早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 情報理工学科 教授
鷲崎 弘宜(わしざき ひろのり)氏
PROFILE
早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 情報理工学科 教授。1976年生まれ。早稲田大学理工学部情報学科卒業、同大学院理工学研究科情報科学専攻博士後期課程修了、博士(情報科学)。早稲田大学助手、国立情報学研究所助手・助教などを経て、2016年より早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。IEEE Computer Society(IEEE-CS)2025年会長、ISO/IEC JTC1 SC7/WG20 Convenor、情報処理学会ソフトウェア工学研究会主査、IoT/AI/DXリカレント教育プログラム「スマートエスイー(Smart SE)」事業責任者などを務める。著・編に『生成AIによるソフトウェア開発:設計からテスト、マネジメントまでをすべて変革するLLM活用の実践体系』。
生成AIによって、ソフトウェア開発は「コード中心」から「意図(インテント)中心」へ転換します。実装の多くは自動化されますが、「何を実現したいのか」を定め、その妥当性を検証する責任は人間に残ります。
生成AIに指示するだけで、コードもテストも設計の案も出てくる時代になりました。では、エンジニアの役割はどう変わるのか。早稲田大学の鷲崎弘宜教授は、これからのエンジニアは一人ひとりがAIエージェントを率いるマネージャーになり、「最初」と「検証」に重点が移ると語ります。
本記事では、鷲崎教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、「意図中心」の開発への転換、狭い意味でのプログラマーの仕事の行方、生成AIの2つの使い方、ブラックボックス化する時代の教育、開発者の価値の評価、そして理系・文系の境界について解説します。
この記事でわかること
・生成AIで開発が「コード中心」から「意図中心」へ変わるとはどういうことか
・狭い意味での「プログラマー」の仕事の行方と、人に残る役割
・エンジニアがAIエージェントを率いるマネージャーになる未来
・ブラックボックス化する時代に、原理を学ぶ意味
・開発者の価値の評価の変化と、「なんちゃってエンジニア」が淘汰される理由
「コード中心」から「意図中心」へ
生成AIによって、高信頼なソフトウェアを効率よく開発する方法は大きく変わる――鷲崎教授はそう断言します。
「コード中心から意図中心、コードセントリックからインテントセントリックな開発や運用に向かっていくというのは、これは避けられないものです。」
――鷲崎教授
当初は、直感的に指示してコードを生成する「バイブコーディング」のように、コーディングに限られていました。今では、意図を起点とした開発が、要求から設計、コーディング、テスト、マネジメントまで、開発のあらゆる工程に広がりつつあります。
| 工程 | これまで | 意図中心の開発 |
|---|---|---|
| 要求 | 専門家が要求を書き出す | 生成AIとの対話や探索を通じて、「本当にやりたかったこと」を機能や仕組みとして明らかにする |
| 設計 | 設計者が意図に沿って設計し、検証する | 生成AIや大規模な知識を活用して、意図から設計を進める(検証は必須) |
| コーディング・テスト・マネジメント | 手順に沿って人が進める | 意図を起点に、生成AIを活用して進める |
さらに、ソフトウェアは利用者の文脈に合わせて変化し、一人ひとりに合わせたパーソナルなものになっていくといいます。これまでは人がソフトウェアに合わせてきましたが、同じアプリでも使う人によって振る舞いが違う、ということが当たり前になっていく。それは良さであると同時に、難しさでもあります。
狭い意味での「プログラマー」はいなくなる――人に残る「最初」と「検証」
鷲崎教授は、ある書籍に寄せた推薦文で「2030年、プログラマーは地球から消え去った」と、あえてSF小説風に書いたといいます。与えられた詳細な仕様をプログラムに書き起こす――それを狭い意味での「プログラマー」の仕事と捉えるなら、その大部分がなくなっていくのは間違いないと見ています。
そうなると重要になるのは、開発の「最初」と「終わり」です。そもそも何をやりたいのか。そして主要なポイントで検証し、受け入れて統合できるか。業務や組織、社会にどんな価値をもたらすのかに直接重点を置けるようになる――それはソフトウェアエンジニアリングの本当の原点に立ち返ることであり、前編で紹介した「ゴール指向」そのものだと鷲崎教授は語ります。
生成AIの2つの使い方
| 正解がわかっている作業 | 正解がわからない作業 | |
|---|---|---|
| 主な工程 | コーディング、テストなど開発の下流 | 分析、設計など開発の上流 |
