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鮮やかに紅葉した並木道が、澄み渡る秋空の下で遥か彼方へと真っ直ぐに伸びる風景_メインビジュアル_sp

2026.07.15

AIで拓くスポーツとビジネスの未来――藤井慶輔准教授が語るデータ分析の最前線、人と技術が協調する意思決定の境界線(前編)

 スポーツにおける「戦術の巧みさ」を数値化する研究に取り組む、名古屋大学大学院の藤井慶輔准教授へのインタビューである。藤井氏は、新著『AI時代のスポーツアナリティクス』の執筆背景を交えながら、データ不足や人材難といったスポーツ界の構造的課題を指摘する。さらに、AIを用いた「反実仮想」によるプレイ評価の仕組みや、その知見をビジネスの技術伝承や人事評価へ応用するヒントを提示する。AIに全ての判断を委ねるのではなく、AI活用においても人間の判断を介在させる「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の重要性を示す。過大評価も悲観もせず、AIを自らの成長の道具として前向きに捉えるべきだと、次世代へのメッセージを投げかける。前編では、藤井先生の研究分野や新著の執筆意図などを語ってもらった。

 名古屋大学大学院情報学研究科  准教授

 藤井 慶輔  氏

PROFILE

 2014年京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号を取得。その後、名古屋大学総合保健体育科学センター日本学術振興会特別研究員(PD)理化学研究所革新知能統合研究センター研究員などを経て、2021年から現職。2020年から2024年まで国立研究開発法人科学技術振興機構さきがけ研究者2026年より、株式会社サイバーエージェント Sports AI Tech Lab, Founding Lead(クロスアポイントメント)。機械学習とスポーツアナリティクスの融合などに関する研究を行う。著書に『AI時代のスポーツアナリティクス』(東京大学出版会)などがある。

 

 

 

【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】

 

AIやデータサイエンスの基礎知識を持ち、スポーツ科学との融合分野に挑戦したいと考える学生や若手研究者

② スポーツアナリティクスの思考プロセスやシミュレーション手法を自社の課題解決に応用したい企業経営者・ビジネスパーソン 

「他社がやるから」という盲信を捨て、AIの出力の不確実性や限界を見極めたい意思決定者  

 

 

【前編のエッセンス】

 

藤井慶輔氏は、人の運動をデータ解析するスポーツ科学分野から出発し、AI・機械学習の発展を機に研究領域を広げてきた。現在は、映像やビッグデータを活用し、スポーツにおける戦術やプレイの価値を数値化する研究に取り組んでいる。背景には、指導現場で経験や主観に頼りがちな分析を、より客観的・定量的なものへ変えたいという問題意識がある。著書『AI時代のスポーツアナリティクス』では、スポーツ研究者とAI研究者の橋渡しを目指し、AIによるデータ取得・分析・予測・提案の可能性を紹介。将来的には、AIを現場で自然に活用できる環境づくりを目指している。 

 

 

【前編のキーメッセージ】

 

キーメッセージ① 

スポーツ指導を経験や勘だけに頼るのではなく、AIとデータによって客観的・科学的に支える時代が到来している。 

 

キーメッセージ② 

スポーツ分野とAI分野の接点を広げ、双方の研究者や実務者が協働できる環境づくりが重要になる。 

 

キーメッセージ 

AIは万能ではない。できること・できないことを理解した上で活用することが、現場導入への第一歩となる。 

01

ポスドク時代までのスポーツ科学から機械学習へ

夕暮れの穏やかな海に浮かぶ謎めいた巨岩エス・ベドラ島と、白い航跡を残して走る1隻のボート

―藤井先生のご専門分野を教えていただけますか。

 

