Search

キーワード検索

2026.09.28

ソフトウェア工学とは?生成AI時代のゴール指向|早稲田大学・鷲崎弘宜教授

早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 情報理工学科 教授

鷲崎 弘宜(わしざき ひろのり)氏

PROFILE

早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 情報理工学科 教授。1976年生まれ。早稲田大学理工学部情報学科卒業、同大学院理工学研究科情報科学専攻博士後期課程修了、博士(情報科学)。早稲田大学助手、国立情報学研究所助手・助教などを経て、2016年より早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。IEEE Computer Society(IEEE-CS)2025年会長、ISO/IEC JTC1 SC7/WG20 Convenor、情報処理学会ソフトウェア工学研究会主査、IoT/AI/DXリカレント教育プログラム「スマートエスイー(Smart SE)」事業責任者などを務める。著・編に『生成AIによるソフトウェア開発:設計からテスト、マネジメントまでをすべて変革するLLM活用の実践体系』。

ソフトウェア工学とは、高信頼で価値のあるソフトウェアシステムを、いかに効率よく生み出し続けられるかを研究する分野です。一言で言えば、「ソフトウェアの作り方をつくる」学問です。

生成AIやAIエージェントによって、ソフトウェア開発のあらゆる工程が自動化・加速されつつあります。では、エンジニアリングの知識はもう要らないのでしょうか。IEEE Computer Societyの2025年会長を務めた早稲田大学の鷲崎弘宜教授は、むしろ逆だと語ります。AIは常に正しいとは限らない。だからこそ、正しくエンジニアリングすることがますます重要になるのです。

本記事では、鷲崎教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、ソフトウェア工学の基本、生成AI時代にエンジニアリングが重要な理由、社会の目標から逆算する「ゴール指向」、AIシステムの品質保証、そして世界最大のコンピューティング学会での取り組みを解説します。

この記事でわかること

・ソフトウェア工学とは何か、「AI for SE」と「SE for AI」

・生成AI時代にこそ「正しいエンジニアリング」が必要な理由

・正しく作っても使われない「残念なソフトウェア」を防ぐゴール指向

・AIを組み込んだシステムの品質保証の最前線

・ソフトウェア工学がエキサイティングな理由と、IEEE-CS会長としての取り組み

ソフトウェア工学とは?――「作り方をつくる」学問

「言い換えれば、ソフトウェアの作り方をつくる。そういう研究領域になります。」

――鷲崎教授

鷲崎教授は現在、ソフトウェア工学とAIの境界を主な研究領域としています。その柱は、次の2つです。

研究の柱 内容
AI for SE 生成AIや機械学習を使って、ソフトウェア開発の効率化や高品質化を進める
SE for AI AIシステムもソフトウェアである。試行錯誤で作るだけでなく、AIシステムにこそきちんとソフトウェアエンジニアリングを適用する

AIシステムの開発は、データを集めて試行錯誤する実験的な進め方から入ることが多くなります。しかし、だからといってソフトウェアエンジニアリングをしなくてよいわけではありません。むしろAIシステムこそ、しっかりとエンジニアリングしなければならないと鷲崎教授は強調します。これらを支える人材育成や知識の体系化にも、学会活動などを通じて取り組んでいます。

生成AI時代にこそ「正しいエンジニアリング」が必要

鷲崎教授が著・編集を務めた『生成AIによるソフトウェア開発:設計からテスト、マネジメントまでをすべて変革するLLM活用の実践体系』は、要求定義から設計、運用までの全工程を網羅し、生成AIの力を適切に活用して高効率かつ高信頼な開発を進めるための実践体系です。本書で最も伝えたかったことを尋ねると、鷲崎教授はこう答えました。

「AIはその原理上、常に100%正しいとは限らず、しばしば誤った内容を出力します。」

――鷲崎教授

だからこそ、AIを活用するには、出力のどこが正しく、どこが誤っているのか、さらにはソフトウェアの正しい作り方と誤った作り方の違いを理解しておくことが欠かせません。生成AIやAIエージェントで開発のさまざまな活動を自動化・加速できる時代だからこそ、表面的な技術の流行に左右されない、ソフトウェアエンジニアリングの基礎が重要になるのです。

「正しく作る」だけでは足りない――ゴール指向

ソフトウェア開発で古くから言われてきたのが、「正しいものを正しく作る」ことです。これを表すのがV&Vという考え方です。

用語 意味 問い
ベリフィケーション(検証) 設計や実装が、定められた仕様どおりに正しく作られているかを確認する 正しく作ったか?
バリデーション(妥当性確認) でき上がったものが、実際の使用条件のもとで利用者のニーズを満たすかを確認する 正しいものを作ったか?

