奈良先端科学技術大学院大学 数理情報学研究室 教授
池田 和司氏
PROFILE
1994年東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻博士課程修了、博士(工学)。同年、金沢大学工学部電気・情報工学科助手、1998年京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻講師、助教授を経て2008年奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報生命科学専攻教授に就任、現在にいたる。数理生命科学を中心に、機械学習や信号処理に関連した理論モデルの数理的解析を研究している。
【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】
①AIやデータサイエンスの本質を理論と実務の両面から理解したい学生・社会人
②産学連携や異分野融合による研究・事業開発に関心を持つ研究者・企業担当者
③AI時代に必要なスキルやキャリアの考え方を模索している若手人材
【前編のエッセンス】
静岡で生まれ育ち、サッカー文化に囲まれつつ理数の道を選んだ池田氏。東京大学で数理工学を学び、方法論で課題を解く研究者となった。特定分野に縛られず、依頼や社会課題に応じて研究領域を拡張し続け、生命科学からスポーツ、介護支援まで幅広く関与している。研究は「役に立つこと」を軸とし、予算や共同研究を契機に展開する実践志向が特徴である。NAISTでは境界領域と産学連携の中核として、多分野横断型の問題解決に取り組んでいる。
【前編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
数理工学は対象ではなく方法で課題を解く学問である。
キーメッセージ②
研究は依頼と社会課題から広がる実践志向である。
キーメッセージ③
役に立つことを重視し境界領域で価値を生む姿勢である。
01
サッカーの名選手を輩出する静岡での理数系少年時代
―池田先生は、静岡県のご出身。サッカーのレジェンドたちとご縁があったご様子ですね。
もともと静岡市内の生まれです。駿府城の内堀と外堀の間にある市立青葉小学校と城内中学校を卒業したのですが、実は、中学校の同窓生に三浦知良選手がいます。なので、彼が高校1年の8月に静岡学園高校を中退してブラジルに行ったと新聞で読んだ時には驚きましたね。「本当に大丈夫なのか」と思ったのですが、すごく華々しくデビューして帰ってきて、「本当に良かった」と思いました。ただ、同じクラスになったことはないので、別に親しいというほどの間柄ではありません。それでも、一応は注目していましたね。
私自身、高校は清水東に進学しました。サッカーファンなら誰もが知る強豪校です。しかし、私が清水東に行ったのはサッカーではありません。入ったのも理数科でした。
旧・清水市は静岡市のすぐ隣にあって、人口は静岡市の3分の1ぐらいしかいませんでした。静岡高校と清水東高校で1学年320人ずつ生徒を迎え入れると、どうしても清水東の方がレベルの低下が顕著になります。そこで、理数科を一クラスだけ作ったわけです。理数科だと学区制がないので、旧・清水市内から3分の1を採ってきて、あとは僕のような静岡市や、あるいはもっと西部の人や東部の人を集めてきて、1クラスを作り、3年間詰め込み教育をしていました。そうすると、3分の1ぐらいが東大に進み、3分の1ぐらいは国公立大学の医学部に行くみたいな、そういうコースでした。
「清水東の理数科に行かないか」と勧めてくれたのは、中学の担任でした。その頃、実家が静岡市と旧・清水市の境界あたりに引っ越したので、「距離もあまり変わらないよね」と言って。それで清水東に行くことにしたのです。行ってみたら、実はサッカーの名門校だと後で初めて知りました。それこそ、「清水東三羽烏ガラス」(FW長谷川健太さん、MF大榎克己さん、DF堀池巧さん)が一学年上にいて、一学年下には武田修宏さんがいました。
残念ながら、僕の学年には超有名選手は誰もいなかったのですが、高校一年の時には正月の高校サッカー選手権で全国優勝をして、二年の時にも準優勝をさせてもらいました。ちなみに、三年生の時は県大会で負けてしまったのです。実はその年の静岡代表は藤枝東高校で、そのキャプテンはゴンこと中山雅史さんでした。彼はいとこの同級生だったのです。という感じで、意外とサッカーは身近だったので、清水エスパルスができた時からずっと応援してきました。
―清水東高校から東京大学に進学されました。大学では何を研究されたのですか。
