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強い風に吹かれて枝が大きく傾いた一本の木と、その傍らのベンチに座り対話を楽しむ二人_メインビジュアル_sp

2026.05.11

「方法論の工学」で世界の課題を解く――数理工学者・池田和司氏が語るAI時代の研究、教育、そして人間の価値(後編)

 数理工学という「方法論」を武器に、分野横断で社会課題を解決する奈良先端科学技術大学院大学(以下、NAIST)教授の池田和司氏。本インタビューでは、静岡での原体験から東京大学での学び、そしてNAISTにおける産学連携と教育改革まで、その歩みを辿る。池田氏の研究は特定領域に閉じず、依頼や現実の課題に応じて広がる実践志向である。さらに、機械学習や生成AIの本質、AI時代に求められる能力、日本企業の課題にも踏み込む。技術が急速に進化する中で、人間に求められる役割とは何か。「問題解決屋」としての視点から、その本質を問い直す内容である。後編では、AI時代に不可欠な能力やスポーツにおけるデータ活用の可能性などについて弊社代表の山本が聞いた。 

奈良先端科学技術大学院大学 数理情報学研究室 教授

池田 和司氏

PROFILE

1994年東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻博士課程修了、博士(工学)。同年、金沢大学工学部電気・情報工学科助手、1998年京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻講師、助教授を経て2008年奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報生命科学専攻教授に就任、現在にいたる。数理生命科学を中心に、機械学習や信号処理に関連した理論モデルの数理的解析を研究している。 

 

 

 

【後編のエッセンス】

 

池田氏は、AI時代において最も重要なのは英語を基盤としたコミュニケーション能力であり、技術そのものは代替可能である一方、意思伝達力は不可欠であると説く。理系・文系の差よりも対話姿勢の有無が本質であり、非言語も含めた人間的なやり取りが価値を持つと発言。研究者としては特定分野に固執せず、社会の要請に応じて関与する「問題解決屋」の立場を貫く。スポーツやロボットの分野ではデータ活用の可能性を認めつつも限界やコストの壁を指摘し、人とAI・ロボットの関係は補助的かつ現実的に捉えるべきであると語る。 

 

 

【後編のキーメッセージ】

 

キーメッセージ① 

AI時代に最も重要なのは英語を軸としたコミュニケーション能力であり、技術より普遍性が高い。 

 

キーメッセージ② 

人間の価値は対話姿勢と非言語を含む伝達力にあり、理系・文系の差は本質ではない。 

 

キーメッセージ 

AIやロボットは有用だが限界も大きく、人間中心の現実的な活用が求められる。 

 

01

AI時代に不可欠な英語力とコミュニケーション能力

明るい室内で観葉植物を背景に、ノートパソコンを囲んで楽しそうに打ち合わせをする二人の女性

―次に若者に対してメッセージをいただきたいです。AI 時代、AI と共に生きていかないといけない時代に向けて、池田先生が今の若い人たちに最も身につけてほしい能力は何だと思いますか。 

英語です。正直、AI は使っていればすぐに学べるし、どんどん新しいものが出てくるので、何かのスペシャリストになっても、次の技術やツールが出て来たらいきなり使い物にならなくなったりします。それは、その程度のリテラシーがあるのが前提とすると、大事なのはやはりコミュニケーション能力だと思います。 

―確かに、コミュニケーション能力は大切だと思います。 

その時に言語の壁は大きくて、日本人は1億3千万人ですけれども、世界の人口から見たらほんの数パーセントに過ぎません。やはり、英語が話せるとコミュニケーションの世界が一気に広がります。「翻訳機があるから要らないのではないか」という声もありますが、やはり翻訳機がやっていることではダメなのです。  

本学でも、例えば研究発表では英語を課しています。自分で発表するよりは、スクリプトを書いて、それを AI に読ませる方が発音は綺麗です。しかし、「どのキーワードが大事なのか」「この部分が大事だ」とか、そういう抑揚が入らないのですよね。AI にはわからないからです。だから、書いている本人が自分の言葉で喋らないといけません。そういうコミュニケーション能力をつけるには、まずは英語です。 

なので、本学では授業を全面英語化にしています。私の研究室はそれよりも前に公用語を100%英語にしています。留学生もできるだけ色々な国から採るようにしています。今はもう4割ぐらいは留学生が占めるほどです。その国際性ですね。   

あともう一つは、今後日本はもうシュリンクしていくのが見えています。今のこの低い生産性が上がる見込みは全くありません。優秀な人材が海外に活躍の場を求めるとなったその時に、言語が壁になるのはかわいそうです。せめて、英語ぐらいはしっかりと学んでおこうということです。英語が話せればとりあえずは、どこかの国で生き延びていけますからね。若者には、どんどん世界に飛び立ってもらいたいです。 

