神奈川大学 情報学部 システム数理学科 教授
山口 高平 氏
PROFILE
2023年4月~現在:神奈川大学, 情報学部 システム数理学科, 教授
2017年10月から現在:放送大学, 客員教授
2013年11月~2026年3月:独立行政法人科学技術振興機構(JST), 研究開発戦略センター(CRDS) (特任フェロー)
2022年4月~2023年3月:慶應義塾大学, 新川崎タウンキャンパス, 共同研究員
2015年4月~2020年3月:慶應義塾大学, 先導研「人工知能・ビッグデータ研究開発センター」, センター長
2004年4月~2022年3月:慶應義塾大学, 理工学部管理工学科, 教授
1997年4月~2004年3月:静岡大学, 情報学部情報科学科, 教授
1995年10月~1997年3月:静岡大学, 情報学部情報科学科, 助教授
1996年3月~1996年9月:南カリフォルニア大学, 情報科学研究所, 研究員
1989年4月~1995年9月:静岡大学, 工学部情報知識工学科(平成6年10月より知能情報工学科に改名), 助教授
1984年4月:大阪大学, 産業科学研究所電子機器部門, 助手
【後編のエッセンス】
AIは特定分野にとどまらず全産業へ浸透しているが、生成AIの弱点を補うため従来型AIとの統合運用が必須である。この複数AIをコーディネートする「AIプロデューサー」の育成や、組織内のデータ統合が日本の喫緊の課題となっている。特に経営層のITリテラシー向上と昭和型組織からの脱却が求められる。米中がソフトウェアやフィジカルAI(ロボット)開発で圧倒的なスピードと予算を投じる中、過度な規制やコスト問題で出遅れる日本は、欧米的合理主義とは一線を画す「相手を気遣い感情を汲み取る、人と共創する優しいAI」にこそ独自の商機を見出すべきである。
【後編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
3種のAIを使い分け業務革新を導く「AIプロデューサー」の育成が急務。生成AIの弱点を補うため、推論AIや学習AIと最適に組み合わせて運用できる高度AI人材の育成が不可欠。
キーメッセージ②
昭和型の組織構造と経営陣のITリテラシー不足が日本のデータ活用を阻む。部署ごとのデータ分断や従来手法への固執を捨て、AI/IT精通者をリーダーにしたデータ中心の改革が必要。
キーメッセージ③
米中の圧倒的開発力に対し、日本は「人の感情に寄り添う共創AI」で勝負すべき。性能やコスト競争ではなく、相手を思いやる日本人特有の感性を活かした人との共創技術に日本の商機がある。
01
100%の正確性を求めない柔軟性:推論・学習・生成AIを統括する「AIプロデューサー」の必要性
―AIはスポーツデータマイニングや自動運転、ロボット飲食店、間接業務、社会インフラ支援、教育支援、知的パートナーなどさまざまな分野で実践されています。山口先生が最も注目される分野はどれですか。そして、それはなぜですか。
私は今まで16分野に関わってきました。ある特定分野というような話はなくて、もはやAIはあらゆる分野に浸透しているので、何か一つの分野を切り出すことはできないですね。
既にご説明した通り、方法論的に言うとAIは、推論AIと学習AI、そして今出てきた生成AI、この3種類のAIに分けられます。その3つの中で何が重要かというと生成 AIですが、生成AIに例えば路線選択をさせると10回に1回は間違えます。乗り換えたところで駅名が変わったり、料金を間違ったりと、普通の路線選択のソフトならできることができなくなります。そういうことがまだあるのです。なぜなら、生成AIは固有名詞を扱うのが非常に不得手だからです。また、算術計算も不得手です。簡単な足し算でさえたまに間違えたりします。もちろん、それはどんどん改良されてはいるのですが、100%正しい実行はできません。
なので、今の生成AIでも結局は使い分けないとエラーが多く出てきます。例えば、企業が次にどんな分野に進出するか、どのようなプロダクトを作っていくべきか、そういう頭出しというか、ビジネスミーティングのような場面で生成AIをうまく使えば非常に良い反応をしてくれます。
ある大手IT企業の会長さんが、以前講演で以下のことを話されていました。ビジネスには色々なソフトウェアが使えるけど、定型処理だと絶対100%正しく処理しないといけないのに、ある定型処理には生成AIを使うとエラーが起こりますね。だからこそ、従来からある推論AIも使いこなしていく必要があります。オントロジーもその推論AIの一種です。
それからディープラーニングを中心にする機械学習のAI。データをどんどん与えたら、そこからルールを導いてくれるタイプのAI。そういう機械学習のAIと今の生成 AI、この三種類のAI と、それから従来からあるソフトウェア、これをうまくコーディネートしていく、使い分けていく、その連携を考える人材が求められてきています。事実、米国ではそれができる人材はAIエンジニアよりも報酬が高くなっていますね。
