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2026.09.27

魅力工学とは?AIで魅力と匠の技を解き明かす|東京大学・山崎俊彦教授

東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授

山崎 俊彦(やまさき としひこ)氏

PROFILE

東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授。1999年東京大学工学部電子工学科卒業、2004年同大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤情報学専攻助手、同大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻講師・准教授を経て、2022年より現職。2011年から2013年まで日本学術振興会海外特別研究員としてコーネル大学に滞在。画像・映像を中心に、音声・テキスト・メタデータなど多様なデータを扱うマルチモーダルAIを専門とし、「魅力」を工学的に解明する「魅力工学」を提唱。産学連携による社会実装を推進している。

魅力工学(Attractiveness Computing)とは、人が感じる「魅力」をAIなどの道具を使って工学的に解明し、再現し、さらに向上させることを目指す学術分野です。

「刺さる」「響く」「届く」「映える」――こうした言葉が重視される時代、その根底には共感や魅力があります。東京大学の山崎俊彦教授は、曖昧で主観的とされてきた魅力を工学的に扱える形に落とし込み、AIを人の能力を引き出す「伴走者」として社会実装してきました。

本記事では、山崎教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、魅力工学の考え方、マルチモーダルAIの最前線、AIで「匠の技」に近づく仕組み、そしてAIに代替できない人間の「勘」について解説します。

この記事でわかること

・魅力工学とは何か、感性工学との違い

・データの種類を問わず組み合わせるマルチモーダルAIの最前線

・AIで「匠の技」に近づく――人の能力を引き出すAIの使い方

・AIが代替できる「勘」と、代替できない「勘」

・婚活や子育て支援など、若い世代を支えるAI研究

魅力工学とは?

山崎教授の研究室には35名前後のスタッフ・学生が在籍し、常に50前後のプロジェクトが動いています。その研究は、大きく2本の柱で構成されています。

研究の柱 内容
① AIの理論的・数学的な基礎研究 「なぜ今のAIはこれほどうまく動くのか」「より安定的・効率的・高速に動かすには」を探る。AIの思わぬ間違いやバイアスのメカニズムを解明し、改善につなげる
② 魅力工学(Attractiveness Computing) 人が感じる「魅力」を工学的に解明し、再現・向上させる。魅力的なプレゼンテーション、広告、SNSでの発信などが対象

魅力工学が生まれた背景には、15年ほど前のAIブームがあります。当時は「AIはすごいらしいが、生活にどう役立つのか」という問いが多く寄せられました。そこで山崎教授は、研究室の技術が世の中の役に立つことを示す「役に立たせるAI」のテーマとして、自身が強く関心を持っていた「魅力」を選んだといいます。感性や主観は曖昧なものですが、それを工学的に扱える形に落とし込み、魅力が高まる瞬間を再現可能にすることを目指しています。

感性工学との違い

分野 主な関心
感性工学 人間の主観的な感覚や感情を科学的に分析し、製品やサービスの設計に活かす。人が本能的に惹かれるもの、「良い」と感じるものを扱う
魅力工学 感性も魅力の一要素として理解したうえで、「その本能に訴えかける仕掛けをどう作るか」までを、マルチモーダルなデータを使って解き明かす

山崎教授は、両者を全く違う学術分野だと言うつもりはないとしつつ、見ているレイヤーが少し違うと説明します。魅力工学では、AIに特徴量(予測や分類に使う、データの特徴を数値などで表したもの)を出させるなど、さまざまなアプローチを組み合わせます。

マルチモーダルAIの最前線――データの種類はもう問わない

マルチモーダルAIとは、画像、映像、音声、テキスト、センサーデータ、売上などの表形式データといった、複数の種類のデータを組み合わせて扱うAIです。山崎教授は画像・映像を得意としながら、音声やテキストなど多様なデータを扱うAI・機械学習を専門としています。

深層学習や生成AIの時代になり、入力が画像か言語か音声かを気にせず、比較的柔軟に扱えるようになりました。大切なのは、データの特性を理解し、「うまく組み合わせたときにどんな化学反応が起きるか」に注力することだと山崎教授は言います。実際、得意な画像・映像をあえて使わない研究もあります。サービス化を考えたときにプライバシーの懸念が生じうるため、言語と音声だけを使う場合もあるのです。

