九州情報大学 経営情報学部 教授
荒平 高章 氏
PROFILE
2008年3月:九州工業大学情報工学部機械情報工学科 卒業 学士(情報工学)
2010年3月:九州大学総合理工学府物質理工学専攻 修了 修士(工学)
2013年3月:九州大学総合理工学府物質理工学専攻 修了 博士(工学)
2013年4月~2019年3月:福岡歯科大学, 歯科医療工学講座生体工学分野, 助教
2019年4月~2022年3月:九州情報大学, 経営情報学部, 専任講師
2022年4月~2025年3月:九州情報大学, 経営情報学部情報ネットワーク学科, 准教授
2025年4月~現在:九州情報大学, 経営情報学部情報ネットワーク学科, 教授
【後編のエッセンス】
荒平高章教授が考えるAI時代の教育の核心は、AIを単に使わせることではなく、AIを伴走者として活用しながら、その出力を自ら評価し、必要なら正せる力を育てることにある。情報リテラシーも、従来の操作技能だけでなく、生成AIの活用と情報倫理が重要になっている。デジタル人材育成では、座学や演習だけでなく、企業から実データや課題を提供してもらい、分析・発表・フィードバックを繰り返す実践的な学びが必要だと指摘する。研究面でもAIによるデータ分析の可能性が広がる一方、実験データが少ない場合の有効性を見極める姿勢を重視する。さらに、生成AIを十分に活用するには、適切な質問をする力と、それを支える日本語力・基礎知識が不可欠である。AI時代だからこそ、人間側の学びの質が問われている。
【後編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
AIを禁止するのではなく伴走者として活用し、その出力を鵜呑みにせず、正誤を自分で判断して修正できる力を育てることが重要である。
キーメッセージ②
デジタル人材育成では、座学や演習だけでなく、企業との連携による実データ分析や発表、PDCAの実践を通じて社会で生きる力を身につける必要がある。
キーメッセージ③
生成AIを使いこなすには、適切な質問をする力が欠かせず、その土台となる日本語力や知識、論理的に考える力を改めて育てることが重要である。
01
AIを「禁止する」から「伴走者として使う」教育へ
―ところで、共著書としては『経営情報入門』のほかに、2021年に『リメディアル教育のための情報リテラシー』(八千代出版)も執筆されています。そもそも、リメディアル教育とは何なのでしょうか。

リメディアル教育とは、学び直しのことです。高校時代の学習が十分に行き届いていなかったり、高校によって教える内容に若干の差があったりするため、大学1年生の段階でその凸凹をならし、スタートラインをそろえようという教育です。
2021年ごろは、高校の情報科目の内容に学校ごとの差がかなり出ていました。その状況を大学で一度リセットするために、この本を執筆し、教科書として使っていただいています。ただ、最近は学生間でそこまでの差は見られなくなった印象です。
―情報化・AI化が加速する中で、学生の情報リテラシーに関してどのような見解をお持ちですか。
技術的な面、たとえばタイピングなどでは、学生による極端な差はなくなったと感じます。Officeソフトは誰でも使えますし、タイピングもある程度できる学生が増えています。
その一方で、情報リテラシーとして重要なのは、生成AIの活用と情報倫理です。「情報をどこまで自分のものとして使ってよいのか」「どのような情報は守らなければならないのか」といった点が、SNSなども含めて、かなりあいまいになっている印象を受けます。
02
実践と企業連携で、社会で通用するデジタル人材を育てる
―先日、とある大学の先生にも取材をしたのですが、2022~2023年ごろは、学内に「学生にAIを使わせるのは禁止しよう」という意見もあったそうです。今はそうした時代ではなく、「AIにどう付き合っていくか」という方向に変わっているとのことでした。貴学では、ここ数年で、学生のAI活用に対する先生方の捉え方はどのように変わりましたか。
おっしゃる通り、3~4年前は、生成AIは脅威と受け止められていました。レポートをAIに書かせて提出する学生もいるだろうから、「使ってはいけないのではないか」「教育的にどうなのか」、といった議論は当然ありました。
しかし最近は、「こちらが使うな」と言っても、スマートフォン一台にAIが入っている時代です。そこはうまく許容したうえで、AIを伴走者、パートナーとして使っていく教育をしていかなければならない、という方向に変わってきていると感じます。
―何人かの先生に、「学生がAIを使って書いたレポートを見抜けますか」という質問もしてみました。「見抜ける」と言い切る先生もいる一方で、「本当に見抜けるかどうかは疑問だ」という意見もありました。荒平先生の周りでは、学生のレポートにAIが使われていることは実際にありますか。
AIを使って書いたレポートは、実際に存在すると思います。「それを見抜けるかどうか」という議論は、なかなか難しいところです。
ただ、AIを使って書いてきた学生は、別のところで影響が出てきます。たとえばAIが使えない環境での演習や、最後の定期試験などです。AIの内容を理解したうえでツールとして使っている人と、答えを出すだけのものとして使っている人とでは、最終的に差が出てくるのではないかと感じています。
―AIとの付き合い方について、授業の中で学生にはどのような助言をされていますか。
最初のころから、「AIが言うことがすべて正しいとは限らない」「AIが返してきた言葉や文章、答えが正しいかどうかを見抜く力が重要だ」、と言い続けてきました。最近は精度がかなり上がり、昔のような極端なミスは少なくなった印象です。それでも、出てきたものを鵜呑みにせず、一旦自分の持っている知識でしっかり確認したうえで使うことが大事だと伝えています。
