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2026.07.04

AIに負けない気概を持つ人材をどう育てるか――滋賀大学・竹村彰通学長が語るデータサイエンス教育と日本の未来(中編)

生成AIの進化によって、データ分析やプログラミングのハードルは急速に下がりつつある。一方で、「AIがあれば人は要らないのか」という問いも現実味を帯び始めている。こうした時代において、人間は何を学び、どのような専門性を磨くべきなのか。本インタビューでは、日本初のデータサイエンス学部を立ち上げ、長年にわたり統計学とデータサイエンス教育を牽引してきた滋賀大学学長・竹村彰通氏に弊社代表の山本が話を聞いた。データサイエンスの本質、生成AIとの向き合い方、企業が抱えるデータ活用の課題、そしてAI時代に求められる人材像とは何か。教育者であり統計学者でもある竹村氏の視点から、日本社会の未来を展望する。中編では、滋賀大学データサイエンス学部の取り組みやAI時代における教育のあり方などを語ってもらった。 

滋賀大学 学長 

竹村 彰通氏 

PROFILE

1952年、東京都出身。東京大学経済学部経済学科卒業後、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、米スタンフォード大学統計学部博士課程を修了。同大学統計学部客員助教授、東京大学経済学部助教授・教授、同大学大学院情報理工学系研究科教授などを経て、2015年滋賀大学データサイエンス教育研究推進室長。2016年同大学データサイエンス教育研究センター長・教授、2017年同大学データサイエンス学部学部長。2022年から現職。また、2002年9月~2004年9月には日本統計学会理事長を、2011年1月〜2013年6月には日本統計学会会長を務めた。『データサイエンス入門』(岩波新書)や『教養としてのデータサイエンス』(講談社)など、著書・共編著多数。2026年3月に出版された『生成AIを活用したデータサイエンス入門―実例で学ぶ教科書』(学術図書出版)では、監修を担った。 

 

 

 

【中編のエッセンス】

 

竹村学長は、日本初のデータサイエンス学部設立に携わり、その成功が全国の大学へ広がる契機になったと振り返る。滋賀大学の強みは、豊富な企業連携と経済学部を源流とする文理融合型の教育にある。卒業生は企業でデータ分析や課題解決の中核を担い始めており、社会的な評価も高まっている。また、研究科では企業派遣による社会人教育にも力を注ぎ、実務と学術を結びつけた人材育成を推進している。一方で、日本企業の多くは依然としてデータ活用の基盤整備が十分ではなく、人材不足も深刻だ。米国との差は大きいものの、日本社会全体でデータに基づく意思決定の重要性は着実に浸透しつつあるという。 

 

 

【中編のキーメッセージ】

 

キーメッセージ① 

日本初のデータサイエンス学部は社会的なニーズを捉え、全国のモデルケースとして発展した。

 

キーメッセージ② 

滋賀大学の強みは企業連携と文理融合教育にあり、実践的な人材育成を実現している。  

 

キーメッセージ 

日本企業の課題はデータ活用基盤と専門人材不足であり、さらなる変革が求められている。  

 

01

日本初のデータサイエンス学部誕生──滋賀大学が切り拓いた新たな教育モデル

「2022」のチャームがついたアカデミックガウンと角帽を身にまとい、緑豊かな屋外に立つ卒業生の後ろ姿

―遡ると、竹村先生は2017年に日本で初めての設置となった滋賀大学データサイエンス学部の立ち上げに尽力されました。かなりご苦労があったのではないでしょうか。

 

やはり、日本初ということもありましたし、当時の議論だと「データサイエンスというカタカナの名前の学部で良いのか」みたいな極端な声も寄せられていました。そういう不安が多かったと思います。

 

特に日本では、本当に新しい学部だったので、「データサイエンス学部を作って学生が集まるのか」「企業に採用してもらえるのか」、そういったことを随分議論しました。その中で、就職について考えると、企業の方に「データサイエンスが必要ですか」みたいなことを聞く必要がありました。

 

それでも、「日本にはこういう分野が大事なのではないか」と皆さんに言ってもらえたので、上手くいくと思っていました。おかげで、企業連携も進んで、データサイエンス学部を上手く立ち上げることができました。

 

言い方が悪いかもしれませんが、他大学は滋賀大学で上手くいったからみたいな感じで、次々とデータサイエンス系の学部ができています。そういう意味では「非常に成功した」と思っています。

 