生成AIの登場は、魅力工学にとって追い風になりました。かつては写真に写っているのが犬か猫かを見分けることすら難しかったのが、今では「何が写っていて、どう動いているか」までAIで理解できます。その次のステップとして、「私たちが感じる魅力とは何か」という本丸に、ダイレクトにアプローチできる世界がようやく見えてきたといいます。

山崎教授の出発点は、実はAIではありませんでした。学生時代は半導体や電子物性を研究し、半導体の物性を使って人間のように知的な情報処理をする低消費電力のコンピューターを目指していました。大学教員として情報系のポジションに就いたことをきっかけに、「コンピューターは世界をどう見ているのか」「コンピューターにできる知的な作業とは何か」に関心が移り、AI・機械学習の道に進んだのです。

AIで「匠の技」に近づく――2種類の「勘」

魅力に関心を持ったもう一つのきっかけは、半導体、特に電子回路の世界で出会った「匠の技」でした。教科書通りにやってもうまくいかず、教科書に書かれていない職人技を体得しなければならない世界です。「あの人にしかできない」という匠の技にこそマネタイズのポイントがあり、それをAIで分析し、科学的にアプローチしたらどうなるか――それが研究の原動力になりました。

山崎教授が定義する「匠」とは、センスや才能に、努力と経験の裏付けが加わり、一定以上の水準に到達した人です。努力だけでは成し得ない、生まれ持った才能が重要な場面もあります。では、匠の「勘」をAIで扱うことはできるのでしょうか。山崎教授は、勘には2種類あると言います。

勘の種類 特徴 AIとの関係
経験に基づく勘 自分の経験に依存するため、その経験の制約から抜け出せない 何百人、何万人分の経験を詰め込めるAIのほうが、一人の人間より当たる確率が高くなる場合がある。今のAIが成功した理由でもある
イマジネーションとしての勘 これまでの文脈とは関係のない、斜め方向からパッと出てくる発想 今のAIは持ち得ていない。iPhoneのような「こういうものがあったらいい」という発想は、人間の天才から生まれた

「突拍子もない意味での勘というのは AIには代替できないところだと思っています。」

――山崎教授

AIは効率化の道具ではなく、人の能力を引き出す伴走者

「私自身は、AIを使って人間が楽をすることにはあまり興味がありません。」

――山崎教授

AIによる効率化が必要なのはその通りだとしたうえで、山崎教授が関心を持つのは、AIを使って人間の能力をより高めることです。その一例が、プレゼンテーションを分析し、「文章の組み立てや話し方をこう変えると、より刺さる」とフィードバックするシステムです。すでに社会実装され、ライセンスを受けて活用する企業もあります。

人にフィードバックをもらおうとしても、同僚や友人に何度も付き合ってもらうのは難しいものです。AIなら何度でも、疲れたとも言わずに改善点を示してくれます。AIのフィードバックを受けながら、人が自ら効率的に上達していく――「AIを活用して匠の技に近づく」ことの一部は、すでに形になりつつあります。研究室では、ブランディング戦略、SNSの運用、HRテック、オンライン面接の評価などにも取り組んでいます。

AIに囲碁で勝てなくても、人は人に熱狂する

研究を突き詰めれば、人が介在しなくても人と同じパフォーマンスを発揮するAIは作れると山崎教授は考えています。それでも関心は別のところにあります。将棋や囲碁では、AIがトッププロより強いことは誰もが知っています。それでも人々が感動し熱狂するのは、AIを使いながら己の能力を極限まで高めた人間同士の戦いです。

「私は AIを使って人間の能力を高めたいのです。」

――山崎教授

7〜8割の「定番」はAIに、2〜3割の「遊び心」は人に

最終的な判断は人間が行う――山崎教授も、この基本姿勢に同意します。AIは、経験に基づく7〜8割の「定番」を非常に上手に作れます。しかし、残り2〜3割の遊び心や突拍子もないアイデアを採用する決断は、人間にしかなかなかできません。