そういう人材を私は「AIプロデューサー」と呼び、その人材育成をすることが我が国では非常に重要になってくると思います。これをもう6、7年前から言い続けて来ているのですが、最近になってようやく理解してもらえるようになってきました。そんな状況ですね
02
組織のデータ統合阻む「従来優先」の壁:昭和型組織の限界と経営層のITリテラシー革新
―そうですよね。山口先生は共著書『AI システムと人・社会との関係』(放送大学教材)でも「AIプロデューサー」について触れておられますよね。
色々な企業とAIで産学連携を実施してきましたが、彼らはデータをかなり持っていることに気づきました。ところが、それが機械学習、データサイエンスに使える形にはなっていないケースが多いのです。はっきり言って宝の持ち腐れの状態です。
例えば、ある企業では製造部に多様な製造データがあるのに、それを活用していません。機械学習を実行するためには沢山のデータを連携させないと良い結果が出ないのです。ところが、部署によってデータ構造、言い換えるとデータの整理の仕方が全く違うので、統合ができないのです。それで結局、機械学習を断念したことがありました。
そういうふうに組織全体でデータを統一的な形で書くことが重要です。ただ、いざやり始めてもなかなかうまくはいきません。従来やってきたことを変えることを人間は嫌うからです。新しいやり方にすぐには慣れません。むしろ、最初はより手間がかかってしまいがちです。なので、従来通りの方が楽なのです。その点が難しいと言えます。
その結果、日本の製造業は中国に脅かされるケースが増えています。かなり厳しい状況に追い込まれており、「従来通りで良い」という悠長なことを言っている場合ではないのです。そういうことから、データの統合が、今ようやく日本でも危機感を持ってアプローチされ始めたという感じがしていますね。

―「AIプロデューサー」の育成を含めて、日本企業がAIを使いこなせる人材を育てていくためにはどうすべきであるとお考えですか。
米国のビッグテックに倣って、我が国の大手IT企業はAI人材の育成にしっかり取り組んでいます。問題は、中小企業です。何しろ、その割合が日本全体の企業数の99.7%もあるのに、情報系のIT人材が少なすぎます。
もう一つ、経営者のITリテラシーが低すぎることも大きな問題です。これは中小企業に限らず、非IT系の大手企業でも同様です。20年程前の話しですが、大手銀行の頭取クラスの人の集会に参加したことがありました。その場で多くの方々とやりとりしましたが、驚いたことにITに精通した方は一人もいませんでした。共通していたのは、全員が著名大学法学部の出身者であったこと。著名大学法学部を出ていないと大手銀行のトップにはなれないのかと痛感しました。当然ながら、トップの方々は、ITにはそれほど詳しくはありません。ただ、今はかなり変わってきています。
今の時代は、ITやAIに精通している人間をリーダーに迎え、その指揮の下で会社全体、組織全体で業務改革を推進していかなければいけません。あくまでもデータ中心で進めること。そこの危機意識を持つ必要があります。大企業はどうしても時間が掛かるかもしれませんが、ものづくりに挑んでいる中小の製造業の中には、そういう危機意識が芽生えつつあります。私自身、全国各地の製造業を回っていますが、昨今は中国企業の追い上げがすごいので、「このままでは行けない」という危機感を抱いている経営者が多かった気がします。
03
米中開発競争と日本の規制問題:圧倒的スピードを誇る国家主導型開発への危機感
―確かに、中国企業は圧倒的に低価格な商材で勝負を仕掛けています。もともと、人件費が全く違いますからね。
米国と中国、二大国のAI開発競争のはざまで、日本はフィジカルAI、ロボットで活路を見出そうしていますが、中国のロボットはすごく安いです。それなのに、「これだけの性能があるのか」と驚かされます。
今年の8月、中国・北京市で世界人型ロボット運動会が開かれましたよね。日本のメディアでも、そのニュースを結構取り上げていました。開幕式に続いて行われた100m競走でウサイン・ボルト(ジャマイカ)が持つ世界記録9秒58を抜き、9秒32が出ました。前年の最速が22秒08ですから、1年間で半分以下に短縮されたわけです。もう凄いとしか言いようがありません。同様に、400m競走でも男子の世界記録43秒03を上回る39秒70が出ています。勢いが日本とは全く違いますね。
おかげで自動運転も中国と日本では、今だいぶ差が開いてしまいました。車メーカーの人から聞いたところ、「日本は安全に関する規制が強すぎる」と言うのです。どんなに先進的な技術が登場したとしても、安全性を問われてしまうので、国から許可が出ません。もちろん、安全性は重要です。けれども、安全性を重視するがあまり、新しい技術の導入が遅れてしまう。そういうネガティブなことが起こっているのが、日本の現状かなと感じています。
