Search

キーワード検索

AI時代、日本は「デジタル小作人」で終わるのか――数学の原理を知り、AIを使う側から「胴元」へ(前編) _メインビジュアル_sp

2026.09.01

AI時代、日本は「デジタル小作人」で終わるのか――数学の原理を知り、AIを使う側から「胴元」へ(前編)

 生成AIの急速な進化により、誰もが高度なAIを手軽に使える時代が到来した。一方で、その仕組みや限界を十分に理解しないまま、AIの出力を鵜呑みにする危うさも増している。佐賀大学理工学部教授の皆本晃弥氏は、数学とコンピューターを融合させてきた研究者として、AI時代に必要なのは「使い方」を覚えることだけではなく、その背景にある原理を理解することだと説く。さらに、日本が海外のプラットフォームに依存する「デジタル小作人」から脱し、独自の技術やサービスを生み出す「胴元」になることの重要性を指摘する。前編では、皆本氏が警鐘を鳴らす「AIの原理を知らずに使う危うさ」に焦点を当てる。

佐賀大学 理工学部 数理・情報部門 教授 
皆本 晃弥 氏 

PROFILE

1997年3月、九州大学大学院数理学研究科数理学専攻を単位取得退学。 
1997年4月〜2000年3月、九州大学大学院システム情報科学研究科情報理学専攻助手。 
2000年2月、博士(数理学、九州大学)を取得。 
2000年4月以降、佐賀大学理工学部知能情報システム学科講師、同准教授などを歴任。 
2018年4月〜現在、佐賀大学教育研究院自然科学域理工学系教授。 
2025年4月〜現在、佐賀大学教育開発推進センター教授(併任)。 

 

 

 

【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】

 

①AI導入を経営課題として捉え、自社の競争力や事業成長につなげたい経営者・経営幹部。AIに何をさせるかだけでなく、依存する側から価値を生み出す側へ転換する視点を得たい方。 

② 企業のDX、AI活用、データ分析などを推進する実務担当者やビジネスパーソン。生成AIの可能性だけでなく、限界やデータの質、数学的原理まで理解し、より本質的なAI活用を目指したい方。 

③大学・高校などで数学、情報、データサイエンス教育に携わる教員や、人材育成を担う教育関係者。AIを「使える人」にとどまらず、原理を理解し、新たな価値を生み出せる人材を育てたい方。 

 

 

【前編のエッセンス】

 

皆本晃弥氏の研究者としての原点には、数学とコンピューターを結びつけ、社会に役立つ応用数学を追究したいという問題意識がある。中学生の頃からコンピューターに触れ、その操作には数学の知識が欠かせないと実感した経験が、現在の研究につながった。教育理念として掲げる「良識ある結果の出せる人財育成」には、闇雲に努力するのではなく、正しい方向を見極め、失敗を恐れずに行動することの大切さが込められている。さらに著書『スッキリわかる数理・データサイエンス・AI』では、AIやデータサイエンスを表面的に使うのではなく、その背景にある数学的原理を理解する重要性を説いている。技術が急速に進化する時代だからこそ、原理原則を学ぶことが日本の技術力の底上げにつながる。これが、皆本氏の一貫した主張である。 

 

 

【前編のキーメッセージ】

 

キーメッセージ① 

数学とコンピューターの融合が、日本の未来を拓く。数学に強い人とコンピューターを使いこなす人の間にある溝を埋め、両者を結びつけることが、日本の技術力向上には欠かせない。 

 

キーメッセージ② 

努力は量ではなく、方向と結果を意識することが重要である。「良識ある結果の出せる人財」とは、他者を尊重しながら正しい方向に努力し、失敗を恐れず早く行動できる人材である。

 

キーメッセージ 

AI時代だからこそ、表面的な使い方ではなく原理を学ぶ。AIやデータサイエンスを使うだけでなく、その根底にある数学的原理を理解することで、技術の変化にも対応できる力が身につく。 

01

中学生時代のコンピューター体験が導いた、数学とAIへの道

生い茂る木々に囲まれた砂利道の中央に立ち、先を見据えるサイクリストの後ろ姿

―皆本先生のご専門についてお聞かせいただけますか。

 

平たく言えば、数学には、構造や原理そのものを探究する純粋数学と、理論や手法を現実の問題解決に生かす応用数学があります。私の専門は後者です。数学を社会に役立てること、そしてコンピューターの利用を前提とした数学を扱っています。もともとは応用数学の中でも数値解析、特にコンピューターで得られた近似解の正しさや、解が存在する範囲を数学的に保証する「精度保証付き数値計算」を中心に研究してきました。その後、さまざまなデータを扱うようになり、機械学習や人工知能の研究へと広げていった、という流れです。