| 生成AIの使い方 | 効率化・自動化 | 数百、数千のパターンを探索的に検討する |
| 人の役割 | 結果を検証する | 元の意図に照らして、どれが望ましいかを価値判断する |
どちらの使い方でも、最後は人が「何が妥当か」を判断しなければなりません。そのためには、何が正しいコーディングで、何が正しいテストで、何が正しい設計なのかを、しっかり学んでおく必要がある。学んだうえで、作業は生成AIに任せればよいのです。
生成AIの出力の正確性は、企業にとっても大きな関心事です。帝国データバンクの2026年3月の調査では、生成AIを活用するうえでの懸念として「情報の正確性」を挙げた企業が50.4%と最も多くなっています。
| 調査項目(生成AIに関する企業の動向調査) | 結果 |
|---|---|
| 生成AIを業務で「活用している」企業 | 34.5% |
| 懸念・課題:「情報の正確性」 | 50.4%(最多) |
出典:帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」(有効回答1万312社)
AIの出力を「確かめやすく」する
AIを業務で使いこなすには、出力の根拠を確かめられることが欠かせません。DEFiDEの「chai+」は、社内の文書やマニュアルを参照して回答するRAG型のAIチャットボットです。根拠となる社内情報に基づいて回答するため、検証しやすく、安心して業務に活用できます。
エンジニアはAIエージェントを率いるマネージャーに
「まさに、これからのエンジニアというのは、一人ひとりがマネージャーになってAIエージェントを率いていきます。」
――鷲崎教授
一人ひとりのエンジニアが多くのAIエージェントを束ね、「あなたはこれを」「あなたはこちらを」と作業を割り振る。結果を検証し、「これはうまくいっていない、修正しなさい」と指示する。マネージャーが務まるのは、何が正しいのかを価値判断できるからです。これからのエンジニアの仕事は、「頭」と「お尻」――意図の設定と検証に重点が移っていくのです。
ブラックボックス化する時代こそ、原理を学ぶ
生成AIが当たり前の時代に育つ学生を、どう教育すべきか。鷲崎教授は「今まさに過渡期で、正直手探り」としながら、2つの視点を挙げます。
視点1:原理と仕組みを学ぶ
これからの開発の多くは、ある種のブラックボックスになっていきます。エージェント同士で作業や検証を進め、最後に人が承認する――その大部分は見えにくくなります。
「今後ソフトウェア開発の大半がブラックボックスになっていく時こそ、原理・仕組みはしっかり学んでおいてほしいと思います。」
――鷲崎教授
ビジネスの現場では、利益が求められる中で原理に立ち返る時間は限られます。だからこそ、原理を学ぶことは大学で学べることになっていくと鷲崎教授は考えています。
視点2:開発者の価値の評価が変わる
一方で、現場では「良い開発者」の定義が変わりつつあります。中身をよくわかっていなくても、AIエージェントをうまく使い、見た目の生産性が高い開発者が現れているのです。数年前には、委託を受けて開発しているように見せながら、実はほとんどをAIに任せていた人が契約を打ち切られたという話題もありました。しかし、最小の労力で効率よく成果を上げていたのなら、それはむしろ優れているという見方もできます。
| これまでの評価 | これから問われる評価 | |
|---|---|---|
| 評価の軸 | どれだけ時間や労力を費やしたか(人月) | 開発者と成果物が生み出した価値 |
| 価値の測り方 | 主に金銭や工数に換算 | 社会的な価値や責任も含めて測る |
| 影響 | 工数に基づく契約 | 顧客との契約のあり方も見直しが必要に |
鷲崎教授は多くのSIベンダーと議論を重ねており、開発者や成果物の価値をどう測り、評価するかを突き詰めることが、これからの大きな課題だと語ります。
理系・文系の境界と、「なんちゃってエンジニア」の淘汰
生成AIへの指示には言語化の力が欠かせず、理系・文系の境界はなくなるのではないか――聞き手の山本の問いに、鷲崎教授は、境界が薄れる領域と、専門性がより重要になる領域があると答えます。
| 領域 | 求められる力 |
|---|---|
| ミッションクリティカルでない、複雑性の低い領域 | 意図を相手にわかる言葉で正しく伝える言語化の力、ドメイン知識、自分の思考を振り返って調整するメタ認知。境界は薄れ、文系の得意も生きる |
| セキュリティ、安全性、大規模化などが問われる領域 | 「十万、百万のユーザーがアクセスしたらどうなるか」「この処理ではスケールしない」を判断できる、専門性を持ったプロフェッショナルのエンジニア |
そのため、エンジニアとして振る舞いながら専門性を持たない「なんちゃってエンジニア」は厳しくなる一方、本当の意味で専門性を持ったプロフェッショナルは、AIエージェントによる開発の加速や大規模化に伴って、ますます必要になると鷲崎教授は見ています。
よくある質問(FAQ)
