滋賀大学 学長
竹村 彰通氏
PROFILE
1952年、東京都出身。東京大学経済学部経済学科卒業後、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、米スタンフォード大学統計学部博士課程を修了。同大学統計学部客員助教授、東京大学経済学部助教授・教授、同大学大学院情報理工学系研究科教授などを経て、2015年滋賀大学データサイエンス教育研究推進室長。2016年同大学データサイエンス教育研究センター長・教授、2017年同大学データサイエンス学部学部長。2022年から現職。また、2002年9月~2004年9月には日本統計学会理事長を、2011年1月〜2013年6月には日本統計学会会長を務めた。『データサイエンス入門』(岩波新書)や『教養としてのデータサイエンス』(講談社)など、著書・共編著多数。2026年3月に出版された『生成AIを活用したデータサイエンス入門―実例で学ぶ教科書』(学術図書出版)では、監修を担った。
【後編のエッセンス】
生成AIの進化によって、データサイエンスはプログラミングの壁を越え、誰もが活用できる時代を迎えた。竹村学長が監修した教科書も、生成AIを前提にした新しい学び方を提案している。しかし、AIはあくまで道具であり、分析結果を正しく読み解く力や倫理観は人間に求められる。企業においても、独自の知見や技術継承はAIだけでは代替できず、専門人材の役割はむしろ重要になる。AI時代のデータサイエンティストには、技術力以上に課題設定力や問題解決力が求められる。竹村学長は、若い世代に対し「AIに負けない気概を持ち、自らの専門性を磨いてほしい」とエールを送った。
【後編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
生成AIによりデータ分析のハードルは大きく下がり、教育の在り方も変わり始めている。
キーメッセージ②
AIは万能ではなく、企業固有の知識や判断には人間の専門性と倫理観が欠かせない。
キーメッセージ③
AI時代に求められるのは技術力よりも課題設定力と問題解決力である。
01
プログラミング不要の時代へ──生成AIが変えるデータサイエンス入門
―2026年3月には、竹村先生が監修された『生成AIを活用したデータサイエンス入門―実例で学ぶ教科書』が出版されました。こちらは、2026年度に新規開講されたリベラルアーツ科目「生成AIによるデータ分析」の教科書として使用されているとのこと。どういった内容の書籍なのでしょうか。

一番のポイントは、プログラミング不要でデータサイエンスを使えることです。画期的だと思います。今までのデータサイエンスは、どうしても「プログラムとしてはPython のプログラムを使ってください」などとプログラミングが必要でした。
しかし、今やChatGPT(有料版)だと、「このデータをこういう風に分析してください」と頼むと、何らかのプログラムが背後で動いてくれるので、利用者側がそのプログラミングをダウンロードして、それを使って動かすことが不要になりました。
その辺りのハードルがすごく下がったことで、文系の学生もプログラミングを習わなくても、自分の興味のあるデータがあれば、ChatGPTを使って分析できてしまいます。ですから、データサイエンスの入門段階でのハードルがすごく下がっています。
そういう意味では、データサイエンスの教え方や使い方が大きく変わっていこうとしています。そのことを前提として教科書にしたので、プログラム例が一切ないデータサイエンス入門の教科書として構成されています。
もちろん、さまざまな事例を題材としてデータサイエンスを勉強するという類の本は今までもあったのですが、どうしてもプログラム例が入った教科書が多かったと言えます。そこが不要になったということで、私としては非常に画期的な教科書であると思っています。
02
企業知と現場知をいかに残すか──AI時代の知識継承と人間の役割
―経済安全保障という観点から少し深掘りさせていただきたいのです。学生の皆さんに対しては、データサイエンスとしてデータ活用する際のリスクに関する教育もされるのですか。
そうですね。情報倫理については、学部でも大学院でも必ず教育するようにしています。
―倫理も教育するわけですね。
そうですね。
―リテラシー教育だけではなくて、倫理面からもアプローチして人材を育てているのですね。私自身が興味を持ったのは、『生成AIを活用したデータサイエンス入門―実例で学ぶ教科書』のデータ分析のプロセス、統計基盤の章で問題(Problem)を定義して、計画(Plan)し、データ(Data)を収集し、分析(Analysis)し意思決定(Conclusion)するという PPDACサイクル(※)を回していくところです。昨今は、ヒューマンイン・ザ・ループ((HITL:AIによる自動化プロセスの中に、意図的に人間の判断、評価、修正を組み込む仕組みやアプローチ)と言って、人がどこかで介在していくという考え方があると思います。AIが高度化してくると、このサイクル自体も AI 自身が自己解決してどんどんやっていくようになるかもしれません。竹村先生、ここに対してどのように人間が関わっていくべきだと思いますか。
そうですね、最近はAIが賢くなったら人間は要らなくなるという議論が盛んですね。確かに、2、3年前だったら夢物語だったと思いますが、昨今は状況が大きく変わって来ています。
※PPDACサイクル:データ分析に特化したモデルのことで、①Problem(問題提起)、②Plan(計画の策定)、③Data(データの収集)、④Analysis(データ分析)、⑤Conclusion(結論・意思決定)の5つのプロセスから構成される。①Problemから順に開始するが、場合によっては①から⑤のサイクルを何度も繰り返す。
―おっしゃる通りです。
その通りだと思うのですが、ただ、実際に企業の中の特定の課題、あるいは企業秘密に関わる部分、例えば材料系の企業であれば、その企業が用いている材料について非常に詳しい現場の知識があったりします。そういうものは企業秘密ですから、データとしてインターネットにあるわけではありません。