 

―大学では教育学部に在籍され、中学校教諭一種免許状(数学)や高等学校教諭一種免許状(数学)などの資格を取得されています。もともとは、数学の先生を目指されていたのですか。

 

もともとは、高校の数学教員になろうと思っていました。そのため、小学校・中学校・高等学校の教員免許を取得しました。ただ、教育学部から数学の研究者になる人は、一般的にはあまり多くありません。私の母校は愛媛大学ですが、教育学部出身で数学の研究者になったのは私が第一号で、今も第二号は出ていないのではないかと思います。

 

―教師ではなく、研究者の道へ進もうと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

 

愛媛県を代表する地方紙である愛媛新聞だったと思いますが、愛媛大学に関する記事が掲載されたことがありました。その中に「二流大学からの脱却」といった趣旨の表現がありました。当時、私はその大学の学生でしたので、外からそのように見られていることにも衝撃を受けましたが、それ以上に、大学自身もそうした認識を持っているのかもしれないと感じたことが、大きな衝撃でした。そこから脱却するためには、大学や教員だけでなく、そこで学ぶ学生自身も本気で努力し、力をつけていかなければならない。そう考えたことが、「自分ももっと勉強しなければならない」「学生を育てる側に立つなら、自分自身も研究者として力をつけなければならない」と思う一つのきっかけになりました。

 

また、私は中学生の頃からコンピューターに触れていました。当時は、200人に一人か二人しかコンピューターを持っていない時代でした。1990年代に入り、コンピューターが普及し始めていたにもかかわらず、それを前提とした教育はほとんど行われていませんでした。その状況を見て、「このままでは日本は立ち遅れるのではないか」と感じたのです。20代前半でしたが、生意気にもそんなことを考えていました。

 

これからは、コンピューターを使う視点を取り入れた教育が必要だと考えました。今で言えば、生成AIが登場しているにもかかわらず、それを使わない教育があり得るのか、という感覚に近いと思います。当時も、コンピューターが普及し始めていたにもかかわらず、数学教育はほとんど変わっていませんでした。そうした状況を見て、コンピューターを活用する応用数学を学び、その重要性を広げていきたいと思うようになりました。

 

もちろん、教師の道を諦めたわけではありません。むしろ、しっかり勉強して大学教員になり、教員を目指す学生たちに、そうした考え方を伝えたいと思うようになりました。現在所属している理工学部でも、数学や情報の教員免許を取得できます。そうした環境の中で、単に数学を教えるだけでなく、数学とコンピューターを結びつける応用数学の重要性を伝え、学生たちがその視点を教育の現場にも広げていけるようにしたいと考えています。

 

その思いの背景には、数学を学ぶこととコンピューターを使いこなすことを、別々のものとしてではなく、互いに結びついたものとして伝えたいという問題意識がありました。教員を目指す学生たちに応用数学の重要性を伝えるためにも、まずは数学とコンピューターの間にある隔たりを見つめ直す必要があると考えていました。

 

情報やコンピューターを専門とする人たちは、実は数学を苦手としていることが少なくありません。一方で、数学を専門とする人たちは、コンピューターを敬遠する傾向があります。この二つを何とか融合させなければ、今後の日本は厳しくなるのではないかと、漠然と感じていました。

 

日本は世界的に見ても、数学力の水準は非常に高い国です。しかし、数学に強い人たちが、必ずしもコンピューターに強い関心を持っているわけではありません。逆に、コンピューターを使いこなす人たちは、数学の理論よりも、目の前のものづくりに関心が向きがちです。そこに大きな隔たりがあります。だからこそ、数学とコンピューターを結びつける必要があると、当時から考えていました。

 

200人に一人か二人しかコンピューターを持っていなかった時代に、皆本先生はすでに使われていたのですね。

 

そうですね。中学生のときに、親に頼み込んでコンピューターを買ってもらったことが大きかったと思います。中学二年生の頃だったでしょうか。

 

―それが、数学とコンピューター、さらに数学とAIをつなぐ応用数学への第一歩だったのでしょうか。

 

そうですね。コンピューター上で、アニメのキャラクターをグラフィックスとして描画していました。当時、グラフィックスを扱うのはかなり大変でした。何しろ、すべて自分でプログラムを組まなければなりませんでした。しかも、参考になる本もあまりありません。たとえ本を読んでも、数学の部分でつまずいてしまうのです。たとえば「図形を回転させる」と言われても、中学生がすぐに理解できる数学ではありませんでした。そうした経験を通じて、コンピューターを操作するためにも数学の知識が必要だと痛感しました。開発者との距離が近くなるという意味でも、中身を知ろうとする機会があったことは、私にとって大きかったと思います。