基本的に社会的なニーズがあったから成功したわけです。データ活用でも米国にすごい差をつけられてしまい、日本はものづくりはまだまだ強いものの、色々なウェブサービスなどでは、大きな差がついてしまっています。

 

それに対する危機感が日本の中にあって、そういうニーズに応えられて学部としては成長してきたし、他大学も「滋賀大モデル」というと言い過ぎかもしれませんが、本学を見ながら作っていただいています。そういう意味では良かったと思います。

02

企業連携と文理融合が強み──滋賀大学データサイエンス学部の独自性

―改めて、貴学データサイエンス学部の特徴を教えていただけますか。

 

特徴として二点挙げられます。一つ目は、企業との絆が強いことです。当初から、企業連携や社会連携には力を入れてきたので、その質と量には自信があります。幸い本学のデータサイエンス学部が認知されていることもあって、今多くの企業からお話をいただくようになりました。実際、本学部の後にできた他大学と比べると、企業連携の実績は一桁ぐらい違うと思います。

 

我々の学部には、企業連携を本務としている教員が20名ほどいるのですが、常に共同研究が数十件レベルで動いています。他大学は、恐らく一桁ぐらいだと思います。その辺りが全然違いますね。企業連携の質と量が違うというのが一点です。そこが強みになっています。

 

二つ目は、文系的な要素が強いことです。データサイエンス学部は本学の彦根キャンパスにあります。このキャンパスには、本部・経済学部・データサイエンス学部があります。元々、ここには滋賀大学経済学部の源流となる彦根高等商業学校がありました。それもあって、データサイエンス学部も経済学部から派生したという感じなので、他の大学と比較すると文系的な要素が強いと言えます。他は工学系、情報工学系を基礎としたデータサイエンスやAIという感じのところが多いですからね。

 

―企業連携としては、今年5月に貴学とレゾナックの協業が発表されました。

 

そうですね。レゾナックは日本を代表する化学メーカーです。レゾナックと連携して、データサイエンス分野の人材を育成していきます。レゾナックの研究者が計算科学やAIの活用能力をより一層高めていけるよう、本学の教員がオンラインを中心とした研修で指導することになっています。

 

―データサイエンス学部の設立から10期目を迎えます。学生たちは、自分自身のアイデンティとして「データサイエンスに必要な数学とコンピューターができる」と自信を持って言えるようになっていますか。

 

非常に優秀で活躍している学生が結構います。そういう人たちは、データサイエンティストとしてのアイデンティティが非常に強いと思います。事実、一般社団法人データサイエンティスト協会という、データサイエンティストを取り巻く環境を整備したり、知見共有を目的にした交流促進にも取り組む団体があるのですが、そういうところで活躍して評価されている卒業生もいます。また、色々な企業で「データサイエンスならあの彼、あの彼女に頼みたい」みたいな、卒業生もいたりします。「結構頑張っているな」というのが、私の印象です。

 

特に1期生の活躍が目立ちます。やはり、「新しいことにチャレンジしよう」という学生が多かったからではないでしょうか。

 

企業の扱いを見ても、データサイエンス学部の卒業生が、ウェブのデータ分析をしていたり、社内のコンサル的な役割を早くから任せてもらえていたりします。何某かの専門性を活かした仕事に就いているので、やりがいを感じていると思います。

03

企業派遣院生が多数集う大学院──実務と学術をつなぐリカレント教育

黄金色の夕日が沈む丘の上を、手をつなぎながら歩く男女の後ろ姿

―滋賀大学にはデータサイエンス研究科も設置されています。企業からの社会人を対象とした再教育ニーズ、リカレントニーズをお感じになられますか。

 

実は、本学のデータサイエンス研究科は、企業派遣をメインターゲットとして設計し、創りました。企業派遣は、企業側が授業料等を負担して、仕事を一年二年中断して勉強しなさいという、いわば内地留学みたいな感じです。そういう学生が30名近くいるでしょうか。スタートが2019年ですが、以来ずっと20~30人は企業派遣の院生です。

 

カリキュラムも企業派遣の院生にフォーカスを当てて作っています。企業から派遣いただけているのは企業内のデータサイエンスを担う人材を育てたいという目的意識をお持ちだからです。そこを本学のデータサイエンス研究科の強みにしています。

 

―大学院の方は、ほとんどが企業派遣ですか。

 

そんなわけではないです。3割ぐらいが企業派遣です。

 

