名古屋大学 大学院情報学研究科 准教授
藤井 慶輔(ふじい けいすけ)氏
PROFILE
名古屋大学 大学院情報学研究科 准教授(取材時)。2014年京都大学大学院人間・環境学研究科で博士号を取得。名古屋大学総合保健体育科学センターの日本学術振興会特別研究員(PD)、理化学研究所革新知能統合研究センター研究員などを経て、2021年より現職。2020〜2024年、科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者。2026年より株式会社サイバーエージェント Sports AI Tech Lab, Founding Lead(クロスアポイントメント)。機械学習とスポーツアナリティクスの融合などを研究。著書に『AI時代のスポーツアナリティクス』(東京大学出版会)など。
スポーツアナリティクスとは、データを分析して、スポーツの戦術やプレイの価値、選手のパフォーマンスを明らかにする取り組みです。
経験や勘、主観に頼りがちだったスポーツの指導は、AIとデータによって客観的・科学的に支えられる時代を迎えています。名古屋大学の藤井慶輔准教授は、映像やビッグデータを使って「戦術の巧みさ」を数値化する研究に取り組み、2026年5月には『AI時代のスポーツアナリティクス』(東京大学出版会)を出版しました。
本記事では、藤井准教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、スポーツアナリティクスの基本、データがゲームの構造を変えてきた歴史、AIが担う「取得・予測・評価・提案」の役割、そして日本のスポーツ界が抱える構造的な課題を解説します。
この記事でわかること
・スポーツアナリティクスとは何か
・データがゲームの構造を変えてきた事例(野球・バスケットボール)
・AIが担う「データの取得・予測・評価・提案」
・スポーツとAIの研究がつながりにくい構造的な課題
・「誰が何を知りたいか」で変わる分析と、データサイエンティストの必要性
スポーツアナリティクスとは?
藤井准教授が目指すのは、スポーツにおける「戦術の巧みさ」を数値で伝えることです。原体験は、大学院時代にバスケットボール部のコーチを務めた経験にあります。大量の映像を自分で見て重要な場面を選び、選手に見せて主観で伝える――今も多くの現場で行われているこの方法を、もっと効率的・効果的に、そして客観的・定量的にできないかと考えたことが、研究の出発点でした。
| 用語 | 意味(一文定義) |
|---|---|
| スポーツアナリティクス | データを分析して、スポーツの戦術やプレイの価値、選手のパフォーマンスを明らかにする取り組み |
| スタッツ | 得点やアシスト、出塁率など、試合の結果を集計した統計データ |
| トラッキングデータ | 試合中の選手やボールの位置を時系列で記録したデータ |
| イベントデータ | パス、シュート、ドリブルなどが行われた位置や種類を記録したデータ |
| モーションキャプチャー | 体にマーカーを付けるなどして、人の動きをデジタルデータとして記録する技術 |
スポーツ科学から機械学習へ
藤井准教授は、もともと人の運動を物理学・生理学・心理学の観点からデータで解析するスポーツ科学の方法論で博士号を取得しました。体にマーカーを付けて動きを精密に測るモーションキャプチャーなどを使う研究です。その後、AIの発達で計測も分析もAIの役割が大きくなると考え、約10年前に機械学習の分野へ軸足を移しました。理化学研究所の革新知能統合研究センターで研究員を務めたことが、研究対象に合った方法論を見いだす転機になったといいます。
研究を進める中で見えてきたのは、トップレベルのサッカーやバスケットボールにはデータがある一方、データがないスポーツも多いという現実です。そのため、ビッグデータをAIで解析する研究と、映像からデータを生成する研究の両方に取り組んでいます。
データが「ゲームの構造」を変えてきた
スポーツアナリティクスは、データを取り入れることで、これまで感覚的に信じられてきたことが「実はそうではなかった」と気づかせるところから始まりました。
| 競技 | データがもたらした変化 |
|---|---|
| 野球 | それまであまり注目されていなかった出塁率などの指標が重要だとわかり、少ない予算でも勝てるチームづくりが可能になった(統計的手法「セイバーメトリクス」) |
| バスケットボール | スリーポイントシュートのほうが得点効率が良いことがわかり、戦い方が大きく変わる「スリーポイント革命」が起きた |
データに基づく意思決定が、ゲームの構造そのものを変えてしまう――そうした変化が、いくつものスポーツで次々と起きてきました。ただし、これらはスタッツと呼ばれる結果の統計分析であり、まだ「動き」の領域には入っていません。選手の位置や姿勢など細かい計測ができつつある今、そのポテンシャルは十分に生かされていないと藤井准教授は見ています。
AIが担う「データの取得・予測・評価・提案」
著書では、AIを使うことで初めてできるようになることを、データを「取る」部分と「使う」部分に分けて紹介しています。
| AIの役割 | 内容 |
|---|---|
| データの取得 | 映像から選手の位置や動きなどのデータを自動で取得する |
| 予測 | プレイの結果や選手の動きを予測する |
| 評価 | 100試合、1,000試合といった大量の試合から、プレイの価値を定量的に評価する |
| 提案 | 分析結果をもとに、より良い戦術や動きを提案する |
著書の後半では、プログラミング言語Pythonのコードを誰でも無料で試せる形で提供し、最終章では将来の構想も描いています。
「AIは魔法ではありません。」
――藤井准教授
原理がわからないと、AIは何でもできるように思われがちです。しかし、できること、できないこと、これからできるようになりそうなことを理解するには、中身をある程度知る必要がある――それが、学部4年生や大学院生、研究者を主な読者に想定した理由です。データを扱う勉強熱心な現場の人にも読んでほしいといいます。