02

正しい努力と失敗からの学びで、結果を出せる人財へ

―ここまで、皆本先生の研究者としての原点について伺いました。次に、教育理念として掲げておられる「良識ある結果の出せる人財育成」についてお聞かせください。

 

「人材」の「材」ではなく「財」を使っているのは、人を社会にとって価値ある存在として育てたいという思いからです。周囲に悪い影響を与える「罪」ではなく、周囲に良い影響を与えられる「財」になってほしい、という意味を込めています。

 

最近の学生を見ていると、「とにかく努力すればよい」と考えてしまうところがあるように感じます。結果が出なくても、「努力しているのだからよいだろう」と、ひたすら一生懸命取り組む人もいます。しかし、成果につながる努力でなければ、どれだけ時間をかけても目的地にはたどり着けません。例えば、「北に向かって走れ」と言われているのに南へ走ってしまえば、どれだけ努力しても目的地には着きません。同じように、「野球がうまくなりたい」のにサッカーの練習ばかりしていても、望む結果にはつながりにくいでしょう。だからこそ、結果を意識しながら、正しい方向に努力することが重要だと考えています。

 

正しい方向に努力できるようになるためには、導いてくれる人の存在も必要です。また、他者へのリスペクトも欠かせません。「結果さえ出せればよい」「他人を受け入れなくても、結果を出せばよい」という考え方では十分ではありません。常識ある人間として相手を尊重しながら、結果を意識して行動することが大切です。その結果が成功であっても失敗であっても、そこから学び、次につなげることに意味があります。

 

例えば、成功する可能性が1%しかないのであれば、悩み続けるよりも、早く99回失敗した方がよい場合もあります。だからこそ、学生によく伝えているのが「Fail First」です。つまり、早く失敗することです。これはビジネスの現場でもよく言われています。Fail Firstで進めると決めたなら、できるだけ作業量を減らし、早く検証することが大切です。あわせて、「Be Lazy」、つまり無駄な作業を減らし、最小限の労力で最大限の成果を目指す姿勢も大切です。結果を意識しながら、正しい方向に努力してほしいと考えています。

 

努力しただけで満足してしまう人もいます。また、時間に余裕があると、やらなければならない仕事があるにもかかわらず、つい別のことに時間を使ってしまうこともあります。さらに、そうした行動を正当化する言い訳を作ってしまいがちです。そうではなく、正しい方向を定めたら、きちんと計画を立て、どんどん前に進むことが大切です。とにかく行動してほしいという思いを込めて、この言葉を使っています。

 

―「良識ある結果の出せる人財」を育成するうえで、手ごたえはいかがですか。

 

手ごたえとしては、半分ほど伝われば十分だと思いながら取り組んでいます。ただ、こうした思いは言い続けなければ浸透していきません。学生を見ていると、年々、困難なことを避けようとする傾向が強くなっているようにも感じます。また、スマホの通知などに反応して無駄に時間を費やし、本来向き合わなければならないことから目をそらしてしまう傾向も見られます。そのため、真正面から向き合ってくれる学生は、以前より少なくなっているように感じています。

 

一方で、「安心して失敗できる」と伝えると、前に進める学生もいます。だからこそ、失敗を恐れずに挑戦できる雰囲気をつくりながら、こうした考え方を繰り返し伝えていくことが大切だと思っています。

 

―理念を繰り返し言葉にすることには意味があるのですね。日本でも、「サッカーのワールドカップで優勝する」と言い続けてきたからこそ、未来が開けてきた面があるのかもしれません。

 

稲盛和夫氏の著書や京セラフィロソフィを見ても、理念や哲学を繰り返し伝え、日々の行動の中で実践していくことの重要性がよく分かります。考え方や価値観は、一度伝えただけで浸透するものではなく、仕事や生活の中で実践されてこそ、少しずつ共有されていくものです。だからこそ、理念を言葉にし、伝え続ける意味を何度も確認しながら、粘り強く実践につなげていくことが大切だと思います。

03

AIを使うだけで終わらないために、数学の原理を学ぶ

ラベンダー畑の奥に一本佇む、ハートの形に見える緑の木と遠くの山並み

20249月に著書『スッキリわかる数理・データサイエンス・AI』(近代科学社)を出版されました。執筆の意図をお聞かせください。

 

71gRAre76OL._AC_AIweblab1378949,T3_FMavif_SF480.0,480.0_PQ65_

 

