京都橘大学工学部学部長・教授
松原 仁 氏
PROFILE
工学博士。1959年、東京都生まれ。1986年東京大学大学院情報工学専攻博士課程修了。
通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)研究員、
2000年より公立はこだて未来大学教授、
2020年より東京大学教授を経て、2024年より京都橘大学工学部教授。2025年より同学工学部学部長。
第15代人工知能学会会長(2014-2016)、情報処理学会副会長を歴任。
AIUEO(Artificial Intelligence Ultra Eccentric Organization:AI超変態集団)の中心メンバー。
著書に、『鉄腕アトムは実現できるか?』(河出書房新社)、『将棋とコンピュータ』(共立出版)、『AIに心は宿るのか』(集英社インターナショナル)、『文系のためのめっちゃやさしい人工知能』(ニュートンプレス)、『やさしくわかる!文系のための東大の先生が教えるChat GPT』(ニュートンプレス)などがある。
【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】
①生成AIの急速な進化に戸惑いながらも、教育や仕事のあり方を模索している教員の方
②AIを業務に活用しているが、リテラシーや責任の所在に不安を感じているビジネスパーソン
③ロボットやAIに夢を抱きつつ、自分は文系だからと距離を置いてきた学生・社会人
【前編のエッセンス】
松原先生は、AI研究を軸にスポーツ情報学や観光情報学へと領域を広げてきた。カーリングAIから始まり、京都ではオーバーツーリズムの課題解決に挑む。AIは産業効率化だけでなく、人の心を豊かにする力を持つとの信念のもと、創造性の研究や映画脚本にも挑戦。さらに2026年開設の京都橘大学工学部ロボティクス学科では、最先端AIとロボットを融合し、「何をさせたいのか」から発想する教育を掲げる。技術と人間の幸福を結びつけることが、研究と教育を貫く理念である。
【前編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
AIは産業発展の道具にとどまらず、スポーツや観光を通じて人々の心を豊かにする可能性を持つ存在である。
キーメッセージ②
創造性は特別な才能ではない。理にかなった能力であり、生成AIも「それなりに」創造性を発揮できる。
キーメッセージ③
ロボティクス教育では「何を作るか」より先に「何をさせたいか」を問う姿勢が、未来の人材を育てる。
01
スポーツと観光を進化させるAI研究――幸福を広げる新たな挑戦
―松原先生が現在取り組まれているご研究内容と、その研究に込められた想いを簡単にご紹介ください。
わかりやすく言いますと、一貫してAIの研究を手掛けています。ただし、具体的なテーマは色々と変遷しています。良く言えば、新しいことに興味を持っているというか…。浮気性という言われ方もします。
京都橘大学には2年前に赴任して来ました。その頃から取り組んでいるのが、スポーツ情報学(スポーツに関する情報を体系的に分類・整理し、データを活用してスポーツの発展に寄与する学問)です。情報処理学会(情報処理分野における最大の学会)にそういう研究会を作っていて、私はその主査を今務めています。
個人的にもスポーツAI、すなわちAIを使ってスポーツを進化させる、例えばプレイヤーやチームのレベルを上げるのもそうですし、観客にとってスポーツをより楽しみやすいものにする研究もしています。
元々、函館にいた時に北見工業大学のAI研究者とカーリングの研究をしていました。今でも続けているのですが、その頃から「スポーツって面白いテーマだな」と思っていました。どうしても、AIは産業を豊かにすることに目が向きがちです。やはり物質的な幸せから心、精神的な幸せに移っていく中で、スポーツがその象徴だと思っています。スポーツAIが世の中に直接役に立つわけではないものの、皆を幸せにするという意味では「非常に素晴らしいな」と思って取り組んでいます。
京都橘大学はサッカーやバレーボールが強いので、大学のスポーツ全般の研究を通じて学生のパフォーマンスがより高まっていけるようサポートできればと思っています。我々から見ると、データがもらえる舞台でもありますから、今スポーツ AIを結構一生懸命に研究しています。