―皆さん、オンラインではなくキャンパスに来て学んでいるのですか。

 

半々ぐらいかもしれないですね。「仕事を中断して勉強してきなさい」という企業もあれば、「業務をしながらオンラインで聞いてくれ」みたいな企業もあります。一応、オンラインでも受講できるようにはしています。

 

―全科目オンラインを対応されているのですか。

 

そうですね。

 

―そうなると日本全国、どこにいても入学できるわけですね。

 

そうですが、やはりゼミ的なものは対面のほうが望ましいという面はあります。

 

―そうですよね、ゼミは難しいと思います。

 

そうだと思います。ただ、実際にはオンラインだけで勉強されている院生もいないわけではありません。

 

―まだまだ日本は圧倒的に大学院卒が少ないと言えます。やはり、専門高度教育はこれからの日本にとって、非常に必要なことだと思います。特に、データサイエンスの領域はビジネスをやっていく上で重要です。ちなみに、企業派遣の院生はお幾つぐらいですか。

 

30歳前後です。入社して数年だと思います。こちらのメッセージとしても、そういうふうに言っています。それぞれの企業の現場の知識を持ったモチベーションの高い方に、課題を解決するためにデータサイエンスを活用してもらいたいからです。

 

―企業派遣の方は、大学からそのまま大学院へと進んだ一般的な院生にとってもすごく刺激になっていると思います。ところで、企業派遣の方は、社内のどういった部門に在籍されているのですか。

 

それも非常に多彩です。ただ、最近は製造業の研究開発部門が増えていると思います。業種もバラエティに富んでおり、金融や教育関係、官庁などからも来ています。

 

―貴学のデータサイエンス学部、データサイエンス研究科も含めてですが、米国や中国の大学と連携していたりするのですか。もしくは、ベンチマークしている大学がありますか。

 

そうですね。データサイエンス学部を作る時は、米国のデータサイエンス・プログラムをかなり参考にしました。あと、研究者レベルでは交流が、もちろん普通にあります。ただ、連携している大学、繋がりが強い大学は多くはないです。最近ですと米国のフロリダ大学とは連携しています。

 

―科目単位での受講は行っていますか。あるいは、オープンカレッジであるとか。

 

科目単位の受講の制度はありますが、活用はまだまだです。

 

MI T(マサチューセッツ工科大学)だと無償で結構科目提供をしていたりします。

 

そうですね。オンラインは、MOOC(大規模公開オンライン講座。Massive Open Online Courseの略 )で教材を公開しています。

 

―社会貢献になりますよね。

 

そうですね。

 

―まさしく、貴学は日本で先駆けてデータサイエンス学部を立ち上げられた大学です。社会貢献という意味でも非常に素晴らしいことだと思います。やはり、色々な企業のお客様と話していても、「AIだったら何でもできる」という風に勘違いしてしまっています。

 

そうですね。

 

―そうではないということをしっかり理解しないといけないと思います。

 

そう思います。

04

生成AI活用を推奨する理由──「使わないリスク」への向き合い方

―貴学では学生に対して生成AIの使用を禁止せず、むしろ推奨するという方針を打ち出されているとお聞きしました。レポートを出すのに使ってもOKなのですか。

 

それは、教員側も工夫しなければいけない点ですが、私のメッセージとしてはAIを使いこなせる人材を育てないといけません。やはり、学生が就職する時に、「AIを使ったことはありません」というよりも、「使いこなせます」という方が絶対有利です。もちろん、学内の先生方全員が、この考え方に賛成というわけではありません。AIにまだまだネガティブな先生もいます。ただ、大学全体はそういう方向で進んでいます。

 

本学では、ChatGPT Edu という大学向けに構築されたサービスを日本で初めて導入しました。おかげで院生の勉強の仕方はかなり変わりました。データサイエンスの研究自体も同様です。それだけに、論文を書く時に「AI に任せてしまうのでは」という危険もあるのですがね。

 

とは言っても、AIを使うか使わないかではやはり生産性が変わってきます。論文の質というか。実際、「文章の完成度が上がった」というのが、教員の感想です。だから、やはり利用した方が良い。そういう状況だと思います。

 

もちろん、自分でしっかりと考えないといけないのは言うまでもありません。コピペするだけではまずいですから。そこら辺りを面接で丁寧に聞くことが大事になってきます。それでも、AIを使いこなした方が絶対生産性が上がるので、引き続き学内での活用推奨を進めていこうと思っています。

 