私は、研究対象としてはチームスポーツのような対人相互作用を行う人間の運動を一貫して扱ってきたのですが、ずっと同じ分野の方法論で研究を続けてきたわけではありません。元々はAI分野ではなく、人間の運動を物理学的、生理学的、心理学的な観点からデータで解析する方法論にて博士号を取り、ポストドクター(博士研究員、通称:ポスドク)まではそのような方法論で研究を行っていました。例えばモーションキャプチャー(人や物体の動きをデジタルデータとして記録・再現する技術)と呼ばれる、反射マーカー(入射角に関わらず光を光源の方向へ正確に反射する性質を持つ素材)を体に付けて精密に測定して、得られたデータで解析するという、スポーツ科学的な方法論を用いて研究を行っていました。

 

その後、AIが発達してきて、従来の方法論では計測も分析もAIの役割が非常に大きくなるだろうと思い、ちょうど十年前にAIの中心的な分野である機械学習の分野にシフトすることを考えました。

 

折しも、そのタイミングに理化学研究所(最先端の科学技術をリードする自然科学の総合研究所)に機械学習の研究を推進する革新知能統合研究センター (AIP:世界最先端のAI研究者を結集する拠点)ができました。私自身、そこで2年間研究員として勤めることができ、この分野を学ぶことで、自らの研究対象に合った方法論が見えてきたという、そういう経緯になります。

 

その後は、名古屋大学に着任して今に至るという感じなのですが、学生と研究していく中で、色々なチャレンジがありました。具体的には、サッカーやバスケットボールのトップレベルのデータがあるものの、データがないスポーツが多いことに気づきました。そうなると映像からデータを生成するしかありません。

 

一方、サッカーのワールドカップのように、資金が集まる大会やスポーツはデータがあるので、そのビッグデータを使ってAIにより解析することもできました。現在も、そういった両方向で研究しているという状況です。

 

―色々とピボットがあったわけですね。藤井先生は、「スポーツ戦術の巧みさ」を数値で伝える技術の開発に取り組まれているとお聞きしています。そもそもスポーツを研究対象とされたきっかけは、ご自身がプレイヤーやコーチの経験をお持ちであったからなのか、ないしはプレイヤー時代にコーチがあまりにも主観的な指示をしてばかりいたのが納得できず、「もっと科学的な指導があったら良かったな」という思いもあったからなのか、教えていただけますか。

 

大学までのバスケットボールのプレイヤーの時は、状況的に数値を使うことは不可能であり、仕方ないと思っていたので、そこに対して反発することはほとんどありませんでした。どちらかというと、大学院の時にコーチをしていた時の経験の方が、原体験として大きな影響がありました。

 

「どう伝えたら良いか」と考えた時に、とにかく大量の映像を自分で見て重要な場面を絞り、選手に見せて主観で伝えるということをやっていました。今でも多くの現場はそういうスタイルが多いと思います。そこをもう少しうまくできないかとは考えていました。単純に作業時間の削減もそうですし、「もう少し効果的に伝えることができないか」「客観的に、あるいは定量的に伝えることができないか」というのが、研究のきっかけではあります。

 

同時にその研究分野を見渡したときに、「まだまだやることがありそうだ」とも感じました。カメラやAIの性能など、今では大きく進歩しましたが、トップレベルを除き、多くの現場では変わらず映像だけから判断しているところもあるかと思います。それでも、もう少し効率的、効果的にできないかということで研究に取り組んでいます。

 

―藤井先生は、京都大学の大学院時代に京都大学の学生相手にコーチをされていらしたのですね。

 

はい、そうです。バスケットボール部でした。

 

―ということは、学生も論理的な指導でないと納得してくれない方々ばかりだったのではないですか。

 

そうだったと思います。実際に論理的な指導ができていたかと聞かれると、なかなか難しかったと思います。

02

新著『AI時代のスポーツアナリティクス』の執筆背景と構造的課題

―そうですよね。科学的な根拠に基づいていたら、学生も腹落ちしやすいです。もちろん、時には精神論も必要なのかもしれませんが。良い意味で気合を注入するというか。まあバランスが難しいところです。ところで、藤井先生の著書『AI時代のスポーツアナリティクス』(東京大学出版会)が、2026年5月に出版されました。反響はいかがですか。

