創価大学 理工学部 情報システム工学科 准教授
萩原 良信氏
PROFILE
2010年 創価大学大学院工学研究科情報システム学専攻 博士課程修了。博士(工学)。その後、創価大学工学部 助教、国立情報学研究所 特任研究員、立命館大学情報理工学部 助教・講師、同学総合科学技術研究機構 研究准教授を経て、2024年 創価大学 理工学部 准教授に就任。現在、立命館大学総合科学技術研究機構 客員研究員や玉川大学脳科学研究所 特別研究員を兼務する。共著書に『ROS2とPythonで作って学ぶAIロボット入門 改訂第2版 (KS理工学専門書) 』などがある。
【中編のエッセンス】
本稿では、ロボットが複数センサー情報を用いて環境から「場所概念」を自律的に獲得する、確率的生成モデルの特徴と意義が語られている。ベイズ推論に基づく同モデルは、少量データ・低計算資源でも学習可能で、実世界の不確実性を扱える点が強みである。また、日本のロボティクス研究・製造業は信頼性の高い技術を築いてきた一方、限界への挑戦や失敗を許容する文化が弱いと指摘される。問題設定を小さくまとめず、困難な課題に挑む姿勢こそが、次のイノベーションを生むと強調される。加えて、AIやビッグデータは万能ではなく、人間自身が考え判断する力を育てる教育の重要性が示されている。
【中編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
確率的生成モデルによる場所概念獲得は、少ないデータと計算資源で実世界の不確実性を扱える、ロボット知能の有効な基盤技術である。
キーメッセージ②
日本のロボティクス発展には、短期成果にとらわれず、失敗を許容し技術的限界へ挑戦し続ける社会的・文化的支援が不可欠である。
キーメッセージ③
AIやビッグデータは思考を代替する万能手段ではなく、最終的な理解と判断を担う人間の問題意識と考える力が今後ますます重要となる。
01
場所概念獲得の確率的生成モデルを展開
―センサーを使って物理的な空間を認識しているのですか。
この場所概念獲得モデル(位置情報、画像、言語などの多様な情報を組み合わせて「場所」という概念をロボットに獲得させるための計算モデル)では、ロボットがカメラやマイクロフォン、LiDAR(Light Detection And Ranging。レーザー光を対象物に照射して距離や形状を算出する技術)といった複数センサーを用いて環境の観測データを得ます。画像や音声、距離情報といった観測データから、その背後にある「場所のカテゴリー」をベイズ推論(観測されたデータと事前の知識を組み合わせて、事後確率分布を求める統計的推定方法)によって推定します。このモデルを使うことで、画像から自己位置を予測したり、自己位置を表現する単語を予測したり、さらには、物体を片付けるべき場所を予測できるようになります。
こうした環境の知識は、人間の子供が成長の過程で五感を通じて周囲の世界を理解していくのと同じように、ロボットが複数のセンサー情報を通じて、自律的に獲得していきます。一度その環境から離れて別の場所に移動しても、そこで得たセンサー情報を基に、空間を離散化(連続的なデータや信号を一定の間隔で区切り、コンピュータで解ける数値として表現する技術)しながら、その環境に固有の空間構造を学習していきます。
―それによって色々な計算ができるようになるのですね。これは相当CPU、もしくはGPU(Graphics Processing Unit。画像描写を行う時に必要となる計算処理を行うグラフィック処理装置)が、ハイスペックでないと動かないのではないですか。
ニューラルネットワーク(neural network;人間の学習メカニズムを模倣した機械学習手法)を用いて同様のことを行おうとすると、モデルのパラメーター数(機械学習モデルがデータを処理し、予測を行うための内部変数)が非常に大きくなり、大量のデータと計算資源が必要になります。実際、一般的な研究室環境では、GPUが不足していて学習が難しくなるケースも少なくありません。
一方で、確率的生成モデルでは、あらかじめ確率分布の形を仮定します。例えば、ガウス分布(平均値を中心とした釣鐘型の左右対称の確率分布)や多項分布(複数のカテゴリーの事象が一定回数の試行でどの程度出現するかを表す確率分布)などが使用されます。データが従う分布の構造を開発者があらかじめ仮定することで、学習すべきパラメーター数を抑えることができ、比較的少ないデータからでも安定した学習が可能です。
