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黄金色の木漏れ日が差し込む森の小道を、愛犬と一緒に歩く女性の後ろ姿_メインビジュアル_sp

2026.06.15

“問いを立てる力”がAI時代を切り拓く――丸野由希准教授が語る学びと協働(前編)

生成AIの進化によって、誰もが簡単にコードを書き、データを扱える時代が到来している。しかし、本当に重要なのは「AIを使うこと」ではなく、「何を問い、どう判断するか」ではないだろうか。関西大学ビジネスデータサイエンス学部准教授・丸野由希氏は、生体信号解析や機械学習の研究を通じて、医療・獣医学・ビジネスなど多分野との協働を実践してきた研究者である。同時に、教育者としては、文理を越えて“自ら考え、学び続ける力”を育てることを重視している。本インタビューでは、弊社代表の山本が3回に渡り、丸野先生の研究の最前線からAI時代の教育論、日本企業への提言まで、多角的な視点から「これからの学びと社会」のあり方をフォーカス。前編では、丸野先生の専門分野や昨今の活動ぶりなどを聞いた。 

関西大学ビジネスデータサイエンス学部 准教授

丸野 由希氏

PROFILE

関西大学ビジネスデータサイエンス学部 准教授/博士(工学)。

京都女子大学現代社会学部の第一期生として、Rubyによるプログラミング教育に触れ、コンピューターと「言語」で対話する面白さを知る。卒業後は企業の研究開発部門でITエンジニアとして6年間、社内システム開発やデータ解析に従事。データ分析の可能性をさらに探究するため、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科に進学し、機械学習の応用研究で博士(工学)を取得した。 

専門は、生体信号解析と機械学習の応用。医療・獣医学・ビジネスなど分野を越えた共同研究を通じ、心拍変動を用いた熱中症検知、深層学習による嚥下障害スクリーニング、イヌの生体信号から情動や疲労度を推定する研究など、社会課題に直結するAI研究を展開している。 

教育面では、初年次教育のほか、プログラミング・統計学・機械学習の授業を担当。企業での実務経験を土台に、「学生のうちに、実務に耐えうる基礎力をしっかり築いてほしい」との思いから、AI時代に必要な「自ら問いを立て、手を動かしながら学ぶ」姿勢を重視。文理を越えてデータを価値に変えられる人材の育成に注力している。2026年3月には、共著『ここから学ぶ統計的機械学習 Pythonで実践!確率・統計から推定・学習理論まで』(科学情報出版)を刊行した。 

 

 

 

【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】

 

①文系理系を問わず、AI時代に必要な基礎力や学び方を知りたい学生や若手社会人 

②AI導入やDX推進において、組織文化や人材育成の課題を感じている企業経営者・マネージャー層 

③主体的学習や協働型教育、AI時代に求められる教育のあり方を模索する教育関係者・大学教員 

 

 

【前編のエッセンス】

 

関西大学准教授・丸野由希氏は、機械学習を用いて生体信号や画像データから人や動物の状態を推定する研究に取り組む。医療や獣医学など異分野との共同研究を通じ、熱中症検知や嚥下障害スクリーニングなど社会課題の解決を目指す。その研究の原点は、大学時代に出会ったRubyによるプログラミング体験だった。コンピューターと“言語”で対話する面白さが、機械学習研究への道を開いたという。現場でのITエンジニア経験を経て研究者となったことで、「何のために研究するのか」を常に意識し、実社会への応用を見据えた研究を続けている。 

 

 

【前編のキーメッセージ】

 

キーメッセージ① 

機械学習は単独ではなく、医療・獣医学との協働で社会課題を解決する力になる。 

 

キーメッセージ② 

プログラミングは技術習得だけでなく、問題分解力や思考力を育てる学びである。 

 

キーメッセージ 

AIは万能ではなく、「何を問うか」を決める人間の視点が価値を生み出す。 

 

01

異分野との協働で人と動物の“見えない状態”を読み解く

夕暮れ時の水辺で、岩の上に座り愛犬と肩を寄せて景色を眺めている女性の後ろ姿

―丸野先生のご専門領域は、データマイニング、機械学習、プログラミング教育、生体信号処理とお伺いしています。研究の概要をご説明いただけますか。

 

研究者としては、機械学習を使った応用研究に取り組んでいます。生体信号や画像データをもとに人や動物の感情や状態を推定するというのが、これまでの研究の中心です。取り組み方としては、一人で完結する研究というよりは、医療や獣医学など他分野の研究者との共同研究がメインです。それぞれの専門性を持ち寄りながら、一人では解けない問題に専門家同士で向き合っていく——その協働のプロセスに面白さを感じています。