03
AIを使いこなす土台は、質問力と日本語力にある
―それに関連してお伺いします。共著書『経営情報入門』の第6章はデジタル人材の育成がテーマで、貴学の澤井雅明先生が執筆されています。改めて、荒平先生のお考えとして、企業も大学も、デジタル人材の育成にどう取り組めばよいとお考えですか。
デジタル人材の育成は、いまだに座学と演習で完結しているところが多いのではないかと思います。近年はデータサイエンスという言葉が広まったこともあり、企業と大学の講義が連携して、私が「情報リテラシー演習Ⅱ」で行っているように、データを分析し、その結果をプレゼンテーションして、企業の方からフィードバックを受けるような、より実践的な学びの場が増えています。
授業の中でPDCAサイクルを回す経験をたくさん積むことで、デジタル人材は社会に出たときの即戦力になると思います。単なる座学や演習では経験できないことを、たくさん経験させる機会を与えることが必要です。
―荒平先生も、企業から課題をいただき、学生にも考えてもらいながら一緒に解き明かしていくような連携をされているのですか。
はい、しています。企業との連携に加え、最近は高大連携として、高校生と一緒にさまざまな地域の問題にアプローチする取り組みも行っています。
04
AI時代の研究では、活用と検証の両立が重要に
―高大連携もされているのですね。ところで、AI技術の進歩は、荒平先生の研究にどのようなインパクトをもたらしていますか。
ここ4~5年で、研究の結果もデータもテーマも大きく変わりました。ビッグデータを前提に、スーパーコンピューターのようなものによって、より細かな分析ができるようになり、私自身の研究にとっても大きな変化です。
その一方で、実験による検証では、ビッグデータに匹敵するほどのデータ数は当然得られません。そうしたデータをAIにかける意味があるのかどうかは、日々自問自答しているところです。
―最後に、一言で結構ですので、荒平先生にとってAIとは何でしょうか。
先ほどから何度か出てきている言葉ですが、「伴走者」だと思っています。よきパートナーであり、時には間違いも言いますが、それでもある程度正しいことをしっかり示してくれる存在です。間違いや不十分なところは、伴走パートナーとして自分自身がしっかり正しながら使っていくことが重要だと思います。
―「正していく」となると、ある意味で対等な関係ということですね。AIが主で人間や学生が従ではなく、間違っているところを指摘できるくらいの学びや知識がないと、指摘もできませんね。
おっしゃる通りです。
―AIが登場する前と後で、学生の学力は上がったのか、下がったのか、あまり関係ないのか、どうお感じですか。
非常に難しい質問です。ただ、生成AIが出てきたことで、宿題の提出状況はかなり良くなりました。もちろんAIにやってもらっている学生もいるでしょう。以前は、できない学生は白紙で出したり、頑張ったけれど1~2行で終わったりする学生もいました。それが最近は、ほぼ全員がすべて回答してくる時代になりました。
そのため、自宅でやってくる宿題は評価が難しくなったという印象です。そこで、授業時間内に問題演習を行うなどして、一人ひとりの現在の到達点を測るようにしています。
05
AIに答えを求めるのではなく、問いをつくる力を
―研究者ではない学生や一般の人が生成AIを使ううえで、一番必要な力は何だとお考えですか。
生成AIを使うことを前提に言えば、生成AIの実力を100%発揮できるような質問をする力だと思います。友達に聞くような感覚でちょっと質問すれば答えが返ってくると思っている学生はかなり多いのですが、それでは間違った答えを引き出してしまう可能性があります。授業や研究活動の中で、今も口を酸っぱくして伝えています。
―もちろん、聞く内容に関する知識も必要ですが、論理的な文章を書けるかどうか、つまり日本語力がベースだと思います。AIが理解できる正しい日本語を書けるかどうか、ということですね。
その通りです。日本語を書けない学生はかなり増えていると思います。SNSの短文主義の影響もあるのでしょうが、短い一文でも書けない学生が多いです。ただ、それを大学教育でやるのかという点では、歯がゆいところがあります。
―AIやデータサイエンスを習得するためにも、ベースとなるスキルや知識を身に付ける必要があるということを改めて理解しました。今日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
【編集後記】
今回の取材で印象に残ったのは、荒平氏がAIを「伴走者」と表現したことである。AIの進化を脅威として遠ざけるのでも、答えを出してくれる便利な道具として無条件に頼るのでもない。使いながら、そのアウトプットを自分の知識や経験に照らして確かめ、必要であれば正していく。そのためには、人間側にも問いを立てる力や日本語力、基礎的な知識が欠かせないという指摘は、AIが身近になった今だからこそ重みを持つ。
もう一つ興味深かったのが、研究と教育を分けて考えない姿勢である。骨再生の研究にAIを取り入れる一方、学生との研究や企業との連携を通じて、データを分析し、発表し、フィードバックを受ける実践の場をつくっている。AI・データサイエンス教育の価値は、知識や資格を得ることだけではなく、それらを現実の課題にどう結びつけるかにあるのだろう。AI時代に問われているのは、AIに何をさせるかだけではない。AIと向き合う人間自身が、何を考え、何を問い、何を確かめるのかという「学びの質」なのだと感じた。
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