ニューラルネットワーク(人間の脳の神経細胞の働きを模倣した機械学習モデルで、データから学習して予測や分類を行う技術)や機械学習などの理論です。もともと、生体情報系に興味を持っていたのが理由です。しかも、私が学生であった1980年代から1990年代初頭は折しも第2次ニューロブームでしたからね。
02
数理工学という「方法論」でさまざまな課題解決に挑む
―池田先生の専門分野を教えていただけますか。
もともと僕の場合、大学で学んだのが数理工学(数学や物理を用いて工学的現象を数理モデルとして捉え、理論的に解析・設計・最適化する学問分野)という分野でした。工学というと機械とか電気とか原子力とか、先に対象があります。しかし、数理工学は別に数学を研究するのではなくて、逆に「方法論の工学」なのです。ですから、特定の分野は対象とせずに、世の中のさまざまな課題の本質を捉えて方法論を作り、それを使って問題を解決していく。そういう学問分野です。
それだけに、数理工学は応用先が沢山あります。だから、何でもかんでも知っておかなければいけません。例えば、「材料力学から量子力学、半導体、電気回路、電子回路まで全部習得しておきなさい」みたいな感じでしたね。
実は東大の工学部の中で、必修科目が一番多いのが私の受けた数理工学コースです。「浅くても良いから広い知識をつけておきなさい」、そういう考え方でカリキュラムが組まれていて、その時に身につけた知識とかが今でも生きています。
―池田先生の研究キーワードは、生体医工学(医学に工学技術を取り入れ、生命現象を解き明らかにするとともに、診断や治療に有効な手段を提供する学問分野)やバイオインフォマティクス(生物学/biologyと情報科学/informaticsを融合した学問)、マテリアルズ・インフォマティクス(AIや情報科学を活かして材料開発を効率化・加速するデータ駆動型のアプローチ)をはじめ非常に多岐に及びます。リサーチマップ(日本の研究者情報を検索するためのプラットフォーム)には研究キーワードが44も挙がっています。以前の取材記事でも、「何にでも首をつっこむ感じです」と語っておられますね。
そうですか。44個もありましたか。「研究しよう」というよりは、「まあ面白そうだったら何でもやってみよう」という感じです。ありがたいことに、「依頼すれば問題を解決してくれる」みたいな評判ができたおかげで、共同研究という形で、ある先生が「データ解析で困っているのであれば、NAISTの池田さんに声をかけてみたら」と僕を紹介してくださり、それでどんどん分野が広がっていったという感じですね。
もともと幅広い分野に興味を持っていました。なので、小中学校の頃もよく図書館に行って本を読んでいましたね。小学校の先生と同窓会の時に会った時に、「池田君って図書館にある本を全部読んだよね」と言われたくらいです。確かにブルーバックスや新書はほとんど読んでいましたね。ただ、基本的には理数系・理工系の話に興味があったので、文学とかは全然興味なかったです。本も読んでいません。それでも、SFや推理小説は好きだったので、ある程度は読んでいました。そこで一応雑学が増えたので、実はテレビの人気クイズ番組にも出演したことがあります。
―そうだったのですか。結果はいかがでしたか。
あれは、知識だけではなくて早押しスキルも求められます。そのためのテクニックが必要でしたね。本番はボロボロでした。もう30年ぐらい前の懐かしい話です。
―ちなみに、池田先生の研究キーワードが44という数にも驚きますが、NAISTでは3つのセンターに在籍されていらっしゃるのですね。
そうですね。データ駆動型サイエンス創造センター、デジタルグリーンイノベーションセンター、メディルクス研究センターの教授を兼任しています。本学には情報、バイオ、物質など3つの領域がありますが、「境界領域(異なる領域や分野の接点に位置する中間的な領域)もやりましょう」となると、大体僕は絡んでいることが多いので自ずと在籍するセンターも多くなります。
多分本学の中で研究室を跨いだ共著論文は一番多いと思います。バイオの研究室とも2つ、3つと一緒にやっています。物質の先生とも2人くらい一緒にやっていますし、これまでも論文を出しています。なので、センターを作る時には、「入ってください」みたいな感じになりがちです。ちなみに、学外では国際電気通信基礎研究所の客員研究員も務めています。ここは、科学技術イノベーションと地方創生への貢献を目指す組織です。
03
依頼から広がる異分野融合研究の最前線
―最近特に着目されているのはどのあたりなのでしょうか。生命現象の解明ですか、数理工学を用いたスポーツの研究、あるいは排便予測ですか。
そうですね、共同研究者もいるのでどれが大事とは言いにくいですね。とにかく、自分でやれそうなことは全部やるようにしています。後は、研究資金が出るものから優先的に取り組んでいるという感じですかね。