山崎教授がよく例に挙げるのが、ビール缶のデザインです。かつては金や銀が大半でしたが、最近は青などの色も人気を集めています。青は食品分野では食欲を抑える色とされることもあり、本来あまり使われない色でした。それでも青を選び、世に出す決断は、人間でなければなかなかできないのです。

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婚活・子育て支援――若い世代を支えるAI研究

山崎教授は、婚活・恋活や妊活、子育てに関する研究をライフワークにしています。婚活は人と人との魅力に関わるテーマであり、楽しみながら集中して学べる教育も魅力工学で扱うテーマの一つです。

その一方で、別の思いもあります。約10年前、保育園に入れなかった親の悲痛なブログ投稿が大きく報道されました。高齢者への支援が重要であることは言うまでもありませんが、当時は子育て世代や若い世代への支援が十分に届いていたのか、という問題意識があったといいます。専門とするAIで、若い人がその時々で直面する悩みを手助けできないか――それが、婚活や子育て支援の研究を続ける理由です。

よくある質問(FAQ)

Q. 魅力工学とは何ですか?

A. 魅力工学(Attractiveness Computing)とは、人が感じる「魅力」をAIなどの道具を使って工学的に解明し、再現し、向上させることを目指す学術分野です。山崎教授が仲間の研究者とともに立ち上げた概念で、魅力的なプレゼンテーションや広告、SNSでの発信などを研究対象にしています。

Q. 魅力工学と感性工学の違いは何ですか?

A. 山崎教授は、両者は近い分野で全く違うものではないとしたうえで、見ているレイヤーが少し違うと説明しています。感性工学が人間が本能的に惹かれるものを扱うのに対し、魅力工学はそれを理解したうえで「本能に訴えかける仕掛けをどう作るか」までを、マルチモーダルなデータを使って解き明かします。

Q. マルチモーダルAIとは何ですか?

A. マルチモーダルAIとは、画像、映像、音声、テキスト、センサーデータ、表形式のデータなど、複数の種類のデータを組み合わせて扱うAIです。山崎教授は、深層学習や生成AIの時代になり、データの種類を気にせず柔軟に扱えるようになったことで、それらをどう組み合わせて「化学反応」を起こすかが重要になったと述べています。

Q. AIは人の能力を高めるのにどう役立ちますか?

A. 山崎教授は、AIで人間が楽をすることより、人間の能力を高めることに関心があると語ります。例えば、プレゼンテーションを分析し、文章の組み立てや話し方の改善点をフィードバックするAIは、何度でも疲れずに付き合ってくれるトレーナーとして、人が効率よく上達することを助けます。

Q. AIは人間の「勘」を代替できますか?

A. 山崎教授は、勘には2種類あるとしています。経験に基づく勘は、何万人分もの経験を詰め込めるAIのほうが一人の人間より当たる確率が高くなる場合があります。一方、今までの文脈とは関係のない方向から発想する「イマジネーション」としての勘は、現在のAIには代替できないと述べています。

Q. AIの提案を採用するかどうかは誰が決めるべきですか?

A. 山崎教授は、最終的には人間が判断すべきだとしています。AIは7〜8割の「定番」を上手に作れますが、残り2〜3割の遊び心や突拍子もないアイデアを採用する判断は人間にしかできません。かつて食品では避けられがちだった青色を採用したビール缶のような決断がその例です。

まとめ:AIは人の「魅力」と「能力」を引き出す道具

  • 魅力工学とは、人が感じる魅力を工学的に解明し、再現・向上させる学術分野
  • 感性工学が人の本能的な好みを扱うのに対し、魅力工学は「本能に訴えかける仕掛け」までを解き明かす
  • マルチモーダルAIの時代には、データの種類よりも「どう組み合わせて化学反応を起こすか」が重要
  • 経験に基づく勘はAIが上回ることもあるが、イマジネーションとしての勘はAIには代替できない
  • AIは効率化の道具にとどまらず、人の能力を引き出す伴走者になる。最後に決めるのは人間

中編では、魅力工学を社会実装するための共同研究、精度と公平性を両立させたAI面接の研究、そしてAI時代に必要な「想像力」と「言語力」について伺います。

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