―ところで、日本企業がデータ活用でつまずく根本的な原因は何だと思われますか。

 

そうですね。データ分析する人材が少ないことです。それ以前に、DX そのものがまだまだという企業が多く、データの管理が、さすがに紙ではないと思いますが、EXCEL のシートがバラバラだというケースは結構多いです。複数のEXCELでどうやって分析するのか、 みたいなレベルから始めなければいけなかったりします。

 

―そんな感じなのですか。

 

そういう企業が多いですね。

 

―竹村先生、貴学では企業連携が盛んとのことですが、データサイエンティストにしても、やはりデータが命です。とにかく、データがないといけません。

 

そうですね。

 

―他方、日本企業の場合、データそのものの量が海外とは格段に違います。中国はもう国ベースでデータを集めています。米国もすごいお金を投資しています。日本の場合、そこが余りにも少ないです。

 

少ないと思いますね。

 

―そこの課題、日本企業のデータ活用の現在地を竹村先生はどうお考えですか。

 

もう少しデータ活用をしっかりやっていかないとダメだと思いますね。米国や中国は「何でもあり」みたいな一面があります。いずれも、悪い面があるとは思うものの、そこからイノベーションが起きて来ていることも事実です。

 

―そうですよね。

 

日本ももう少し踏み込まないといけないと思います。 例えば、日本ではライドシェア(自家用車の所有者と自動車に乗りたい人を結び付ける移動手段)がなかなか始まりません。

 

良くよく聞いてみると、タクシー会社のデータもあまりデジタル化されていないそうです。 監督官庁である国土交通省は中小のタクシー会社からは今でも相変わらず紙でデータを収集していると聞いています。

 

記憶に新しいところでは、コロナ禍になった時に最初はFAXで患者数を報告していました。少しずつ改善していると思いますが、日本は動きが遅いと言わざるを得ません。

 

―なるほど。やはり日本は統計学を本格的に学べる大学は、まだまだ少なかったりします。 大学院に進み、論文をきちんと書かなければならなくなった時に初めて統計を使うという人がほとんどだと思います。

 

そうですね。基礎から統計学を学べる大学はまだ少ないですし、必要になってから統計を勉強する人も多いと思います。

05

米国との差をどう埋めるか──日本におけるデータサイエンス教育の現在地

深く狭い岩の峡谷(キャニオン)の底から、遥か高い上空を見上げている人物の見上げる視点

―この10年あまりで、貴学をはじめ日本国内にはいくつものデータサイエンス系学部が誕生しています。米国と比較して、日本のデータサイエンス教育の現在地をどう捉えておられますか。

 

今日、国内には20ぐらいの大学でデータサイエンス系の学部があります。この10年でそれなりの規模になってきたと思っています。とは言っても、米国だと統計学の修士が毎年5000人ぐらいは出ています。それに対して、日本は統計学専門の研究科はほとんどなかったこともあり、データサイエンス教育のレベル感としてはやはり一桁違うと思っています。

 

米国の場合はやはり極端に情報系が強いです。情報系というか、AI 系が強くて、OpenAI やGoogleなどの企業だと給料が日本とは全く違います。その点が米国になかなか追いつけない理由にもなっています。

 

最近だと米国ではAIの加速度的な進歩によってプログラマーの就職率が悪くなっています。データサイエンスの方も若干そういう動きが見られるものの、AI を使いこなす能力があれば、まだまだ就職も非常に良くて給料も高いので、米国人にも人気があります。特に、Googleには世界中から優秀な人が集まっています。その意味でも、日本と米国ではまだまだ差があると思います。

 

―一日でも早く追いついてほしいのですが、追いつくまでにはまだまだ時間が掛かりそうですね。

 

確かに、難しいです。 そもそも、給与体系の考え方が米国と日本では違います。日本で初任給が高いと言っても、米国と比べるとレベルが違います。どうしても、年功序列的なキャリア体系があるからです。米国は、全然関係ないですからね。

 

―竹村先生は以前、「日本人は、統計的なセンスと倫理に欠けている」と指摘されていました。多少は克服されてきているとお感じになられますか。

 

データ活用については、専門的に勉強する人も増えてきているので、変わりつつあると思います。ただ、日本社会には濃密な人間関係で物事を決めていくみたいなところが、どうしてもあります。それでも、データに基づいて物事を進めていくことの重要性は徐々に理解されて来ている気がします。良い方向に向かっているのではないでしょうか。