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薄暗い石の広場越しに見上げる、独特な錐形のシルエットを持つキルキュフェットル山と夕暮れの空_メインビジュアル_sp

2026.07.06

AI時代に問われる人間の価値とは何か―「魅力工学」と匠の本質に迫る(中編)

東京大学教授の山崎俊彦氏は、人工知能を単なる効率化の道具ではなく、人間の能力を引き出す存在として捉える研究者である。画像・音声・言語などを横断するマルチモーダルAIと、「魅力」を科学的に扱う独自の「魅力工学」を軸に、産学連携による社会実装を推進してきた。本インタビューでは、AI面接や広告、婚活支援といった実例から、AIの限界と可能性、人間にしかできない創造性や意思決定の本質に迫る。均質化が進むAI時代において、なぜ今「人間力」と基礎力が重要なのか。その核心を弊社代表の山本が読み解く。中編では、山崎氏の共同研究に対する想いや具体的な事例などを聞いた。

東京大学 大学院情報理工学系研究科・電子情報学専攻 教授

山崎 俊彦氏 

PROFILE

1999年3月 東京大学 工学部 電子工学科 卒業。2004年3月 東京大学 大学院工学系研究科 電子工学専攻 博士課程 修了。同年4月 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 基盤情報学専攻 助手。06年10月 東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 講師 (工学部電子情報工学科兼担)。09年4月 東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 准教授 (工学部電子情報工学科兼担)。11年2月~13年2月 日本学術振興会海外特別研究員としてコーネル大学に滞在。22年9月 東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授に就任。

 

 

 

【中編のエッセンス】

 

山崎俊彦氏は、「魅力工学」の研究を実社会で成立させるため、企業や研究機関との共同研究を重視する。婚活や広告分野では実データを活用し、魅力の可視化や改善手法を実装。特にAI面接では大量の評価データを基に精度と公平性を両立するモデルを開発し、学術的にも高く評価された。一方で、既存AIの安易な利用ではバイアスや不正確さが残ると指摘し、モデル設計の重要性を強調。さらに、AIの継続学習における「忘却問題」にも取り組みつつ、人とAIが協働する時代に必要な力として、想像力と言語力の重要性を説く。 

 

 

【中編のキーメッセージ】

 

キーメッセージ① 

実社会データと連携する共同研究こそがAI研究の価値を高める。  

 

キーメッセージ② 

精度と公平性は設計次第で実現でき、安易なAI利用は危険を伴う。

 

キーメッセージ 

AI時代に必要なのは想像力と言語力という人間側の能力である。 

 

01

実データと異分野連携で進化する「魅力工学」の研究基盤

柔らかな夕暮れの光を浴びて、乾燥した土からぽつぽつと芽を出した小さな新芽

―山崎先生は、企業や大学・研究所との共同研究も多数行っておられます。その意図、思いをお聞かせください。

 

色々な思いがあります。まず一つは、やはり魅力に関する研究をやろうと思うと、大学では当然そんなデータは持っていないので協力者が必要という理由です。単純にインターネットから入手すればいいという種類のデータでもありません。なので、リアルなビジネスをされていらっしゃる企業とコラボレーションしながらデータを共有していくとか、もしくは「『このようにやったら良い』とAIは予測しているのですが、実際に御社で試してみてもらえませんか」という取り組みを行わないとうまくいきません。

 

今でこそ、企業さんもしくは他の大学、研究所さんからお声をかけてくださるぐらいにはどうにかなりましたけれど、始めた当時はもう色々な企業の方、もしくは大学・研究所の方に、こちらからいわゆる営業活動やお声がけをして、「今自分はこういう思いを持って、こういう研究しています。ついては共同研究ができませんか、御社のデータを共有いただけませんか。」と何回も何回も繰り返しました。それもライフワークの一つになっていました。

 

もう一つは教科書的な回答になってしまいますが、やはり自分の閉じた世界の知識や経験、スキルだけでは当然解けない問題が多いということです。それこそ、「魅力工学」では画像計測工学(物理量を正しく測るための技術と学問の集合体)や認知心理学(人間の心の情報処理過程を科学的に研究する心理学の分野)、感性工学など、色々な分野の先生が集まって一緒に研究をしています。さまざまな専門性を持つ人たちとコラボレーションしてこそ立ち向かっていける学術分野だと思っているので、そういう意味でもコラボレーションは非常に重要です。「自分たちだけで、閉じた世界で頑張ればどうにかできるものではない」と捉えています。

02

婚活・広告分野で進むAI活用と社会実装の具体例

―共同研究の具体的な事例をお聞かせください。

 