スポーツとAIの研究がつながりにくい構造的な課題
スポーツを研究する研究者は多く、AIの研究者も多い。しかし、その接点はあまりありません。藤井准教授は、そこに技術的・状況的な二つの壁があると指摘します。
- 技術的な壁:人がうまく運動するとはどういうことかを数値で表すのが難しく、感覚的に語られがち。チームスポーツでは選手が多く、原理の理解はさらに難しくなる
- データの壁:AI研究は、誰でもデータやコードにアクセスできることで発展してきた。一方、スポーツではデータへのアクセスが限られている
だからこそ、スポーツの研究者にはもっとAIを使ってほしいし、AIの研究者にはもっとスポーツの分野に参入してほしい。学生に人気はあっても参入障壁が高いこの分野の障壁を下げたい――それが、著書を執筆した動機です。最終的には現場に届けたいものの、まずはAIを使う人を増やし、現場で当たり前に使われるようにするというステップが必要だと藤井准教授は考えています。
データ分析は「誰が、何を知りたいか」から設計する
スポーツと同じように、ビジネスでもデータを見る人によって欲しい情報は異なります。DEFiDEでは、AI/DXコンサルティングを通じて、誰が何を判断するためのデータなのかという目的の整理から、分析の設計、小さな実証まで伴走します。
「誰が何を知りたいか」で分析は変わる
AIを活用したスポーツデータ分析で何を目指すのか。藤井准教授が伝えたいのは、ユーザーによって欲しいものが違うということです。
| ユーザー | 欲しい情報 |
|---|---|
| ファン(放送映像など) | さまざまな知識層のファンがいるため、誰にでもわかる情報 |
| チームの分析官 | そのチームの特徴や課題に合わせた、チーム固有の観点の分析 |
| 監督・コーチ | チームの戦略・戦術を決め、選手に伝えて実行してもらうための情報 |
| ストレングス&コンディショニング | 日々のトレーニング計画や、試合・練習の負荷を管理するための情報 |
国際大会の公式レポートのような標準的な分析は、どのチームにも重要な指標を示してくれます。しかし、チームが本当に必要とする分析の観点は、チームごとに異なります。日本のトップレベルでは、アスレティックトレーナーやチームドクター、ビデオアナリストといった役割の細分化が進んでいます。一方で、生のデータを扱い、チームに合った課題を見つけ、科学的なプロセスで「こうしたらよい」と提案できるデータアナリストやデータサイエンティストの仕事は、日本ではまだ十分に浸透していないと藤井准教授は指摘します。
よくある質問(FAQ)
Q. スポーツアナリティクスとは何ですか?
A. スポーツアナリティクスとは、データを分析して、スポーツの戦術やプレイの価値、選手のパフォーマンスなどを明らかにする取り組みです。藤井准教授は、経験や主観に頼りがちだったスポーツの分析を、AIとデータによって客観的・定量的なものに変えることを目指して研究しています。
Q. データはスポーツをどう変えてきましたか?
A. 野球では、従来あまり注目されていなかった出塁率などの指標を重視することで、少ない予算でも勝てるチームがつくれることが示されました。バスケットボールでは、スリーポイントシュートの得点効率の高さが注目され、いわゆる「スリーポイント革命」が起きました。データに基づく意思決定が、ゲームの構造そのものを変えてきたのです。
Q. AIはスポーツ分析で何ができますか?
A. 藤井准教授によると、AIはデータを取得する部分と、データを使う部分で力を発揮します。使う部分にはさらに、予測する、評価する、提案するという要素があります。映像から選手の位置などを自動で取得したり、100試合、1,000試合といった大量の試合を定量的に評価したりと、人間には難しい作業をAIが担えます。
Q. なぜスポーツとAIの研究はつながりにくいのですか?
A. 人がうまく運動するとはどういうことかを数値で表すのが難しく、感覚的に語られることが多いうえ、チームスポーツでは選手の数が多く原理の理解がさらに難しくなります。加えて、データに誰もがアクセスできるAI研究とは異なり、スポーツではデータが限られているという構造的な課題があります。
Q. 日本でスポーツのデータサイエンティストは活躍していますか?
A. 日本のトップレベルのチームでは、監督やコーチ、ストレングス&コンディショニング、アスレティックトレーナー、ビデオアナリストなど役割の細分化が進んでいます。一方で、生のデータを扱ってチームに合った課題を見つけ、科学的なプロセスで提案できるデータアナリストやデータサイエンティストの仕事は、日本ではまだ十分に浸透していないと藤井准教授は指摘しています。
まとめ:データは、経験と勘の指導を科学で支える
- スポーツアナリティクスとは、データを分析して戦術やプレイの価値を明らかにする取り組み
- 野球やバスケットボールでは、データに基づく意思決定がゲームの構造そのものを変えてきた
- AIは、データの取得、予測、評価、提案を担い、「動き」の領域の分析を可能にしつつある
- スポーツとAIの研究の接点は少なく、数値化の難しさとデータへのアクセスという構造的な課題がある
- 分析は「誰が何を知りたいか」で変わる。日本ではデータサイエンティストの役割の浸透が課題
中編では、AIを活用したスポーツアナリティクスの課題、「デジタルモデリング」という構想、そしてスポーツの動作解析をビジネスの技能伝承や評価指標づくりに生かすヒントについて伺います。
データを集め、使える状態にする基盤から
どんな分析も、データが集まり、使える状態になっていることが前提です。DEFiDEの社内業務クラウド「SmartOps」は、社員・組織・業務の情報をひとつの基盤に集約し、需要予測やAIエージェント、RAGで活用できるようにします。基本機能はずっと無料で、必要な機能だけを追加できます。
▶ 中編:AIで技能伝承はできるか?スポーツの動作解析に学ぶ暗黙知の可視化
▶ インタビュー全文:AIで拓くスポーツとビジネスの未来(前編)
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