例えば、排便予測は「お腹が緩くて困っているので、こういう装置を作ってほしい」という依頼を受けたのがきっかけです。実は、これは介護現場ではかなり課題となっています。排便予測ができると介護者も対応しやすくなりますから。「何とかできそうだ」と思い、スタートした研究です。目的は、腸音により排便を予測するシステムを開発することにより、介護者の負担を減らすとともに被介護者のQOL(クォリティ・オブ・ライフ)を向上させることです。これまでは日本学術振興会をはじめとして、色々な予算がついたので続けてこられたのですが、今は途切れてしまった上に、主導していた学生が卒業してしまったので休止状態です。
一方、スポーツは頑張っています。今は「ボクシングを一生懸命やりましょう」という話がありまして、JBC(一般財団法人日本ボクシングコミッション)とその医療担当をされている奈良県立医科大学付属病院の笠原正登教授から「入手したJBC公認試合記録を基にボクシング競技で発生する死亡事故をどうしたら防げるかという観点から、データ解析をしてほしい」という依頼を受けたので、それに取り組んでいこうとしているところです。具体的には、有害事象のリスクに関する因子の同定、有害事象に繋がりやすい状況の把握、安全基準の策定、有害事象発生時の試合画像データの解析、有害事象の誘因、さらには医学的な水分補給に関する提言も探索していく予定です。ボクシングにおける死亡事故をなくすというのは喫緊の課題なので、ぜひ力を入れてやりたいと思っています。それが、今の一番の大事なテーマの一つですね。
参考:https://jbc.or.jp/wp_jbc/wp-content/uploads/2026/04/260424press-1.pdf
―スポーツ研究では、他にもアメリカンフットボール戦略推定や車椅子バスケットボール流れの変化、サッカープレイの評価研究などにも取り組まれました。
そうなのですが、自分からやろうと音頭を取ったものは一つもありません。配属された学生や研究会で知り合った方から、「今こういう問題を抱えているのだけれど、何かできませんか」みたいな相談を持ちかけていただくケースがほとんどです。
例えば、アメリカンフットボール戦略推定について言えば、立命館大学のアメリカンフットボール部出身の学生が、「ライバルの関西学院大学にどうしても勝ちたい」「そのために戦略分析をしたい」と言って僕の研究室に入ってきました。戦略推定には、得点の状況や残り試合時間、選手の疲労度などさまざまな要素が絡んできます。「データは立命館大学からもらってくるので一緒に解析しましょう」みたいな感じでやりましたね。
―生命現象の解明に向けては、どう取り組んでおられますか。
そうですね。これは、バイオ系の先生方やニューロサイエンスの先生方が色々なデータをお持ちです。我々としても、この春まで同じ研究室に所属されていた助教の日永田知絵先生(現・電気通信大学大学院情報理工学研究科准教授、NAIST客員准教授)が情動の数理モデルの研究をしていました。「そもそもなぜ人間は感情を持っているのか」、あるいは「なぜ感情を表現するのか」「そもそも情動にはどういう意味があるのか」みたいなことを考える、あるいは脳の部位で捉え、時には本当に計算神経科学の世界で「脳が何をやったら我々が思考するのか」とか、そういうのも考えてみたいと言っていたのです。
しかし、大体こういうのは自分でデータを取るのはそんなにはしません。これも予算次第というところもあったりします。この間まで取り組んでいたムーンショット型研究開発制度(日本発の破壊的イノベーションを目指す、従来技術の延長にない大胆な挑戦的研究開発)では、「自己効力感(特定の課題や目標を達成できると自分自身で信じる認知的な確信のこと)を高めるようなアシストロボット(人間の動作を補助し、作業や生活の負担を軽減する装着型ロボット)を作りたい」というプロジェクトがありました。そもそも、「自己効力感って何なのか」「どうやったらそれを上げられるか」みたいな、「認知科学(情報処理という観点から、生体、特に人の知の働きや性質を理解する学問)的な部分とロボティクス部分を融合したような研究をしてくれるなら予算を付けます」と言われたのでやってみた。そんな感じです。
―やはり、研究も予算ありきということなのですね。
僕自身は、結構予算ありきですね。多くの研究者は、ライフワークみたいなものがあって、「これを頑張って解明します」みたいなテーマを持っていたりします。あるいは、お医者さんでしたら、「この病気を克服します」とか。僕は数理工学の人なのでそんなのは全くありません。「自分が何かの役に立てれば良いのでは」というか…。「そういう頑張っている皆さんの目標達成のお手伝いができればそれで良いよね」、そんなスタンスなのです。