 

教育面では、長年プログラミングを教えてきました。その際に意識しているのは、技術としてのプログラミングだけを教えるのではなく、その先にあるスキルや力を育てることです。プログラミングを学ぶと、複雑な問題を小さく分解して考える習慣がつきます。また、エラーに向き合い修正していく中で、問題解決力も磨かれていきます。そのため、授業では実際に手を動かしてもらって、自分のやりたいことを実践することを大切にしています。こうしたプロセスの先に、ビジネスや研究などさまざまな現場で、立場や専門の異なる方々と協働するときの「共通言語」が育っていくのではないかと感じています。

 

―丸野先生は、『機械音痴』を自称されています。それでも、プログラミングや人工知能の研究には全く問題ないということですね。

 

「本当にこの分野の研究者なのに機械音痴だとは」とよく驚かれてしまいます(笑)。例えば、プリンターの設定も苦手で、エラーが出ると「配線の問題なのか」「設定の問題なのか」と悩んでしまうことがよくあります。

ただ、考えてみますと、プログラミングやAIの研究も毎日エラーだらけです。違いは、機械学習などソフトウェアの世界は、すべて自分で組み立てているという点だと思います。エラーメッセージが出ても、読み解けば原因を追うことができます。一方、ハードウェアには見えない部分があり、原因の特定が難しいと感じています。

 

つまり、私は機械音痴と申しましても、苦手なのは機械そのものではなく、自分の手が届かない領域があることなのではないかと感じています。小さい頃から機械に触れる機会があまりなく、研究もソフトウェア中心でしたので、ハードウェアを触る機会がほとんどありませんでした。機械音痴というより、ハードウェアが長く専門外だっただけなのかもしれません(笑)。そういう意味では、私が最初にコンピューターと「出会った」のも、ハードウェアではなく、大学で触れたプログラミング言語の世界でした。

02

Rubyとの出会いが導いた、「言語」としてのコンピューター理解

―丸野先生の研究の原点は、大学でRubyによるプログラミングを学ばれたことだと思います。その出会いを通じて、どんな気づきを得られましたか。

 

大学の授業でプログラミング言語Rubyに初めて触れたとき、「こんなに楽しい世界があったのか」という驚きがありました。プログラミング言語を通じてコンピューターに指示を出すと、その通りに動いてくれる――その感覚がとても新鮮でした。

 

もともと英語などの自然言語に興味がありましたので、プログラミング言語も同じ「言語」として、自然に親しむことができました。人間同士のコミュニケーションが自然言語で成り立つように、人間とコンピューターのコミュニケーションはプログラミング言語で成り立つ――その構造的な面白さに気づけたことが、私にとって大きな発見でした。

 

言語としてコンピューターと対話できるのなら、単純な命令だけでなく、データをもとに複雑な判断や予測を行うような、人間が普段行っているような知的な処理も、機械学習によって実現できるのではないか――そうした問いが芽生えたことが、今の研究の出発点になっています。

 

―丸野先生の母校は、京都女子大学。学部は現代社会学部でしたね。しかも、その第一期生だと伺っています。カリキュラム編成にあたられた小波秀雄教授(現・京都女子大学名誉教授)が、プログラミング教育およびネットワーク教育を重視する方針の下、プログラミング言語としてRubyを採用されたのですよね。小波先生は、文系の女子大でもプログラミング教育の効果が非常に高いものであると信じておられたのだと思います。丸野先生は、小波先生の想いを見事体現されている気がします。

 

そのように思っていただけているのであれば光栄です。私が在籍した現代社会学部は、文系・理系の枠を越えて多角的に学べる、いわば文理融合の学部でした。もっとも、理系学部に比べますと理系分野の科目は限られておりましたので、私自身は文系の出身だと思っております。それでも、文理を横断できる環境があったことが、のちに統計やプログラミングの世界へ進む土台になっていたのかもしれません。第一期生としてその学部で過ごした時間は、私にとってかけがえのない原点になっています。なかでも、女子大という場でプログラミング教育を本気で根づかせようとされた小波先生に出会えたことは、今振り返っても本当に幸運なことでした。当時はまだ「女子大でプログラミングを」という発想自体が珍しかった時代に、先生はぶれることなく、私たちにその扉を開いてくださいました。

 

今こうして研究や教育に携わっていられるのも、あの場での学びがあったからこそだと感じています。母校で学んだ日々を、心から誇りに思っています。

 

―丸野先生は、大学卒業後にITエンジニアとして働かれていました。研究者としての道に転身された理由は何ですか。

 