もう一つは、観光情報学(観光と情報技術の融合を通じて観光サービスのデザインや改善を目指す新しい学問領域)です。元々観光情報学と言って、観光情報技術を用いてより良くしようという研究がありました。以前、私がいた函館が観光の街だということもありましたが、今回はせっかく京都に来たので取り組んでみようと思いました。京都では、オーバーツーリズム(観光客が特定の地域に過度に集中することで、地域住民や環境、観光体験に悪影響を与える現象)が最近騒がれています。関係者の話も聞きやすくなりましたし、データも取りやすくなったということもあって、こちらに来てからはオーバーツーリズムの研究も始めています。
これは、面白い研究テーマなのですが、そう簡単には良くなりません。実際にこういう活動をしたから、オーバーツーリズムが解消できたというわけではない領域です。しかも、ステークホルダーが沢山います。それでも、京都を題材にしながら、なるべく多くの人が幸せになる形でオーバーツーリズムを解消していける施策を考えることに、今興味を持っています。最近だとその二つですかね。
02
創造性はAIに宿るのか――映画脚本生成にも挑む
―松原先生は、函館にいらした2015年ぐらいからカーリング AI の研究に着手されました。京都にいらしてからはオーバーツーリズムですか。それぞれの赴任地に合ったテーマを研究されてらっしゃるのですね。松原先生ご自身は、学生時代にバスケットボールにかなり熱中されていらしたとお聞きしています。
学生時代は中高でバスケット部、大学でサークルに在籍していました。本当に強かったのは中学の時です。一応レギュラーでした。チームとしても東京大会で優勝し、全国大会に出場しました。だから、中三の時はバスケット命みたいな日々でした。まさに、生活の中心がバスケットでしたね。
―松原先生は、持続可能な国際競技力向上のための施策に関する評価検討会~AI からの視点」ということで、AI の活用をご提案されておられます。
たまたま意見を求められ、AIの専門家として出席しました。やはり、海外はデータの利用が進んでいます。代表的なのは、ヨーロッパや米国です。それに比べて、日本は一般論として「AIを使おう」と言ってくれてはいるものの、実際にデータを集めて分析するという段になるとまだ組織的に成されていません。なので、これからもっと強化していくためには何が必要になってくるのかという話をしました。
実は、ミラノ・コルティナ冬季五輪でフィギュアスケートやスノーボードなどの種目で日本人選手が大活躍しました。練習では、AIを搭載したカメラやセンサーが用いられていたと聞いています。最先端のテクノロジー活用が、メダル量産につながったと言って良いでしょう。
03
2026年始動、AIロボティクス教育の挑戦と人材育成構想
―先生は、これまで「きまぐれ人工知能プロジェクト」や「TEZUKA2020、2023」など、さまざまなプロジェクトを通じてAIが創造性を発揮することは可能との問いに挑んでこられました。その問いに対する答えは得られましたか。
答えが得られたかというと、まだ道半ばです。元々、仮説としては創造性が特殊な能力ではなくて、人間が多かれ少なかれ持っている能力であって、AIも「それなりに」対応できるのではと考えたのがきっかけです。「それなりに」というのは、天才画家のピカソのような絵を描くとか、クラシックの大家であるベートーヴェンのような音楽を作曲できるかどうかは別として、普通の意味での創造性は、AI にも持てるのではということです。そう思って始めました。
自分の研究成果だけではないですが、最近の生成 AI の能力を鑑みると創造性というのは、仮説通りだと判断しています。すなわち、人間が普遍的に持っている能力であって、別に神がかった能力ではなく、ある種の理屈に基づいて動いている能力だと言えます。理屈に基づいている限りは、AI も「それなりに」できるはずです。事実、今AI もかなり創造的なことができるようになって来たと思っています。
―ちなみに松原先生は、今まで沢山のプロジェクトを経験されていらっしゃいます。AIが創造性を発揮するという観点で、次はどんなことをお考えですか。