Q. 生成AIでソフトウェア開発はどう変わりますか?
A. 鷲崎教授は、開発が「コード中心」から「意図(インテント)中心」へ転換すると述べています。要求、設計、コーディング、テスト、マネジメントのあらゆる工程で、「何を実現したいのか」という意図を起点に、生成AIと対話しながら進める形に変わっていきます。ただし、生成AIの出力は必ず検証が必要です。
Q. プログラマーの仕事はなくなりますか?
A. 与えられた詳細な仕様をプログラムに書き起こすという狭い意味でのプログラマーの仕事は、大部分がなくなっていくと鷲崎教授は見ています。一方で、「そもそも何をやりたいか」という最初の部分と、主要なポイントで検証し受け入れて統合する最後の部分の重要性は、むしろ高まります。
Q. これからのエンジニアに求められる役割は何ですか?
A. 鷲崎教授は、一人ひとりのエンジニアが、多くのAIエージェントを束ねるマネージャーになると述べています。エージェントに作業を割り振り、結果を検証して修正を指示する。そのためには、何が正しいコーディングや設計、テストなのかを学び、価値判断できることが必要です。
Q. 生成AIの使い方にはどんな種類がありますか?
A. 大きく2つあります。一つは、コーディングやテストなど、正解がわかっている下流の作業を自動化・効率化する使い方。もう一つは、分析や設計など正解がわからない上流の工程で、数百、数千のパターンを探索的に検討する使い方です。どちらも、最後に何が妥当かを判断するのは人間です。
Q. 開発者の価値はどう評価すべきですか?
A. これまでは費やした時間や労力(人月)に目が向きがちでした。しかし生成AIの時代には、最小の労力で効率よく成果を上げることが評価されるべきだという見方もあります。鷲崎教授は、社会的な価値や責任も含めて、開発者が生み出す価値をどう測り評価するかを突き詰める必要があり、顧客との契約のあり方も変わっていくと述べています。
まとめ:開発は「意図」と「検証」の時代へ
- 生成AIにより、ソフトウェア開発は「コード中心」から「意図中心」へと転換する
- 狭い意味でのプログラマーの仕事は大部分がなくなり、「最初(意図)」と「終わり(検証)」の重要性が高まる
- エンジニアは一人ひとりがAIエージェントを率いるマネージャーになり、価値判断力が中核になる
- 開発がブラックボックス化する時代こそ、原理と仕組みを学ぶことが差を生む
- 開発者の価値の評価は、工数から生み出した価値へ。専門性のない「なんちゃってエンジニア」は淘汰される
後編では、AI時代に最も必要な力として鷲崎教授が挙げる「抽象化」、暗黙知と向き合う力、価値判断と倫理、そして「学歴から学習歴へ」という学び直しの考え方について伺います。
AI時代の「働き方と価値」を、組織で可視化する
生成AIの活用が進むほど、「どれだけ時間をかけたか」ではなく「どんな価値を生んだか」が問われます。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」で、組織の生成AI活用の状況を把握し、次の打ち手を明確にできます。
▶ 前編:ソフトウェア工学とは?「作り方をつくる」学問と、生成AI時代に欠かせない「ゴール指向」
▶ インタビュー全文:生成AIの進化が暴く「人間の本質」(中編)
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