大学時代に学んだ知識を活かして、卒業後は企業の研究部門でITエンジニアとしてシステム開発を担当していました。主な業務は、報告書の自動作成システムの開発や、報告書の作成・提出・稟議といった一連の業務を扱う業務システムの運用です。今のDXに近い領域だったと思います。

 

転機になったのは、社会人時代の後半に、報告書データの分析を自動化する業務を任されたことです。データ分析の面白さに引き込まれる一方で、その難しさにもぶつかりました。大学時代にプログラミングは学んでいたものの、いわゆるデータサイエンスはまだ未知の領域でした。それだけに、「もっと信号処理や機械学習の知識があれば、できることが増えるのに」という思いが、次第に強くなっていきました。

 

現場でシステムを作る仕事にもやりがいはありましたが、「データ分析と機械学習をもっと深く理解したい」という気持ちが、次第に大きくなっていきました。思い切って退職して大学院に進学することを決めたのは、その思いに正直に向き合いたかったからです。今振り返りますと、現場での経験があったからこそ、「何のために研究するのか」が自分の中で明確になっていったのだと感じています。

 

―現場経験が今の研究に活かされているわけですね。

 

はい、まさにそう感じております。もし学部を卒業してそのまま研究の道に入っていたとしたら、研究と実務が乖離していたかもしれません。実務経験があるからこそ、「何のために研究するのか」「その先にどういう応用があるのか」を常に思い描きながら研究に取り組めているのだと思います。

 

この問題意識は、その後の研究テーマの選び方にもつながっております。医療や獣医学など、現場の方々と一緒に取り組める分野で研究を続けてこられたのも、そこに通じるところがあるのかもしれません。

03

熱中症検知から嚥下障害スクリーニングへ――AI実装が現場を変え始めている

夕日を背景に、建物の屋上から街を見渡している男性の横顔のシルエット

―丸野先生の研究キーワードには、心拍変動解析や熱中症検知など人体に関連するものが挙がっているのですね。何か意図があるのでしょうか。

 

特に意図して人体に絞っているわけではありません。研究者として、「解くべき問題がそこにある」と感じ、これまで培ってきた手法が使えそうなときに共同研究として取り組んできました。その結果が、たまたまそういったキーワードに表れているのだと思います。

 

実際、人体だけでなく、イヌなどの動物を対象とした研究も行っています。心拍変動解析(自律神経活動を評価するための信頼性の高い手法)や熱中症検知といったテーマも、突き詰めると「データの中からパターンを見つけ、異常を検知する」という軸は共通していて、そこに私がこれまで積み上げてきた手法との接点があります。

 

研究テーマは最初から決め打ちするのではなく、「この問題は自分の手法で解けるかもしれない」という出会いから広がっていくものだと思っています。

 

―熱中症検知システムは、もう実用化まで行っているのですか。

 

これは、科研費(正式名称は科学研究費助成事業で、日本学術振興会が実施する学術研究を支援するための競争的研究資金)のプロジェクトとして取り組みました。プロジェクト自体はすでに終わっており、実用化に向けてどう進めていくかは今後の課題となっています。

 

―非常に社会的な課題というか、問題意識が高い取り組みだと思います。グローバルウォーミングの影響で熱中症対策がとても重要になってきています。特に、高齢者の方の健康をしっかり守っていくことは企業としても考えなければいけません。そういったウェアラブルが実用化されると良いですよね。

 

本当におっしゃる通りだと思っています。熱中症は、特に高齢者の方は進行に気づきにくいという特性があり、気づいた時にはもう重症化していることもあります。本人が「暑い」「だるい」と自覚するよりも前から、心拍や体温、発汗のバランスといった生体信号には小さな変化が現れ始めます。そうなってからでは遅いので、私たちの研究では重症化する前に、こうした生体信号の変化から熱中症になりかけているかどうかを検知し、そのタイミングで、涼しい場所への移動や水分・電解質の補給、身体の冷却といった処置を早期に行うことをコンセプトとしてきました。

 

―実際には、丸野先生の場合はデータをデバイスで収集して、その結果データから機械学習によってノイズを出したり特徴量を出したりするのですね。

 

はい、私はその分析の部分を担当しました。生体信号というのは、心拍ひとつ取っても体動や環境温度の影響など、本来知りたい情報以外のものがたくさん重なっていて、そのままでは機械学習にかけても安定した判定が出せません。まずノイズ(測定したいデータに混入する不要な信号成分)を取り除いて信号を整え、そのうえで「熱中症のリスクが高まっているサイン」と相関する特徴量(データから抽出した、判定に有用な数値情報)を抽出していく――その地道な積み重ねが、分析という仕事の中心でした。デバイスの設計や現場での装着・データ収集はチームの他のメンバーが担ってくださっていて、「何を、どう測るか」を一緒に擦り合わせながら研究を進めていけたのは、私にとっても大きな経験です。