そうですね。脚本家の研究をベンチャー企業と一緒に進めています。具体的には、映画の脚本づくりです。試験的に短い映画は、一応 AIが生成した脚本をもとに作りました。コロナ禍の最初の頃です。今回は、もう少し本格的なレベルになります。ハリウッドでも、生成 AI を使った映画を作るという話が持ち上がっているようです。多くのお金が動くことなので、我々が作ったからといって、映画会社に採用してもらえる保証はないのですがね。それでも、我々のAIで作った脚本が元になって、商業映画ができると素晴らしいのではと思っています。
04
学部長として描く未来像――AI時代の工学部最前線
―小説、マンガ、次は脚本、映画の世界と、松原先生は常にチャレンジを続けておられますね。挑戦という意味で捉えて良いのかわかりませんが、2026年4月には京都橘大学工学部ロボティクス学科が開設されます。今はまさに準備の佳境なのではないですか(取材は2月に実施)。
今はまさに佳境です。 ロボティクス学科が入る建物は、8階建ての大学のビルです。そのうちの 2フロアを利用することになっています。もう建物は、ほぼ出来上がり、2月中に大学に引き渡される予定になっています。3月中旬には私もそちらの建物に引っ越します。教員が決まり、入学試験も進められており、4月からは授業がスタートします。いよいよ本番だなという感じですね。
―改めて、京都橘大学工学部ロボティクス学科の概要と育成したい人材像をご紹介ください。
ロボットと言うと機械工学がベースになっています。もちろん、そういうことも勉強してもらいますが、今世の中に AI ロボティクスという言葉が出て来ていて、進歩した AI、特に生成 AI などのディープラーニングなどの AI をロボットに乗せて、私が夢としてずっと描き続けて来た鉄腕アトムを実際に作れるのではないかという時代になっています。まさに、AI を搭載したロボットを作るというAIロボティクスが盛んです。
我々の大学では、もちろんロボティクスを学びますが、最先端のAIを学んで作ることもさることながら、作り方、賢くなったロボットに何をさせるかを考察していきます。そういうアイデアは、ロボット系の人間からはあまり出て来ません。取り敢えず作ることを優先してしまい、作ってから何に使うのかを考えたりしてしまうからです。それも悪くはないのですが、やはり最初から考えようというのが我々のスタンスです。「ロボットに何をさせたいのか」。それを若い人のアイデアで導き出していきたいのです。
あとは、とかくロボティクスというと男子学生ばかりなのですが、女子学生にもある程度入って来てもらいたいです。女性のアイデアや文系のアイデアなどを加味した上でロボットを開発していきたいと思います。ロボットのソフトと言えばソフトなのですが、人間とその作っていくロボットがどう関わるか。そこにロボティクス学科は焦点を当てて、それで新しいタイプのロボットの使い方を世の中に示していければと願っています。学生もそういうのを学んで、社会に出て行ってほしいというふうに思います。
―実際に、女子学生も受験してくれていますか。
やはり厳しいです。余談ですが、僕は東大の大学院でロボットの研究室に在籍しました。東大の機械工学科は明治時代に誕生したのですが、以来百年近く女子学生がゼロだったんです。僕が大学院の時に初めて一人進学して来ました。最初の授業では皆が覗きに来たので、先生が「お前ら何でいるんだ」と注意していましたよ。それぐらい珍しかったということです。
最近少しは増えて来たようですが、それでもなかなか難しいですよね。機械工学科だと油まみれになるというイメージが強いのでしょうか。昔と比べると来てくれるようになったとはいえ、もう少しアピールしなければいけないと思っています。
―それにしても、工学部ロボティクス学科を含め京都橘大学の教授陣の顔ぶれは豪華ですね。
そうですね。工学部にはロボット工学の第一人者・石黒 浩氏(大阪大学教授)が、そしてロボティクス学科と同様に2026年4月に開設されるデジタルメディア学部では、ゲームAIの革新者・三宅陽一郎氏(東京大学特任教授)、バーチャルリアリティの領域で著名な人間拡張工学の旗手・稲見昌彦氏(東京大学教授)、ゲーム業界のトップランナー・松原健二氏(ロングフェロー代表取締役社長)らが客員教授として参画します。いずれも、知り合いなので、僕がお願いしました。
―現在、松原先生は工学部の学部長も務めておられるのですね。
実は赴任した時は京都橘大学工学部情報工学科教授、情報学教育研究センター長でしたが、1年前に学部長になりました。この年齢で再雇用される時にずっと「平」というのはないので覚悟はしていました。