 

私の耳に届く範囲でしか反響はないのですが、インターネットを通じて、あるいはリアルでお会いした方も買っていただき、「面白い」と言っていただくのを耳にしています。とてもありがたいことです。

 

―こちらを執筆された意図をお聞かせください。

 

スポーツ分野の研究者はかなり多いです。体育系の大学はもちろん、そうでない大学にも体育の授業などは行われますので、結構な数の研究者がいます。その一方で、ご存知の通りAIの研究もすごく盛んに行われていて、そちらの先生方も沢山おられます。ただし、ここの接点があまりなく、原理的にも相性が悪いと言えます。

 

というのは、結局人間が上手く運動するとはという問いにおいて、数値で表現することが難しいために、感覚的に行われていることが多いという問題があるからです。さらに、集団スポーツになるとプレイヤーの人数が多くなり、三体問題(3つの質点が互いの重力によって運動する際の軌道を予測する問題)ではないですが、原理を理解しようとすると、さらに難しくなってきます。

 

そういう技術的な難しさがあるのに加えて、データにアクセスできないという問題もあります。AI研究が発展してきた背景の一面には、データやコードに誰でもアクセスできることで、誰でも研究に参加でき、どんどん発展していくというプロセスがありました。スポーツでは、それが技術的にも状況的にもなかなかできないといった、構造的な課題もありました。

 

そのため、スポーツ系の研究者がもっとAIを使えるようになってほしいですし、AIの研究者がもっとスポーツ分野に参入してほしいという両方の意図が本書の執筆の動機としてありました。学生にはスポーツアナリティクスはそれなりに人気があるのですが、まだまだ参入障壁が高いので、そこを低くするような役割を果たすという、そういった気持ちで著書を執筆しました。

 

一方で、現場の人にも読んでいただき、AIを使ったらこんなこともできることを知っていただきたいとも考えました。最終的には現場に届けたいのですが、現状ではまだ手前の段階だと思います。まずは、AIを使う人をどんどん増やしていき、そして現場で当たり前のように使われるようにならないといけません。そういうステップが必要なのかなと思っています。

03

データがゲームの構造を変える

黄金色に輝く夕日を浴びながら、広大な丘陵地帯に整然と立ち並ぶ白い風力発電の風車

―同著の概要、全体像もご説明いただけますか。

 

まず、元々スポーツアナリティクス(スポーツのデータ分析)は、野球など米国で分析しやすいスポーツから、どんどんデータを取り入れることで、これまで感覚的に信じられていたことが、「そうではなかった」と気づかせるところからスタートしたと言えると思います。

 

例えば、野球の例でいうと、まず出塁率みたいに従来はあまり注目されていなかった指標が実は重要で、それを重要視すると少ない予算で勝てるチームができるということが、マネーボール(メジャーリーグの弱小球団オークランド・アスレチックスを舞台に、GMビリー・ビーンが統計学的手法「セイバーメトリクス」で低予算ながら勝てるチーム作りに挑む姿を描く実話ドラマ)で描かれました。

 

バスケットボールでもその後、「スリーポイントシュート(スリーポイントラインで区画されたスリーポイントエリア内で放たれたショット)を打つ方が、得点効率が良い」という、いわゆるスリーポイント革命が起きました。

 

そういったデータに基づく意思決定がゲームの構造を変えてしまうということが、幾つかのスポーツで次々と起きてきたわけです。そうした背景に基づいています。ただ、それらはスタッツと呼ばれる結果の統計的な分析であり、実はまだ動きの領域には入っていません。最近だと様々なスポーツで、選手の位置や姿勢のデータなど結構細かい計測ができつつありますが、そのポテンシャルを最大限には活用できていません。

 