 

―犬や猫も題材として取り上げておられるのですね。ペットとしてお好きだからですか。

 

もちろん、犬も猫も大好きです。ただ、本当のきっかけは、獣医学部の先生方との共同研究です。先生方が抱える「解決したい問題」「解明したい現象」に対し、私はデータ分析や機械学習の研究者として、「それであればこういうアプローチが取れそうです」と提案する形で、一緒に研究を進めています。

 

―情報をデータで理解するというのは、実際どのようにやられているのですか。教えていただきたいです。

 

データを取得して、そこから情報を読み取るまでの流れ、というご質問ですね。犬を対象とした研究で言いますと、基本的には、人の研究と同じように、生体信号をセンサーで取得し、機械学習で解析することで状態や情動を読み取っています。熱中症の研究と同じように、心拍変動を使っています。犬の生体信号を計測できるよう、共同研究者の方が専用のスーツを開発してくださいました。それによって、自律神経の働きを捉えることができます。例えば、ストレスを感じている時、リラックスしている時など、生体信号から犬の情動を推定しています。人と犬の両方を対象としていますが、使っている技術は実は共通しています。

 

―人と犬で違いがあったりしますか。例えば、生体信号の見方の違いであるとか。

 

信号にしてしまえば、ほぼ同じです。ただ、動物の場合は体に毛があるので、センサーの取り付けに難しさがあります。人であれば、体に直接電極を貼るのですが、犬であれば貼ったとしても毛でこすれてしまわないようにしなければいけません。そのため、かなりの試行錯誤が必要になります。この部分は私の担当ではなく、同じ研究グループの別の方が担当してくださったのですが、計測スーツについては改良を重ね、ようやく計測できるようになりました。

 

こうした計測の課題には、スーツ側で改良できる部分と、データ分析の前処理側で対応できる部分があり、それぞれの分野の研究者がディスカッションをしながら一緒に進めていました。こうして人体・動物を横断する形で広げてきた研究のなかでも、特にまとまった形で発表したものについて、続けてお話しできればと思います。

04

心拍の“ゆらぎ”をAIで解析し、熱中症の重症化を未然に防ぐ

―丸野先生は、2024年には専門誌「医学のあゆみ」に「特集 生体信号を活用した医療AIの臨床応用に向けて 心拍変動と機械学習による熱中症検知」と題する論文を掲載されています。エッセンスをご紹介ください。

 

先ほど概観した研究テーマのなかでも、医療AI分野で特に大きな反響をいただいた研究です。エッセンスは、心拍のゆらぎを機械学習で解析し、熱中症の兆候を早期に検知するアプローチを提案した点にあります。熱中症は重症化すると、臓器不全など生命に関わる事態を招く恐れもあり、いかに早く兆候をつかむかが重要です。この研究では、心拍変動(HRV:心拍間隔の変動を表し、自律神経系のバランスを示す重要な指標)に着目しました。

 

心臓の拍動は一定のリズムで刻んでいるように見えて、実は微妙なゆらぎがあります。このゆらぎは自律神経の状態を反映しており、暑熱ストレス(体内に熱が蓄積され、体温が基準値を超えることで生じる生理的・心理的負荷)がかかると変化することがわかっています。そこで、HRVの変化をリアルタイムでモニタリングし、通常とは異なるパターンを検知する機械学習の手法を提案しました。

 

ポイントは、熱中症を「自律神経の異常なイベント」として捉えた点です。体温や発汗といった直接的な指標ではなく、心拍のゆらぎというシグナルから兆候をつかもうとした発想です。

 

今後は、こうしたアプローチがウェアラブルデバイスとの組み合わせなどを通じて、日常生活や職場環境での実用化につながっていくことを期待しています。

 

―確かに、心拍変動になるとウェアラブルとか何らかの測定機器になってくると思います。機械には音痴とのことですが、その部分からすると先ほど医療関係者や他の研究の方たちと共同で研究をされているのですか。

 

はい、医療関係者をはじめ、さまざまな分野の研究者と共同で研究を進めています。本研究で使用しているデバイスは、共同研究者であるハードウェアの専門家が設計から手がけてくださっています。それぞれが専門分野を責任を持って担当する一方で、ハードウェアでどのような測定を行うか、また、センサー計測ではノイズが混入しやすいので、それをどのように除去するか、といった点については、研究グループ全体でディスカッションしながら進めています。そのため、私自身が機械音痴であっても、大きな問題にはなりません。