先ほどご質問いただいた婚活を例にとりますと、幸いなことに複数社とご一緒するチャンスに恵まれました。ただ単にマッチングするだけではなくて、サービスに対して「いかに満足感を持ってもらえるか」みたいな仕掛け作りですとか、「お相手と会話をする際に好印象を持ってもらえるような発話内容やタイミングはどうしたら良いか」みたいな、さまざまなテーマに取り組みました。ただ、各社さんのサービスの中で具体的にどのようなAIが使われているかについて、私はコメントする立場にありません。

 

あとは、最近共著で外部発表を行った例だと、株式会社セプテーニです。同社は、デジタルコミュニケーションをされており、その中で広告について良し悪しの予想やその理由の説明に取り組みました。それこそ、「どんなデザインの広告がクリックしたくなるのか」「好感を持ってくれるのか」といった研究から、AIがある程度自動的に「こんなデザインはどうですか」、もしくは「あなたのこのデザイン、ここをこう改善すると良いです」といったアドバイスを生成する研究まで幅広く行っています。

 

これらは、あくまでも一例です。他にも、現在たくさんの企業や大学・研究所と共同研究を進めています。おかげで、「魅力工学」の研究の精度がさらに高まり、社会実装にもつながりやすくなってきています。

03

設計力が生む差別化

乾燥した平原を通り、手前の坂から奥に向かって大きくうねりながら二手に分かれるアスファルト道路

―2026年3月、山崎先生とタレントアンドアセスメントの共同研究にもとづく論文が、一般社団法人電子情報通信学会 画像工学研究委員会よりIE賞を受賞されました。研究内容とその成果を教えてください。

 

タレントアンドアセスメントもある時にご縁をいただきました。同社は、サービスの1つとして対話型AI面接サービスを展開されています。「ビジネスとしてよりAIを信頼して使えるようにするために、さらに精度を向上させたい」とご相談をいただきました。

 

我々の研究室は、元々AI による人と人とのコミュニケーションの分析やアドバイス生成に強みを有していましたし、色々な成果やノウハウを持っていました。なので、それを生かして共同研究を行いました。

 

AIは何を正解とするのかというと、これまで人が行ってきた面接の評価結果です。これまでの面接動画では、例えば忍耐力何点、創造性何点、リーダーシップ何点みたいに人が点数をつけていて、そのデータがたくさんありました。使うのは、言語情報と音声情報です。「どういう言葉遣いでどういう文章を組み立てるのか」「どんなテンポや抑揚、アクセントで話をするのか」。この2つの情報が評価の基準となります。

 

冒頭で「我々は、マルチモーダル、マルチメディアが得意です」と言いましたが、複数のモダリティを駆使しながら、今まで人が評価し、採点していたいくつもの項目を、AIがある程度同様の点数をつけられるようになったわけです。あと精度としても、それだけではなくて、 人間よりも細かい点数付けで評価できるのもポイントの1つです。

 

しかも、当然ながら AIなので24時間稼働できますし、並列に何セッションでも面接を実施できるので、面接対象者数に左右されず、多くの方に最低でもAI面接のチャンスを一回ご提供できる、そういう状態が作れるようになりました。

 

今回IE賞の受賞に至ったのは、特に技術的な面が評価されたのだと理解しています。ただ単に「こんなAIを使うことができます」ではなく、様々な挑戦的な課題から一般に入手可能なAIでは面接動画の評価がうまくいかなかったものを、問題を1つ1つ紐解き、解決していきました。そこがポイントとなって、今回IE賞をいただくことができたと思っています。

 

―日本経済新聞の記事によると、山崎先生は人による面接の支援でタレントアンドアセスメントが蓄積した4万件以上の過去データを用いて研究開発されたとのこと。果たして、AIを用いて面接での公平性と精度を確保できるのですか。

 

そこがポイントです。ただ単に一般に流通している AIや生成AIをそのまま使うだけでは、決して公平性と精度は担保できません。なので、システム全体を車に例えると、AIはエンジンみたいなものです。エンジンの性能を高めるために、必要があれば、「どのネジをどういうふうに変えるか」「どの歯車にするか。これではダメだから、こういう形の歯車に変えていこうか」とデザインできるのが我々の研究です。「ここのモジュールはこういうふうに変えた方がいいかな」と。そうやって、一点もののエンジンを作るわけです。そうすることによって、実験上は、実用を見据えた水準で精度と公平性の両立を確認できている、というのが今回のポイントです。

 

―そうすると、タレントアンドアセスメントがこれまで人手でやっていた部分を、教師ありとして入力し、モデルを構築していったという感じですか。

 