ニューラルネットワークは、この分布の表現力を非常に高めた手法だと言えます。その分、細部まで正確に学習でき、私たちのモデルよりも誤差が少なくなる場合もあります。しかし一方で、パラメーター数が膨大になるため、学習に必要なデータセットや計算資源の確保が大きな課題になります。
02
日本は技術的な限界へのチャレンジを支えられているのか
―せっかくロボティクスを掘り下げて質問をさせていただいたので、その流れでお聞きします。日本の場合、製造業の割合が結構多いです。これまではロボット先進国だという形で、ファクトリーオートメーションの部分がかなり進められていたと思います。一方で、イーロン・マスクのテスラ社にしても、中国のロボット会社にしても、「日本はもう時代遅れだ」というようなことを指摘しています。研究者である萩原先生からご覧になって日本の製造業における、これからのロボティクスの活用、可能性はどれだけあると思われますか。
ご指摘の点は一理あると感じています。日本はこれまで、「真面目に役に立つもの」「実際に必要とされるもの」を着実に作ってきたと思います。言い換えれば、ビジネスになる技術をしっかりと積み上げてきたのだと思います。その結果、精度が高くて信頼性のある製品を生み出し、自動車産業やロボット分野では、現在でも世界的に評価されている部分があります。
一方で、iPhoneやChatGPTを例に挙げると分かりやすいのですが、これらは「最初から明確に役に立つから作られた技術」ではありません。むしろ、技術的な限界に挑戦する過程で生まれた結果とも言えます。特にChatGPTについては、「スケール則」(AIモデルをより大規模化し、より多くのデータを学習させればさせるほどAIが賢くなる、という経験則)と呼ばれる考え方のもと、大規模化を徹底的に進めた結果、ある臨界点を超えてブレイクスルーが起こりました。単にチャットで会話するだけの技術が、結果として社会や産業の在り方を大きく変えるイノベーションを起こしています。
そう考えると、これからの日本にとって重要なのは、こうした技術的な限界への挑戦を社会としてどれだけ支えられるかという点だと思います。挑戦的な研究や開発を、短期的な成果だけで評価せず、長期的な視点で応援し続ける仕組みや、そうした挑戦を許容する企業や組織のマインドが求められていると思います。
実際に米国や中国の人型ロボットに関するイベントでは、失敗例も含めて報道されていました。一方で、そうした試行錯誤が次の挑戦につながりやすい環境があるように見えます。日本では、挑戦を長期目線で支える仕組みを、もう少し厚くしていく余地があると感じています。ここには、資金量だけでなく、挑戦に対する評価の仕方の違いも表れていると思います。
03
問題意識を下げて小さくまとまるだけではいけない
―萩原先生、研究者としても研究費用で限界を感じたりすることはありますか。
例えば、ロボットのデモンストレーションでは、研究者同士で「どの課題に取り組むか」というシナリオ設計を行いますが、予算を獲得するためには「良く見える成果」を意識する場面もあります。結果として、問題設定を低く設定する方向に流れやすくなります。そうすれば、ロボットは大きなトラブルもなく動きますし、見た目としては「うまくいっている」ように見えます。一般の方がまず見るのは、ロボットが実際に動いているかどうかです。もし動かなければ、「これは失敗だ」「まだ早い」と評価されてしまうこともあります。
しかし、問題設定を下げてしまえば、イノベーションが起こりません。結局のところ、すでに持っている技術で確実にできる範囲に課題を落としているだけですから。その結果、研究は小さくまとまり、新しい価値を生み出すところまで到達しにくくなってしまいます。
こうした状況は、日本特有の文化的な課題とも関係しているかもしれません。多くのベンチャー企業のリーダーの方々も指摘されていますが、失敗を積極的に評価しない、あるいは失敗を避けようとする傾向が強い。その結果として、チャレンジそのものを楽しむ文化が育ちにくくなっているように思います。本来は、うまくいかなくても挑戦したこと自体を評価し、次につなげていく姿勢が重要だと思います。