今や、データサイエンスやAIに関する書籍は数多く出版されています。ただ、私から見ると、実践的な使い方に重点を置いた本が多いという印象があります。プログラムを組めばすぐに動かせる、どう使えばよいかが分かる、という内容の本は世の中に多く出ています。そのため、「使う」という点ではそれほど問題はないでしょう。しかし、「その原理を知っていますか」と問われたときに、答えられる人はまだ少ないように思います。多くの人が原理を理解しないまま使っている状況には、強い危うさを感じています。

 

薬でも、使用上の注意を読まずに飲むと怖いですよね。だからこそ、データサイエンスやAIの背後には数学的な原理がある、ということを意識してもらいたいのです。原理が分かれば、他の分野にも応用しやすくなります。逆に、原理を知らずに使っていると、そのツールがなくなった途端に何もできなくなってしまいます。原理を理解していれば、自分で別の方法を考えたり、独自のライブラリを作ったりすることも可能になります。

 

とにかく、原理を知ってほしい、理解してほしいという思いで書きました。正直なところ、一般向けに広く売れる本ではないかもしれないと思いながら書いた本でもあります。それでも、原理をしっかり理解したい、身につけたいと考える人が一定数出てこなければ、技術全体の底上げはできません。特に、地方大学の学生にも原理を知ってもらい、それを少しでも改良できる力を身につけてほしいと考えました。

 

昔、日本が明治維新で成功した理由を考えると、和算、つまり江戸時代以前に国内で独自に発達した数学が全国的に普及し、数学を楽しむ文化が定着していたことも大きかったのではないかと思います。当時は、おそらく十歳前後の子どもでも、現在の高校生が取り組むような問題に挑戦していました。そうした数学的な土台があったからこそ、日本は西洋の文化、とりわけ数学を比較的早く理解できたのではないでしょうか。現代においても、数学の力を底上げする取り組みが必要ではないか。そうした思いで、この本を書いています。

 

世の中はどんどん進歩していきます。ただ、すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなることもあります。だからこそ、原理原則をきちんと理解しておくことが重要です。その理解の延長線上に、さまざまな技術が生まれてくるからです。

 

私自身は、表紙の印象からこの本を「黒本」と呼んでいます。実際に読んでいただくと、最後の章は「RNN」で終わっています。「RNN」とは再帰型ニューラルネットワークのことで、深層学習モデルの一種です。特に時系列データの処理に強みがあり、過去の情報を未来の予測に生かすことができます。

 

その先に、現在の生成AIの基盤技術であるトランスフォーマー(Transformer)があります。RNNの限界が意識される中で、系列データを扱う新たな枠組みとしてトランスフォーマーが登場しました。そうした技術の流れを知らずに、いきなり生成AIを使っても、「なぜうまく動いているのか」は理解しにくいでしょう。何かよく分からないけれど、うまくいっている、という感覚にとどまってしまいます。だからこそ、できるだけ数式を避けず、原理を正面から説明しようと思って執筆したのが、この本です。私が底上げしたいのは、数学分野そのものというより、情報分野に携わる人たちの応用数学的な素養です。情報分野においても数学は欠かせません。その理解の水準を高めることが、日本の技術力の底上げにつながる。そうした思いが強くあります。

 

―第14章でRNNを取り上げられているのは、生成AIへとつながる技術の流れを理解してもらうためでもあるのですね。

 

そうです。RNNの欠点を克服するために登場した技術が、2017年に発表されたトランスフォーマーです。現在のChatGPTで使われる「GPT」の「T」も、このトランスフォーマーの「T」を指しています。

 

そのため、RNNの問題点を理解したうえでトランスフォーマーを学ぶと、現在の技術も理解しやすくなります。逆に、両者をまったく別の技術として捉えてしまうと、「なぜそのような発想に至ったのか」が見えにくくなってしまいます。

04

「デジタル小作人」にならないために、原理を知る

―同書は大学の教科書として構成されていますが、データサイエンスを学びたい社会人にも役立つ書籍と考えてよいでしょうか。

 

データサイエンスの技術的な内容を深く知りたい方には、役立つ本だと思います。単に手法を紹介するだけでなく、「どういった点に注意すべきか」という使用上の注意も意識して書いています。また、四択問題なども入れ、全体を把握しながら学べるように工夫しています。

 

データサイエンス・AIの数学的な内容を詳しく説明し、紙と鉛筆だけで取り組める問題を多く配置した教科書です。各手法については、アルゴリズムを学習と予測に分けて明示し、一般的な数学の教科書と同じように、概念の説明、例、問という流れで構成しています。紙と鉛筆で実際に手を動かしながら学べることが、一つの特徴です。

