を生み出し続ける――教育と研究が両輪で発展していく姿を、鷲崎教授は目指しています。
A. 鷲崎教授は「抽象化」の力を挙げています。コンピューティングもソフトウェア工学も、本質を捉えて抽象化し、それを具体的なものに落とし込むことで成り立っています。ゴール指向も批判的思考も「学び方の学び方」も、突き詰めれば「何が本質なのか」を批判的に捉えようとする抽象化に行き着くといいます。
A. 鷲崎教授は、大局的な価値判断や倫理的な価値観は人間が担うべきだとしています。AIに研究や論文執筆をさせる動きも出てきましたが、それが本当にどんな価値を持つのかという目利きや価値判断には、人が関わらざるを得ません。
A. 工場のデジタルツインや、人の考え方や判断基準をAIに持たせる「AIクローン」のように、暗黙知をいかに言語化して形式知にするかが問われています。職人の手先の感触などもデータとして蓄積し、ロボットに学ばせる取り組みも進んでいます。
A. 技術も環境も立場も刻々と変わる中で、どの学校を出たかより、どれだけ学び続けてきたかが重要になるという考え方です。鷲崎教授は、一人ひとりが自分の価値や専門性を磨き、市場の中での自分の位置を把握しながら、学び続けることが大切だと述べています。
A. 鷲崎教授が事業責任者を務める早稲田大学中心のリカレント教育プログラム「スマートエスイー」では、IoT/AIコースとDXコースを設けています。いずれも約半年の履修証明プログラムで、リモートでも修了でき、履歴書に記載できる履修証明やデジタル証明書も発行されます。
抽象化する力、ゴールを見極める力、そして学び続ける姿勢。決して新しい概念ではありませんが、AIが高度化する今だからこそ、その意味はより鮮明になっています。
学びを、組織の価値創造につなげる
DEFiDEは、AI/DXコンサルティングと自社SaaSの開発・提供を通じて、企業のAI活用と人材の成長を支援しています。目標の整理から、AIの活用設計、社内への定着まで伴走します。
▶ 前編:ソフトウェア工学とは?「作り方をつくる」学問と、生成AI時代に欠かせない「ゴール指向」
▶ 中編:生成AIでソフトウェア開発はどう変わる?「コード中心」から「意図中心」へ
▶ インタビュー全文:生成AIの進化が暴く「人間の本質」(後編)