―中国は、100mや400mでロボットが人間の世界記録を破っただけでなく、ハーフマラソンでも人間の男子世界記録(57分20秒)を上回り、50分26秒を記録しました。中国は2026年を人型ロボットの「商業化元年」と位置づけていますが、技術力の進化は目覚ましいとしか言いようがありません。日本はついていけるのかどうか疑問視されています。その一因として、とある大学の先生は「日本のロボット技術開発は過保護だ」と指摘していました。それも致し方ない理由があります。万が一壊れてしまったら、何千万円も掛かってしまいます。「その予算を確保するのは至難の業なので、冒険ができない」と言うのです。中国の場合は、ロボットが安く作れるので壊れてもいい。トライアンドエラーをどんどんやっていけます。「これでは、何も生まれない」と嘆いておられました。山口先生も同感ですか。
中国企業が積極的にロボットを開発していけるのは、国の後押しがあるからです。政府からの上位下達の体制なのです。今、生成AIは1兆トークン、300ページの本に換算すると、約1000万冊の本を読み込ませて、それで色々な回答ができるように一気に成長したわけです。それと同じようにロボットに動作に関する大規模データを読み込ませて、それで色々な動作ができるようにしようとしています。
中国政府の指示で二、三年前に大学にそれをさせたことがあります。現地にいる知人に聞いたところ、各大学の学生に例えば物を掴んで運ぶとか、どこかに運ぶとか、動作の内容を指示して、得られた動作データを集めてロボットの大規模動作データを作ったらしいのです。ロボットスタートアップがそのデータを使って開発をしています。だから、すべて政府からの指示・支援で動いているわけです。
こういう場合、やはり社会主義国家は強いです。上がそういう方向性を示せば、全部それに向かって動いていきますから。日本だと、その辺りのスピード感がないのは否めません。遅ればせながら、現内閣も動き出しました。AIをインフラに逸早く実装させて、あらゆるところで色々なAIが使える環境を構築してほしいと思っています。
04
米国や中国に対抗するために不可欠な日本の独自性:人と共創する「優しいAI」
―米国VS 中国と言う形で、AIの開発競争が加速化しています。そのはざまの中で日本はどう独自性を発揮していけば良いとお考えですか。
二、三年前には、「日本はフィジカルAIを切り口にして巻き返せるのではないか」という意見が結構多かったです。しかし、ここ一年、去年辺りから、中国政府から「AIロボットの研究開発をしろ」という命令が出たことで状況が大きく様変わりしています。膨大な予算が国から支援されています。
そういう状況下だと、もうロボットもキーワードになりません。では、「次は何がキーワードになるか」というと、非常に難しいです。AIのソフトウェアは米国がとにかくNo.1で、これは当面変わらないでしょう。「ロボットでいけるかな」と思っていたら、この一年で中国がぐっと出てきました。
となると、あとは人との関わりですね。人の感情を汲み取って、AIサイドが色々と反応を変えていく、人と共創する優しいAIを作っていくところはまだそんなに進んでいません。この辺りは、日本人らしさを生かせる気がします。どうしても、欧米の人はあらゆる事を合理的に進めますからね。
私なんかも米国の知人に「良くそんな面倒くさいことをするなあ」と言われます。欧米人には、相手のことを気遣って、それで対応を変えていくような発想はありません。人を相手にそういう対応をするAIを開発していく。ここには、十分商機があると思っています。
―山口先生、貴重なお話をありがとうございました。
【編集後記】
今回のインタビューで印象的だったのは、山口高平教授が「生成AIか、従来型AIか」という二者択一に立たず、その双方と人間を含めた全体の関係を捉えている点である。AI研究の歴史を半世紀にわたって見つめ、16分野で産学連携を実践してきたからこそ、AIの流行そのものよりも、現場の課題をどう解決するかを重視する視点には説得力がある。
生成AIが自然言語で誰でも使える「AIの大衆化」をもたらした一方、暗黙知や感情、100%の正確性が求められる処理には限界がある。だからこそ、推論AI、学習AI、生成AIを適材適所で組み合わせ、人間が全体を指揮する「AIオーケストレーション」という発想がクローズアップされる。
さらに、日本企業におけるデータ分断や経営層のITリテラシー、AI人材不足、米中との開発競争といった課題も浮き彫りになった。その一方で、人の感情を汲み取り、人間と共創する「優しいAI」に日本の可能性を見いだす。AIを使うこと自体が目的ではない。人と技術の関係をどう設計し、社会や仕事をいかに変えていくのか。本インタビューは、その本質を考えるための多くの示唆を与えてくれるはずだ。
Pick up!