「ただ、ソフトウェアエンジニアリングの面白さと難しさというのは、正しく作られたものでも正しいとは限らないことです。」

――鷲崎教授

世の中には、仕様どおり正しく作られていても、誰にも使われない、何の価値も生み出さないソフトウェアがたくさんあります。例えばスマートフォンにも、ほとんど使われていない機能が数多く詰まっています。鷲崎教授はこうしたシステムを「残念なソフトウェアシステム」と呼びます。まして不確実性の高い今の時代には、何が正しいのかは当初あいまいにしか定義できず、時とともに変化もします。

そこで鷲崎教授の研究室が柱に掲げるのが、「ゴール指向(目標指向)」です。

  システムありきの開発 ゴール指向の開発
出発点 作るシステムや機能 社会や組織、業務の目標と「どう在りたいか」
進め方 仕様を決めて正しく作る 問題を的確に捉えて問いを立て、目標から根拠のある形で必要な機能や仕組みを導き出す
起こりがちな結果 正しく作ったのに使われない「残念なソフトウェア」 ビジネスや社会への価値と、機能や仕組みが整合したシステム

このシステムは、誰にとって、どんな価値を生むのか。それが業務やビジネス、組織、社会への影響とつながっているか――その整合を確かめることが、ゴール指向の核心です。

システムありきではなく、「目標」から設計する

AIやシステムの導入で成果を出すには、「何を作るか」の前に「何を実現したいのか」を明確にすることが出発点です。DEFiDEでは、AI/DXコンサルティングを通じて、業務や組織の目標の整理から、必要な仕組みの設計、小さな実証まで伴走します。

▶ AI/DXコンサルティングの無料相談はこちら

AIシステムの品質をどう保証するか

鷲崎教授の研究室では、AIを基盤としたシステムの品質保証について、企業と多くの共同研究を行っています。

テーマ 内容
AIシステムのセキュリティリスク分析 データを通じた攻撃や脆弱性、使い方、他のシステムとの接続などのリスクを分析する。その分析自体にも生成AIを活用し、脅威の知識の構造化・体系化やAIエージェントによる安全性の確保を進めている
機械学習モデルの調整(アライメント) 目標から逆算して必要なモデルの要求を細かく分け、満たしているかを可視化。モデルの重みを調整し、すでに満たしている要求を保ったまま、満たしていない要求にも対応させる

機械学習モデルの調整は、アイシンとの共同研究の成果でもあります。「そもそもの目標は何か」から、それを満たすために必要なモデルを考える――ここにも、ゴール指向が生きています。

ソフトウェア工学がエキサイティングな3つの理由

鷲崎教授は、ソフトウェア工学を「エキサイティングかつチャレンジングな領域」だと言います。その理由は3つあります。

理由 内容
① エンジニアリングであること 科学に裏付けられた原理・原則と、実証された経験則を組み合わせ、実践し続ける
② 学際的であること ソフトウェアを作る人、使う人、そしてビジネスや社会への影響まで、実践の範囲がソフトウェアの中に閉じていない
③ 社会の基盤を担うこと 農業も流通も、あらゆる産業がデジタル産業へ向かう。その基盤を担うのはソフトウェアであり、その作り方が社会の基盤の作り方になる

世界最大のコンピューティング学会の会長として

鷲崎教授は、80年の歴史を持つ世界最大のコンピューティング学会IEEE Computer Societyの2025年会長を、アジアから2人目として務めました。会長として掲げたのは、次の3つです。

  • 若手・学生の参画:未来は若手や学生にある。学生主体の活動や若手向けの活動に予算をつけ、学会に所属する価値を感じてもらう
  • 産業界の参画:AI関連のイノベーションの多くは産業界から生まれている。学術的な裏付けのある技術の実践など、学会だからこそできる産業界向けのイベントを進める
  • 新領域の開拓:AIや量子コンピューティング、さらにその先を切り開くコミュニティであり続ける