その点で、ロボカップに真剣に取り組んでいる人たちの姿勢は、象徴的だと感じています。なかなか思い通りに動かず、得点にも結びつかないロボットに対して、何が原因なのかを一つひとつ検証しながら、粘り強く試行錯誤を重ねていきます。そのプロセスが一番面白いと、多くの競技者が言います。最初から「なぜ動くのか」が分かっていて、当然のように動くのであれば、そこに驚きも発見もありません。
だからこそ、分からないことや、できないことに正面から向き合い、それを楽しめるマインドを持った人が、もっと増えていく必要があると思います。問題意識を下げて無難にまとめるのではなく、あえて難しい課題に挑む。その姿勢が次のイノベーションにつながるのだと思います。
04
AIやビッグデータは万能ではないという認識が重要
―本当に失敗を許容する文化が日本には根付きません。最近は、「そこに問題があるのでは」ということで、「失敗を許容しよう」というムードが盛り上がってきていますが、この30年間というのは、日本がかなり後ろ向きになっていて政治も官僚も企業も、とにかく失敗しないように縮こまっていました。学生もそういったカルチャーに影響を受けていたと思います。
今ロボットは、すごく発達してきていますが、そもそも本田技研工業がASIMO(アシモ。Hondaが開発した世界初の本格的な二足歩行ロボット)を作った時はすごかったなと思います。もうだいぶ前の話になってしまいました。さらには、ソニーのAIBO(ソニーが開発した四足歩行する自律型のエンターテインメントロボット)もありました。2000年前後の頃です。あの頃は、日本のロボットが本当にすごく輝いていたというか、イノベーションがあったと思います。あれをそのまま延長してずっと続けていたら、まだフロントランナーとして戦えていたと思います。結局本業がどんどんダメになっていき、予算も全然使えなくなってしまいました。本当に残念なことだと思います。
ところで、萩原先生は玉川大学でも講義に関わっておられるとお聞きしました。どういう経緯があったのでしょうか。
玉川大学で講義のゲストスピーカーを担当するようになったのは、当時、玉川大学の教授であり、ロボカップ日本委員会の会長を務められている岡田浩之先生からお声がけをいただいたことがきっかけです。
―玉川大学での講演は、定期的に行っているのですか。
はい、毎年担当しています。私は以前、大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構の国立情報学研究所(NII。情報学という学術分野での「未来価値創成」を使命とする、国内唯一の学術総合研究所)で特任研究員として働いていました。その際の上司が、現在、玉川大学 脳科学研究所教授であり、先端知能・ロボット研究センター主任をされている稲邑哲也先生です。そのご縁もあり、現在も継続しています。
―玉川大学での講演の狙いやポイントを教えていただけますか。
あくまでも講義の中でのゲストスピーカーという立場ですが、まずは私の研究内容を紹介します。その上で、講義ではビッグデータをテーマに扱っています。今の学生は、基礎的な学問を学んでいるだけでは、急速に変化する技術の流れに追いつくことが難しい時代に置かれています。だからこそ、最新の技術に触れながら、自分なりの問題意識を持つことが重要だと考えています。そのために、私を含め、さまざまな分野のゲストスピーカーを招いていると理解しています。
―萩原先生は、日頃から「AIやビッグデータは万能ではない。やはり人間側の思考が重要である」と強調されておられます。昨今の学生は、どうしてもAIやChatGPTに頼る傾向があります。自ら考えを整理して仮説を立てて、そして自分で判断しないといけないとお伝えになったのでしょうか。
実は、そこまで強く意識していたわけではありません。ただ、実際に学生がAIに頼っている状況は確かにあると思います。ですので、レポートについても、単に提出させるのではなく、「この内容を自分の言葉で説明してください」と求めるようにしています。AIを使うこと自体が悪いわけではありませんが、最終的に理解し、判断するのは人間です。その点は、しっかり意識してもらいたいと思っています。