―そうですね。
生成AIがまだ知らないと思います。そのために、一般の形ではなく、生成AIのシステムだけを持ってきてデータを社内に閉じた形で使っていくことが大事だと思います。ただ、それもChatGPTなどの外国のもので良いのかという問題があります。
例えば、ChatGPTには企業版があります。そういうものを利用していくにしても「不安だ」とか、そういうところもあると思います。しかし競争力の観点から、各企業固有の、本当に根幹を成すところでも生成AIを使っていかないといけません。
今日本ではベテランがどんどん退職しています。そうすると、その人の知識が失われていきます。なぜなら、若い人が減っているからです。それも踏まえると、企業内で生成AIを利用することも大事になって来ます。そのような利用においては、どうしても現場の人が絡まないといけません。ベテランがいなくなったが、全部を生成AIに教えたから「それで良い」というわけにもいきませんからね。
だから、この辺りはいかに専門性を残せるかに掛かって来ます。一般的なことであれば、生成AIに聞けば良い時代になると思います。ただ、企業の根幹に関わる領域に関しては、どうしても人間が関わってくる気がします。一般の生成AIが専門知識を含めて、神様みたいにあらゆることを知っているということにはならないでしょうから、ローカライゼーションが必要になってくると思います。
―AIローカライゼーション(AIを活用してコンテンツ、製品、サービスを現地の市場に合わせて調整すること)ですね。
それが、大事になってくると思います。
―日本企業が守っていかないといけない知識承継は必然だと思います。結局労働人口はどんどん低下していて、もうほぼ再雇用という形です。今日本企業の99%が中小企業で、製造企業もその半分ぐらいを占めています。製造業が元々日本の強みです。このノウハウがこのまま承継されなかったら、本当に日本企業、そして日本の国力が弱まってしまいます。
同感です。
―そういえば、この本の冒頭部分に竹村先生がお書きになられた監修者の言葉が載っています。その中で印象的だったのは、「生成 AI はあくまでも道具であり、学習者自身がデータの性質を正しく理解し分析結果を適切に読み解く力を身につけなければならない」という一節でした。
その通りですね。やはり、AIが 賢くなりすぎて、AI が言っていることが正しいのではないかと思い込んでしまう場面も増えて来ています。そこら辺りは、人間の方がもっと勉強して賢くならないといけないです。
03
AIに負けない専門性を磨こう──次世代データ人材へのメッセージ
―貴学は、学生に対し生成AIの原理に関する理解や技術の限界に関する最新の知見を提供されています。AI時代におけるデータプロフェッショナル、データサイエンティストに求められるスキルやマインドをお聞かせいただけますか。
その辺りは、データサイエンティスト協会でも盛んに議論していると思います。プログラムを書ける、手法を実装するというスキルよりも、生成AIを前提として課題を設定し課題を解決していく、そういう方に重点が移っている気がしています。
それゆえ、データサイエンティストもプログラマー的なイメージではなくて、課題解決のために、データサイエンスの手法がこう使える、その時にAI を道具として使う、そういうふうなイメージに変わっていると思います。
AI を使うと誰がやっても同じ、となってしまっては困ります。AIもかなり精度が上がっているとはいえ、専門的なところや細かいところでは不十分な点があります。ですから、現場で専門性が高い問題に取り組む場合には、かなり高い技能が求められると思います。そのレベルまで成長しなければいけません。なかなか大変ですが、そういうところを求められる時代になって来ていると思います。
学生の教育もAI 前提となるのですが、AIをどうやって使いこなして問題解決につなげていくかみたいなことを教育していく時代になっていると思います。
―最後に若い世代がAIと共生するために、これから身につけるべきマインドセットを一つ挙げるとすると、竹村先生は何をお勧めしますか。
AI に負けない気概を持つことです。普通のこと、一般的なことに関してAIはとても賢いので、それでめげてしまうかもしれません。自分の専門性を上げていくと、AIが必ずしも全部を知っているわけではないことに気づきます。だから、上手く使い分けてほしいです。
―実際、学部一年生の方のAI リテラシーはいかがですか。
結構高いですよ。学内でAI のコンテストを開催していますが、一年生がかなり良い成績を出しています。やはり、若い人の頭は柔軟ですね。世代的には、AIに対する抵抗感はないと思います。
―今の大学生たちは、デジタルネイティブの世代ですからね。もう生まれた時からデジタルに囲まれて育って来ています。
そうですね。
―ただ、まだまだ未熟な面もあります。それだけに、リテラシーをつけないといけない気がします。今後も、貴学でのデータサイエンス教育を注目していきたいと思います。竹村先生、今回は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
【編集後記】
生成AIを巡る議論は、しばしば「AIが人間の仕事を奪うのか」という二項対立に陥りがちである。しかし、本インタビューを通じて印象的だったのは、竹村学長が一貫して「AIは道具であり、人間の学びや専門性の価値は失われない」と語っていたことである。
実際、生成AIは膨大な知識を瞬時に提示し、分析や文章作成を支援してくれる。しかし、その結果を評価し、課題を設定し、最終的な意思決定を行うのは依然として人間である。だからこそ、統計学やデータサイエンスの基礎を理解し、自ら考える力を養うことの重要性はむしろ高まっていると言える。
日本初のデータサイエンス学部を立ち上げた滋賀大学の歩みは、日本社会がデータ活用へと舵を切ってきた歴史そのものでもある。AI時代の到来はゴールではなく、新たなスタート地点である。本稿が、データとAIの可能性を正しく理解し、自らの専門性を磨くきっかけとなれば幸いである。