―英語は、やはりグローバルランゲージですからね。その人がやってきたこと、経験してきたことを自分の言葉で伝えるとなると、AI任せでは難しいものがあります。そうすると究極的には人間力が必要になってくるのではないかと思います。いかがですか。  

そうですね。コミュニケーション能力ですね。もちろん、スキルを身につけることも一つですし、英語を流暢に話せることも一つですが、それでもつまらない研究だとどうしても相手にされないのは言うまでもありません。 

02

理系・文系を越える対話力と非言語コミュニケーション

―池田先生は理系の学生と接することが多いと思います。バイアスがかかっているかもしれませんが、理系の学生はコミュニケーションが若干弱かったりすることがないですか。特に最近の Z の世代は。  

世間の人は、「文系の方がコミュニケーション能力に関しては高い」みたいなことを発言していますが、僕は全然そう思っていません。 

―なるほど。 

はい。 確かにずっとパソコンばかりいじっている子だと、コミュニケーション能力は低いかもしれませんが、それはどちらかというと理系・文系にあまり関係なくて、人と話す気があるかどうかだけです。僕の研究室ですと、やはり留学生もいますし、あとはわざわざ自分が通っていた大学とは違う大学院に来ているので、本学に来る子たちは決してコミュニケーション能力は低くないですよ。もちろん、引きこもって全然大学院に来ない子もたまにはいますけれどね。それはそれでしっかりとやってくれています。  

―理系・文系は関係ないということですね。逆に「ジェネレーションギャップの方が大きいのでは」と思ったりします。やはり、Z 世代と呼ばれる人たちは、デジタルネイティブで育ってきているので、常にスマートフォンがコミュニケーションの窓口になっていたりするじゃないですか。  

そうですね。 

―もう、現代の子供たちを見ていると皆で集まっていても、スマートフォンのゲームに熱中して会話をしないか、画面を見ながら話をしたりしています。 

子どもたちだけではないかもしれません。我が家でもそうですが世代に関係なく、大人も皆いつもスマートフォンを見ている気がします。 

―できるだけ人との対話を楽しむことが重要だと思います。やはり、テキストベースであったりすると、真意が伝わらなかったりします。ボディランゲージやフェイシャルエクスプレッション(顔の筋肉の動きによって感情や意図を伝える重要な非言語コミュニケーションの手段)など、ノンバーバル(言葉以外の手段で意思や感情を伝える非言語コミュニケーション)の部分が重要だと思います。AI にはノンバーバルがないですからね。  

そうですね。ビデオとかも、一応作れますが…。 

03

「問題解決屋」として社会に関わり続ける研究者の姿勢

霧に包まれた夜明けの湖で、木製の桟橋の先端に立ち遠くを眺める人のシルエット

―では、最後にAI の世界と人間の未来についてお聞きします。池田先生が、今最も注目されているテーマ、期待している研究分野は何ですか。  

今ですか。 

―そうです。これから池田先生が取り組みたい分野です。 

なるほど。それはなかなか難しい質問ですね。先ほどもお話ししましたが、僕にはライフワークと呼べる分野はないもので。 

―スポーツはいかがですか。池田先生はスポーツがお好きなご様子なので。  

スポーツは好きなのですが、それは「こういう問題を解決してほしい」という方がいるからやっているわけです。あくまでも、「問題解決屋」なので。 

―「この領域は好きだからこそ取り組みたい」というよりも、ご相談を受けたから挑んでみるというスタンスですか。 

そうですね。もちろん、この分野が面白そうだから、あえて首を突っ込むというのもありますよ。例えば、今だと研究ではないのですが、本学がある関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)の高山地区は別名「高山サイエンスタウン」と呼ばれています。 

今度新たに、市として高山地区第二工区(約288ha)の街づくりに着手することとなり、「タウンミーティングみたいにやりましょう」という動きが起きており、今本学もそのステークホルダーとして入っています。「誰か行きませんか」と言うことになり、僕がノコノコ出かけて行って話をしたりしています。そういう何か面白そうな話、単純にアカデミアというか、大学に閉じ籠っているだけではなくて、社会に出ていくというアクションは面白いと思うので色々と首を突っ込んでいます。 

04

スポーツとデータ活用の可能性と限界

―探求心ですね。それでは最後の質問に行きます。池田先生は、根っからスポーツがお好きだと拝見しています。スポーツの世界ではデータ分析が重要視されていて、オリンピックや世界レベルのスポーツイベントに日本のチームや選手が出場するとなると、データサイエンティストも同行していたりします。今後、そのデータサイエンティストや AIの力を活用することで、人の能力がどんどん高まっていくとお考えですか。  