そのため、今後動きの領域に入ってきた際のデータ分析が、使われ始めるだろうということを著書では紹介しています。そのAIというのは、大まかにはデータを取る部分とデータを使う部分、さらに言えば使う部分の中にも、予測する、評価する、提案するという要素があります。それらを、AIを使うことで初めてできるようになるというのは、こういうことですというのを二章、三章、四章で紹介しています。

 

五章では、実際にPythonというプログラミング言語で、URLにアクセスしてもらえれば、誰でも無料でプログラミングが試せるような形で提供しています。六章はそれが、将来的にどんどん発展していけば、こういう姿になりますという将来的な構想を述べているような構成になっています。

04

スポーツデータサイエンティストの可能性とは

―著書の目次を拝見すると、四章には専門的な用語も出てきたりします。こちらの著書はどんな方に読んでもらいたいのか、そして想定される読者に何を理解してほしいのか、改めてご紹介いただけますか。

 

繰り返しになりますが、このスポーツアナリティクスの分野は、研究者がほとんどいません。それを専門にする人が少ないという状況なので、まずは学部4年生や大学院生、大学の研究者など、研究として興味があるような人たちから手に取っていただきたいです。

 

AIは魔法ではありません。原理がわからないと、何でもできそうなふうに思われるかもしれませんが、できることとできないことと、今後できるだろうということを理解してもらうためには、中身をある程度理解してもらう必要があります。

 

現状では、こういう研究があって、こういうところはまだできていないと理解してもらいたいというのがメインターゲットの人たちに学んでほしいことになります。一方で、現場でも最近はデータを扱い、勉強熱心な方がいます。そういう方たちにも読んでいただきたいですし、私が直接お話しするような方は共感してくださることが多いです。

 

あとは、日本だとあまりまだ重要性が浸透していないのですが、サッカーだとヨーロッパ、野球だと米国とか、そういったところで色々なデータが使われ始めています。現場でデータを使う話と、研究レベルでできている話をどうつなげていくかというような話も意図的に含めるようにしています。

 

―同著は、「AIを活用したスポーツデータ分析で何を目指すか」を出発点にされています。藤井先生はどこを目指されたのでしょうか。

 

私がそこで伝えたかったことは、ユーザーによって欲しいものが違うということです。例えばファン向けの放送映像に載せる情報としては、あまり細かい話をしても良い体験にはならない可能性があります。様々な背景知識の層のファンがいるからです。そのような場合は誰にでもわかるような話を求められる一方で、そのチームの分析官であれば、チームとして知りたいことがあります。

 

例えば、FIFA(国際サッカー連盟)が出してくれるレポートは結構細かいですが、標準的なものなので、どのチームにも重要な指標が載っています。それぞれのチームの特徴を表すようなものですが、それぞれのチームにとって、必要な分析には異なる観点があるわけです。何を目指すかというのはチームによって異なってきます。

 

誰が分析するのかでも観点は異なってきます。今のトップレベルのチームはとても役割が細分化されています。戦略・戦術的なところで言うと、監督やコーチという名称の役割があり、チームの戦略・戦術を決めて選手に伝えて実行してもらうという役割もある一方で、ストレングス&コンディショニング(筋力や持久力、柔軟性、スピードなどを総合的に高め、アスリートや一般人のパフォーマンス向上と怪我予防を目的としたトレーニング体系)の方々は、日々のトレーニングの計画を立てたり、あるいは試合や練習の負荷をチェックする役割を果たす必要があります。

 

他にも、詳しくは本書に書いていますが、アスレティックトレーナーや、チームドクター、ビデオアナリストのような仕事が日本でもトップのレベルでは当たり前になっています。そういった形で色々な役割があるのですが、そうして得られたデータを生のまま扱って、そのチームに合った課題を見つけたり、「こうしたら良いですよ」と提案したり、これはいわゆる科学的なプロセスが必要なのですが、それができる、いわゆるデータアナリスト、あるいはデータサイエンティストのような仕事はまだまだ日本には浸透していないというようなことも触れています。