実際、東大の進学振り分けで学科を選ぶのが結構有名だと思いますが、進路の時にも数理工学の先生が「数理工学はどこにでもある」「だからどこに行っても潰しが効く」「ただし、どこへ行ってもメジャーにはなれないよ」と言っていました。その開き直りが非常に面白くて、僕は数理工学に来ました。そんな経緯もありまして、どちらかというと「問題解決の専門家」というか、参謀タイプになる感じですかね。
04
NAISTにおける産学連携と研究環境の強み
―ところで、池田先生が在籍されるNAISTはどんな特徴を持つ大学なのですか。
大前提として、本学と石川県能美市にある北陸先端科学技術大学院大学(以下、JAIST)はツインで、同じ時期にできています。正確には、1990年に開学しました。いずれも、その最大の特徴は大学院しかない大学院大学であることです。国立としては、それまで全くなかった形態でした。
当時の日本は、まさにバブルの頃でした。それに対して、米国は双子の赤字(Twin deficits)といって、「財政赤字と貿易赤字がひどいのは日本のせいだ」と言い出していました。というのも、米国の税金で研究をして、日本はその成果だけを使って製品を作り、米国に売りつけている。「これは、ひどい話ではないか」。そういう理屈でした。
その時の日本はバブルで浮かれていたので、「はい、わかりました。それでは、日本も研究を頑張りますよ」と言って、大学院の重点化、いわゆる旧帝大と一橋大学、旧・東京工業大学(現・東京科学大学)の大学院重点化をするとともに、「大学院大学」を作ると宣言し、本学とJAISTを開学したという経緯があります。バブルの頃だったので、予算もかなり潤沢で、非常に素晴らしい研究設備を誇っています。例えば、本学で言えば「曼荼羅システム」と呼ばれる全学情報環境が整備されていて、先端的な教育研究活動を支えています。
昨今は、研究予算も運営費交付金(国立大学が日常的に運営していくためのベーシックな資金)も減っているとはいっても、本学の場合は初期値(特定のシステムや状況において最初に設定される値)が大きいので、その分だけ他よりはかなり恵まれていると言えます。また、学部がないので教育負担が非常に小さくて、研究に専念できる環境があるというのも非常に特徴的だと思います。
さらには、本来の目的が産学連携の推進になるので、産学連携や境界領域などにも積極的に取り組んでいます。僕も色々な分野に興味があるので、ここにいるとさまざまなお声掛けをいただけます。自ずと多岐にわたる研究を始めることができました。実は、僕が本学に移ってきたのは、2008年です。それまでは京都大学大学院で講師や助教授を務めていたのですが、本当に機械学習の理論みたいなことしかやっていなかったですね。
ちなみに、韓国には「KAIST」(カイスト)と呼ばれる国立の高等教育機関があります。正式名称は、韓国科学技術院。英語で表記すると、Korea Advanced Institute of Science and Technology。韓国が「国を挙げてすごいものを作るぞ」と言っていただけあって、国内では理工系トップの大学院です。
NAISTとJAISTは、どちらかというとそれを真似て作った感じですね。KAISTがどれだけすごいかというと、KAISTの大学院に入ると兵役が免除になります。この兵役免除は韓国人にとっては重大事です。例えば、オリンピックに出て兵役免除になろうと思ったら、メダルを取らないといけません。4位ではダメなのです。それがKAISTに入学するだけで免除になるわけです。それくらいKAISTに入ることは韓国人にとってはすごいことなのです。
僕が仲良くしている韓国人の友達もKAISTに進んで兵役免除をもらいました。それですごく優秀な研究者が集まって、予算も潤沢にしてかなり運営が上手くいったのを横で見ていたこともあって、KAISTの真似をしてNAISTやJAISTを作ろうということになったと聞いています。
―NAISTは、産学連携を重視されています。池田先生は、どんな事例がございますか。
詳細は言えませんが、僕が本学に来た時からやったのは、NECや NTTコミュニケーション科学研究所など連携講座関係の企業との共同研究です。他には、デンソー、コニカミノルタ、最近だとサントリーとニデックなど。この辺りは、折しも共同研究を終えたところになるので、今やっているという意味ではトヨタ自動車がメインですかね。もともとは、京都大学が中心となってトヨタ自動車 未来創生センターが連携して、「モビリティ基盤数理研究ユニット」(現在は、「モビリティ基盤数理研究ラボ」に名称変更)の活動を推進していたのですが、そこに本学も参画しています。