教師あり学習なのですが、普通の世の中で知られているような一般的な学習だと、簡単にバイアス、偏見を起こしてしまいます。過去の事例から「特定の性別だから合格だ」とか、「不合格だ」とか、良いとか悪いとか判断してしまうので、そういう変な偏見、バイアスを持たないように学習の工夫をしています。少し専門的な話になってしまいますが、「どういうロス関数(機械学習モデルが予測した値と実際の正解値との間の差異を定量的に評価するための関数)を使えば良いのか」とAIの中身の数式の部分で偏見やバイアスがなくなるようにしています。もちろん、その他にも色々工夫があります。それらを行うことでうまく精度と公平性を両立させました。

 

―蒸留(大規模モデルの知識を小型モデルに移し替える技術)とか、ノイズの除去(AIを活用して音声データや音声信号から不要なノイズを取り除く技術)みたいな理解で良いですか。

 

ノイズへの対策は当然しています。ただ、蒸留はしていないですね。

04

破滅的忘却問題に挑むAI研究と継続学習の技術的課題

―実は、山崎先生の研究キーワードの中で、私が一番興味を持ったのはオンライン継続学習での破滅的忘却(人工ニューラルネットワークが新しい情報を学習した際に、以前に学習した情報を急激かつ完全に忘れてしまう現象)の克服でした。これは、AIのメモリのことを言われているのですか。人のことですか。

 

AIのメモリの話です。AIを経時的に学習させていくと、コンピューターでありながらも昔のことを忘れてしまうという、ある種人間と同じような現象が起きます。それがなぜ起こるのかというメカニズムの解明と、メカニズムが分かったのであれば、「過去のことを忘れないように新しい知識を入れるにはどうしたら良いか」にトライする、新しいモデルを提案することに挑んでいます。

 

―単純にメモリを増やしていくだけではダメだということですか。

 

ダメです。そういった単純な問題ではないところが面白いですよね。

 

―なぜダメなのですか。

 

それは数式で記述できます。メモリを大きくするという話と、継続学習において忘却が起きるというのは、別の話なのです。説明するとなると、かなり技術的にマニアックなレベルになってしまいます。

 

―ならば、結構です。いやあ、私自身はどんどんメモリで溜めていけばいくほど、ハルシネーションが起きるのではないかと思ってしまいました。要は、過去の会話や過去の学習、過去のやりとりをAIが持っていたりすると、結局話していることに一貫性があれば良いのですが、一貫性がなく色々なトピックで話し合ったりすると、結果的に過去のデータは使えば使うほどハルシネーションが起きてくるような気がします。

 

今ご指摘いただいたことは間違いないです。過去の会話を忘れてしまう以外に、例えば、最初動物の名前が答えられるようにAIをトレーニングしたとして、「動物は皆覚えたね。それでは次に果物の名前を覚えていこうね」となった時に、AIは「今まで学んだ動物の名前は一旦忘れて良いですね」と思ってしまうし、それが簡単に起きてしまうのです。

 

それを、「いかに忘れないように記憶は維持しておいてね」と数学的に指示を出しながら新しいコンセプトを学んでいかせるか。ここが今難しいところなのです。その中の一つの形態が、山本さんがおっしゃった一貫性のない会話が含まれると思います。

05

AI時代に求められる想像力と言語力という本質スキル

フランスのエトルタを思わせる断崖絶壁と、穏やかな海に沈みゆく美しい夕日

―山崎先生は、「AIと共生する時代ではAIに何をどう処理・出力してほしいのかを具体的に指示できる力が求められる」と指摘されています。その力をビジネスパーソンが身に付けるためにはどうすれば良いとお考えですか。

 

身に付けなければならないスキルは、たくさんあると思います。その中で私が最も大事だと考えているのが2つあります。

 

一つは想像力です。「クリエイティビティ(創造力)」ではなくて、「イマジネーション(想像力)」の方ですね。 要はAIに指示を与える。これは対人間でもそうだと思うのですが、ある指示を与えた時に、その相手が望む答えをしてくれなかったとしたら、「自分の指示のどこが悪かったのか」「相手はそれをどのように取ったのか」「どのように言い換えをすると、その相手が『わかりました、あなたの指示はこういうことですよね』って言ってくれるのか」。これは、まさに想像力、イマジネーションだと思います。その力というのは、今後より重要になるだろうと思っています。

 

もう一つが、対人であっても対 AIであっても、「結局何を使ってコミュニケーションを取るのか」といったら言語、言葉ですよね。なので、言語力や論理力、広い意味で国語力みたいなものは鍛えておく、磨いておく価値はあると思います。それが鍛えられると、よりAIとの接し方がうまい具合に回り始めると私は思っています。

 

もちろん、それ以外にもたくさんあるのでしょうが、この二つが特に私が重要だと思っているスキルです。