 

2026年1月に「深層学習を用いた嚥下障害スクリーニングモデルの改良とその実用化に向けて」と題して共同研究者とご一緒に講演されています。こちらは、どういった内容なのでしょうか。

 

この講演では、首の画像から嚥下障害の有無を自動判定するスクリーニングモデルについて、共同研究者とともに発表しました。高齢者に多く見られる嚥下障害、つまり食べ物や飲み物をうまく飲み込めなくなる状態は、誤嚥性肺炎(食べ物や唾液などが誤って気管や肺に入り、細菌感染によって起こる肺炎)や低栄養といった深刻な合併症を招くことがあります。生活の質への影響も大きく、早期発見が非常に重要です。

 

ところが、現在の嚥下スクリーニング検査(誤嚥のリスクを短時間で評価し、必要に応じて詳細検査や介入につなぐためのベッドサイド評価)には課題があります。検査する人のスキルに結果が左右されたり、患者さんへの身体的な負担があったり、飛沫のリスクがあったりと、現場での運用に限界があります。

 

そこでこの研究では、首の画像だけを使った完全自動のスクリーニングモデルの開発に取り組んでいます。首元の形や筋肉の状態が嚥下機能を反映しているという仮説のもと、AIが画像から首の領域を自動で検出し、そこから嚥下障害の有無を判定する二段階の仕組みを構築しています。

 

カメラで撮影するだけで、体への負担なく客観的にスクリーニングができる――こうした臨床現場での意思決定支援への応用を目指した研究です。こうした研究が以前より実用化に近づいてきた背景には、ここ数年の機械学習の手法そのものの進歩もあります。

05

少量データでも進化するAI――実装段階に入った機械学習の現在地

飛行機雲が長く伸びる空と、色づき始めた森に囲まれた穏やかな湖畔の風景

―ところで、近年はデータ解析や機械学習の手法がどのように進歩しているのですか。

 

大きく変わったのは、少ないデータからでも高い精度が出せるようになった点です。以前は、AIに学習させるために膨大な量の正解ラベルが付いたデータが必要でした。例えば、医療の現場では、レントゲン検査やMRI検査(磁気と電波を用いて、体内の組織や臓器を画像化する検査)の画像に「これは異常」「これは正常」と一枚一枚専門家による注釈(アノテーション:データやコードにラベルやタグなどの追加情報を付与して意味づけする作業)が必要で、それだけでも膨大なコストと時間がかかっていました。ところが、近年は技術の発展によって、少ないデータからでも精度よく学習できるようになってきました。例えば、転移学習という手法です。これは、大量の一般的な画像で学習済みのモデルを医療画像の診断に転用するようなイメージです。ゼロから学習させるには膨大なデータが必要ですが、この手法を使えば、その課題を大きく緩和できます。また、画像認識の分野ではこの数年で、深層学習(ディープラーニング)モデルの精度が飛躍的に上がり、医師が見落としやすいような微細な変化をAIが検出できるケースも出てきています。さらに、ここ1〜2年では生成AIや大規模言語モデル(LLM:膨大なテキストデータを学習し、自然な言葉でやりとりできるAIモデル)が急速に発展し、テキストや画像、音声など幅広い領域で実用化が一気に進んでいます。

 

以前は研究室レベルの話だったことが、今では実際のビジネスや業務の現場への実装が現実的になってきています。そこが、ここ数年で最も大きく変わったところだと感じています。

 

―そのおかげで、本当にデータの山から思いがけない宝物が発見しやすくなっているのでしょうか。

 

以前と比べると、格段に発見しやすくなっていると思います。AIが得意なのは、人間が見落としがちなパターンを膨大なデータの中から拾い上げることです。医療画像の分野で言えば、人間の目では気づきにくい微細な変化や、一見無関係に見える複数の所見の組み合わせから、AIが異常を検出するケースが出てきています。これはまさに「思いがけない宝物」と言えるかもしれません。

 

ただ、宝物はデータの中に最初からあるわけではありません。適切な「問いを立てる力」と、それに合ったモデルの設計があって初めて見えてくるものです。AIは強力な道具ですが、「何を探すか」を決めるのはあくまでも人間です。そして、新しい技術が次々に登場するこの時代だからこそ、自分で考え、自分で学び続ける力――言うなれば「学ぶ力」が、これからますます問われていくのではないかと感じています。