 

―同書を通じて、皆本先生が読者に最も伝えたかったことは何でしょうか。

 

やはり、背景にある仕組みを理解しないまま、表面的な使い方だけをなぞっていては、「デジタル小作人」で終わってしまう可能性が高い、ということを伝えたかったのです。

 

―「デジタル小作人」という言葉については、後ほどもう少し掘り下げて伺います。まずは、原理を知らないままAIの表面的な魅力に引かれたり、AIブームに乗って理解したつもりになったりしている人も少なくない、ということでしょうか。

 

そういう人もいると思います。やはり怖いのは、AIへの向き合い方が、カジノや宝くじに飛びつく感覚に近づいていないかということです。良さそうな宝くじが出たから買ってみる。カジノで儲けられそうだから参加してみる。けれども、仕組みを理解しないまま参加していれば、実際にはお金を吸い取られているだけだった、ということにもなりかねません。AIについても、それと同じように、便利そうだから使ってみる、流行しているから導入してみる、というだけでよいのかを考える必要があります。そこが問題なのです。

 

もちろん、だからといってAIを使うこと自体を否定しているわけではありません。重要なのは、仕組みや限界を理解したうえで、どの範囲なら使えるのかを見極めることです。「これはうまくいく」「これはうまくいかない」と分かったうえで、試行的に使うのであれば問題はありません。ただし、それに社運を賭けるとなると話は別です。AIを使うべきではない場面で安易に使ってしまうと、かえって大きな損害につながりかねません。

 

その意味で、先ほどの「デジタル小作人」の話にもつながります。既存のAIサービスを使う側にとどまっている限り、立場は大きく変わりません。カジノの客はあくまで客であり、最終的に儲かるのは胴元です。宝くじも同じで、基本的に仕組みを作っている側が強い。いくら「数億円当たります」と言われても、それは一時的な幸運に過ぎません。AIでも、誰かが用意した仕組みを使っているだけでは、新しい価値を生み出す側にはなかなか回れないのです

 

もちろん、何も考えずに参加するよりは、カジノでもリターンを得られる可能性を少しは高められるかもしれません。しかし、平均的な期待値で見れば、基本的に客が有利になる仕組みではありません。期待値という考え方を知り、その背景にある理論を理解していれば、「これにはこれだけのリスクがある」と、ある程度は見通せます。AIについても同じで、仕組みや限界を理解していれば、どこまで任せてよいのか、どこからは人間が判断すべきなのかを見極めやすくなります。そこを理解しないまま、「AIなら何でもできそうだ」という印象だけで使っていると危険です。「ビットコインが儲かりそうだからやってみる」という投機的な判断と同じになっていないか。そこに強い怖さを感じています。

05

AIの判断を見極めるために、数学とデータを学ぶ

紅葉した秋の木々の下で、デニムジャケットを着て本を開きページをめくる人の手元

―改めて、AIを学びたい、理解したい、さらに深めたいと考える方に向けて伺います。AIを理解するうえで、数学的な背景や原理を学ぶことは、なぜ重要なのでしょうか。

 

数学的な背景や原理を理解していれば、AIの中で何がどのように動いているのかを、ある程度把握できます。例えば、AIが何らかの審査や判定に使われ、「あなたは不採用です」といった結論が示された場合を考えてみてください。そのときに、単に「AIがそう判断しました」と言われただけで、当事者は納得できるでしょうか。

 

本来であれば、どのような判断基準に基づいてその結果が出たのか、どのような手法で出力されたのかを説明できる必要があります。AIモデルは数学的な仕組みに基づいて作られますが、そのモデルを学習させるのはデータです。したがって、学習に使ったデータに偏りがあれば、モデルの出力にもその偏りが反映されます。この関係を理解しているかどうかが重要です。

 

例えば、コイントスを考えてみてください。表が出る確率は50%だと、多くの人は理解していると思います。これは、コインが公平に作られており、表と裏が同じ確率で出るというモデルが妥当である、という前提に立った話です。ところが、歪んだコインから得られた偏ったデータを学習したモデルがあれば、「表が出る確率は90%です」と出力してしまうかもしれません。

 

人間であれば、経験的に「それはおかしい」と気づける場合があります。しかし、AI自身が、データが間違っている、あるいは偏っていると判断できるわけではありません。だからこそ、データの正しさや、バイアスがかかった形で入力されていないかを、人間が見極める必要があります。データの偏りはそのままモデルに反映され、AIの判断にも影響します。そのことを数学的にも理解しておくことが、AIを正しく使うための前提になるのです。