今後は、学生と産業界をつなぐキャリア支援など、これらの柱の連携を深めたいといいます。さらに、理論からハードウェア、ソフトウェア、通信、ビジネスへの応用まであらゆるレイヤーを扱う「フルスタック」の強みを生かし、AI分野でのリーダーシップを明確に打ち出していくことが大きな課題だと語ります。

原点は「自分でルールを作る」楽しさ

鷲崎教授がソフトウェアに興味を持ったのは、小学生のとき、父親に買ってもらったパソコンがきっかけでした。既成のゲームに飽き、プログラミングで自分のゲームを作れると知って、BASICから学び始めました。与えられたルールで遊ぶのではなく、自分でルールを作り、自分の世界を自由に組み立てられる。しかも、それを他の人と共有できる――その楽しさが原点です。やがて、ソフトウェアそのものより、それを効率よく作る「作り方」に興味を持つようになり、研究の道に進みました。

よくある質問(FAQ)

Q. ソフトウェア工学とは何ですか?

A. ソフトウェア工学(ソフトウェアエンジニアリング)とは、高信頼で価値のあるソフトウェアシステムを、いかに効率よく生み出し続けられるかを研究する分野です。鷲崎教授は、ソフトウェアそのものを作るのではなく、「ソフトウェアの作り方をつくる」研究領域だと説明しています。

Q. 「AI for SE」と「SE for AI」とは何ですか?

A. 「AI for SE」は、生成AIや機械学習を使ってソフトウェア開発を効率化・高品質化することです。「SE for AI」は、AIシステムもソフトウェアである以上、試行錯誤で作るだけでなく、きちんとソフトウェアエンジニアリングを適用して作ることです。鷲崎教授はこの二つを研究の両輪にしています。

Q. なぜ生成AI時代にソフトウェア工学が重要なのですか?

A. 生成AIはその原理上、常に正しいとは限らず、しばしば誤った内容を出力します。だからこそ、何が正しく何が誤っているのか、正しい作り方と誤った作り方の違いを理解しておくことが欠かせません。開発を自動化・加速できる時代だからこそ、正しくエンジニアリングすることがますます重要になると鷲崎教授は述べています。

Q. ゴール指向とは何ですか?

A. ゴール指向(目標指向)とは、システムを作ることありきではなく、社会や組織、業務の目標や「どう在りたいか」から逆算し、必要な機能や仕組みを根拠のある形で導き出す考え方です。正しく作られていても誰にも使われない「残念なソフトウェアシステム」を生まないための柱です。

Q. AIシステムの品質はどう保証するのですか?

A. 鷲崎教授の研究室では、AIを組み込んだシステムのセキュリティリスク分析や、機械学習モデルの調整(アライメント)に企業と取り組んでいます。例えば、目標や要求を細かく分けて満たしているかを可視化し、モデルの重みを調整することで、すでに満たしている要求を保ったまま、満たしていない要求にも対応させる技術を研究しています。

まとめ:生成AI時代こそ、「何のために、どう作るか」

  • ソフトウェア工学とは、高信頼で価値あるソフトウェアを効率よく生み出し続ける「作り方をつくる」学問
  • AIは常に正しいとは限らない。開発を加速できる時代だからこそ、正しいエンジニアリングが重要
  • 正しく作っても価値がなければ意味がない。社会や組織の目標から逆算するゴール指向が不可欠
  • AIシステムにもセキュリティ分析やモデル調整など、きちんとしたエンジニアリングが必要
  • ソフトウェア工学は、あらゆる産業のデジタル化を支える社会の基盤の作り方を担う

中編では、生成AIによってソフトウェア開発が「コード中心」から「意図中心」へ変わる中で、エンジニアの役割と教育、そして開発者の価値の評価がどう変わるのかを伺います。

AIに任せられる仕事はAIに。人は価値を生む仕事へ

DEFiDEの社内業務クラウド「SmartOps」は、AIエージェントやRAG、AI-OCRを活用し、社内手続きの確認や社内情報の検索、紙の書類のデータ化などの定型業務を効率化します。基本機能はずっと無料で、必要な機能だけを追加できます。

▶ SmartOpsの機能を見る(基本機能はずっと無料)

▶ 中編:生成AIでソフトウェア開発はどう変わる?「コード中心」から「意図中心」へ

▶ インタビュー全文:生成AIの進化が暴く「人間の本質」(前編)