運動能力という意味ですか。 

―そうです。 

しっかりと分析して、どの部分をもっと鍛えるべきなのかと明確に示していければ、かなり伸びると思います。しかし、恐らくそれは昔のソ連時代にやって来ている話だと思います。ただ、実際にはそんなに大きな差は出てないと思います。 

―サッカーであれば、戦術的な部分での動きを分析して、機械学習で分析することによって、どういうフォーメーションを組んでいくかを、容易に変えていくことはできると思います。しかし、例えば陸上の 100m 種目でスピードが速くなることは AI を活用することでできるのかというとどうなのでしょう。AI やデータサイエンティストが入ることで変わったりする可能性はあるのでしょうか。  

いやあ、 100m みたいなのはむしろ難しいと思います。マラソンとかなら、まだ時間が長いので工夫の余地はあると思います。それでも、マラソンもすごいですね。2時間を切るとか、もうありえないですよね。  

―池田先生、中国・北京で開催されたハーフマラソンでのロボットの活躍ぶりをご覧になられましたか。 

ハーフマラソンを 50分26秒で完走。すごいですよね。 

―一昔前は、日本もASIMO(アシモ。本田技研工業が開発した世界初の本格的な二足歩行ロボット)に代表されるように、人型ロボットではかなり進んでいたのに、今や中国の方が進んでいます。 

研究者の間では、「日本のロボットはひ弱だ」と言われています。耐久性をあまり考えていないのですよね。そういう意味では、「ロボットをハーフマラソンで走らせよう」と思ったこと自体がかなりすごいとしか言いようがありません。普通のロボット屋さんだと、多分「ハーフマラソンなんて走れるわけがない、機械が持たない」と思ってしまいます。  

―やはり、最初からバイアスを持ってしまうわけですね。 

はい。これまでのロボット研究者から見たらかなり無理なチャレンジです。もう一つ言えるのは、やはりお金がないということです。壊れてなんぼみたいな実験は、ロボット屋さんにはできません。なぜなら、ロボットがあまりにも高すぎるからです。何しろ、一台で500万から1000万もしますからね。万が一転んで壊れたら終わりですよ。だから、研究室の中でクレーンを使って半分吊った形にして、転んでも怪我しないようにしています。ある意味、“温室育ちのロボット”なので、怪我したら次がありません。一方、世界はお金なんて幾らでもありますからね。 

05

ロボットと人間の距離感と現実的な未来像

夕焼けを背景に、草原に立って遠くを見つめるパーカー姿の人物の後ろ姿

―「日本のロボットがひ弱だ」というのは、面白い視点ですね。本当に中国のロボットはハーフマラソンに出場する前に耐久テストをかなり繰り返していました。もう全然発想が違うなと思いましたね。そういえば、池田先生はある媒体の取材時に「認知科学的な面からヒューマンロボットインタラクション(HRI: Human-Robot Interaction)は興味が尽きない」とコメントされておられましたね。  

そうですね。ロボットを使う時に人間がどう感じるかというのは色々ありますし、後はやはり動かされていると自分でも動かしたくなります。ただ、やればやるほど、本当に人とロボットの一体化というのは結構難しいと思ってしまいます。  

―ロボットは人間のパートナーにはならないと思いますか。 

そうですね。“面白いおもちゃ”にはなるかなと思いますが…。とりあえず普及するには高すぎます。それに、日本の家が狭すぎるかなという気もしますね。 

―日本国内には、パートナーとしてのロボットを作ろうとする研究者の方も沢山おられます。イメージとしては、ドラえもんですよね。 

日本政府が推進する「ムーンショット型(実現が極めて困難であるものの、成功すれば社会や産業に大きなインパクトをもたらす挑戦的な目標や研究開発)研究開発制度」もヒューマノイドにシフトしています。しかし、人間と同じぐらいのサイズのものが家にもう 1体いたら、それは「やはり邪魔だな」と思ってしまいます。 

―確かに、日本の家の事情とかもあったりしますからね。欧米の広い家であれば、逆にロボットがいた方が便利だったりするかもしれません。 

そうですね。後は、マンションの人は家の中に階段がないから良いかもしれませんが、階段のある家だとロボットがそこで転んだらどうしようかみたいなこともありますね。 

―その辺りは、問題解決がお得意な池田先生であっても難問だということですね。色々とお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

【編集後記】 

 本インタビューを通じて印象的であったのは、「方法論の工学」で世界を捉えるという一貫した姿勢である。特定分野に固執せず、社会から寄せられる課題に応じて柔軟に関与する姿は、専門性の在り方そのものに一石を投じるものである。また、生成AIに対する冷静な距離感や、日本企業の構造的課題への指摘も示唆に富む内容であった。技術の進歩が加速する時代においても、最終的に価値を生むのは人間の理解力とコミュニケーション力である。本稿が、読者にとって自らの立ち位置を見つめ直す契機となれば幸いである。