慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)教授
南澤 孝太(みなみざわ こうた)氏
PROFILE
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)教授。2005年東京大学工学部計数工学科卒業、2010年同大学院情報理工学系研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。KMD Embodied Media Projectを主宰し、身体的経験を共有・創造・拡張する「身体性メディア」の研究開発と社会実装、Haptic Design Projectを通じた触覚デザインの普及を推進。日本学術会議若手アカデミー幹事、テレイグジスタンス株式会社技術顧問、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 目標1「Project Cybernetic being」プロジェクトマネージャーを兼務。慶應義塾大学義塾賞(2022)、ACM CHI Best Paper Award(2025)、グッドデザイン賞(2012、2017)など受賞多数。
サイバネティック・アバターとは、人が自分の能力を最大限に発揮し、さまざまな人の技能や経験を共有できるアバター技術です。
離れた場所からロボットを操作し、分身として働く。脳波でロボットアームを動かし、自分の体の一部のように使う。慶應義塾大学の南澤孝太教授は、国のムーンショット型研究開発事業で、身体に制約のある人も自由に活動できる未来の生き方・働き方の実現に取り組んでいます。その根底にあるのは、AIやロボットに人の仕事を置き換えさせるのではなく、人の生きがいを広げるという考え方です。
本記事では、南澤教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、サイバネティック・アバターの考え方と実践、AIを「身体のアシスタント」として活用する研究、2050年の社会を描くムーンショット、成果を生む産学連携、そして「共創」と「越境」で時代を変える研究者の姿勢を解説します。
この記事でわかること
・サイバネティック・アバターとは何か、アバターロボットの広がり
・分身ロボットで、障がいや距離を越えて働く取り組み
・AIを「身体のアシスタント」にし、人のやりがいを守る考え方
・2050年を見届けるムーンショットと、成果を生む産学連携
・研究者のあり方の変化と、「共創」と「越境」のすすめ
サイバネティック・アバターとは?
VRのブームの後、デジタルの世界だけで閉じるのではなく、実体を持って現実の世界で行動できないか――その流れを加速させたのが、2018年に米国のXプライズ財団が始めたアバターロボットの国際コンペティション「ANA AVATAR XPRIZE」です。世界中の研究機関やスタートアップが開発を競いました。
2017年には、東京大学の舘研究室と南澤教授の研究室から、大学発ベンチャーのテレイグジスタンス株式会社が設立され、有力スタートアップの一角に成長しています。ロボットで人の能力を遠隔地に送り、その間にAIに学習させ、いずれは人がいなくても活動できるロボットが実現しつつあります。
では、最終的に人は要らなくなるのか。ビジネスとしては人がいないほうが生産性は高く、コストも下がるかもしれません。しかし、人間の生きがいという意味では問題がある。そこで南澤教授は、アバターロボットを、多様な人が尊重され活躍できる社会――インクルージョンやダイバーシティを高める技術として捉え直しています。それが、ムーンショット型研究開発事業の「Project Cybernetic being」です。
分身ロボットで、障がいや距離を越えて働く
Project Cybernetic beingでは、株式会社オリィ研究所が運営する「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を舞台に、寝たきりの人や車椅子を使う人など、外出が難しい人が、分身ロボットを使って働き、社会とつながる未来の働き方の研究開発と社会実装に取り組んでいます。
アバターを使えば、身体の障がいを越えて人と触れ合い、お金を稼ぐことができます。そして何より、社会との接点が生まれます。日本では、国民のおよそ9.2%が何らかの障がいを有しているとされています。
| 障がいの区分 | 人口千人当たりの人数 |
|---|---|
| 身体障がい | 34人 |
| 知的障がい | 9人 |
| 精神障がい | 49人 |
| 全体(複数の障がいを持つ人もいるため単純合計にはならない) | 国民のおよそ9.2% |
出典:内閣府「令和5年版 障害者白書」
寝たきりでも「忙しすぎる」パイロットたち
分身ロボットを遠隔操作する「パイロット」の中には、東京のカフェだけでなく、都庁や万博、海外のカフェなど、朝から晩までスケジュールが埋まっている人もいます。身体は寝たきりなのに忙しすぎる――社会参画の域を越えていると言ってもよいほどです。海外からの客が増え、実際に外国人に会ったことがないパイロットの英語も、どんどん上達しているといいます。
「こんなことは、AIが接客していたら絶対生まれません。」
――南澤教授
身体を「拡張」する――脳波で動かすロボットアーム
分身を手に入れるだけでなく、自分の身体そのものを拡張する研究も進んでいます。ALS(筋萎縮性側索硬化症)とともに生きながら、DJやクリエイター、実業家として活躍する武藤将胤さんと取り組む「Brain Body Jockey」プロジェクトでは、脳波で武藤さんの意思をくみ取り、車椅子に取り付けたロボットアームを動かします。家を出るときにエレベーターのボタンを自分で押す、買い物で自分で物をつかむ――体の一部となるロボット技術で、身体の限界を越えることを目指しています。
南澤教授らは脳波の技術そのものを開発しているわけではありません。実際のユーザーがいる現場に導入するため、今ぎりぎり使える最先端の技術を「道具」として選び、組み合わせて、トータルで新しい身体をつくっています。
AIは「身体のアシスタント」――人のやりがいを奪わない
物理的な世界とAIの融合が進む中で、南澤教授の研究におけるAIの位置づけは、人のアシスタントです。それも対話で手伝うのではなく、二人羽織のように身体を使って直接手伝ってくれるアシスタントです。
| AIによる身体のアシストの例 | 内容 |
|---|---|
| 力のアシスト | 何かを持ち上げたいときに、ふっと支援してくれる |
| 技のアシスト | 手先が不器用でも、アバターやウェアラブル機器越しにAIの支援を受け、無意識のうちに上手にできる |
| 技能の体感 | 「人間国宝の技」のように、AIの中にある技を身体で感じられる |
| 成功体験の支援 | 子どもでも7割の打率でバッティングできるアバターロボット。AIで能力を少し底上げすると成功体験が生まれ、やがて支援を外してもできるようになる |
効率だけでは、人は幸せにならない
人を使わずに生産コストを下げるフィジカルAIの開発競争は、経済合理性の観点からは必然の流れだと南澤教授も認めます。それでも、あえてそこに異を唱える側面があるといいます。やりたくない仕事はAIやロボットに任せればよい。しかし、やりがいや生きがい、活躍の場をつくらなければ、結局は皆が幸せにならないからです。
「本人の人生経験にとってプラスになるような使い方をしないといけない、と言い続けています。」
――南澤教授
障がいのある人がアバターで働く場面でも、効率だけならAIに任せればよい。しかしそれでは本人の経験になりません。自分たちもやらなくてよい仕事はやりたくない一方、「仕事は全部やらなくていい」と言われるのは寂しいもの――人のやりがいや成長をどう広げるかが、南澤教授のプロジェクトのポリシーです。
「今できないことができるようになる」ことの意味は、障がいに限りません。運動が苦手な人がトップ選手の剛速球を打てるかもしれない、陶芸の技をすぐに取り入れられる、災害や救助の現場で必要な技を瞬時に身体に取り込めれば救える命がある――社会のレジリエンスを高めるインフラにもなりうると、南澤教授は考えています。
AIを「人の力を伸ばすアシスタント」として使えているか
AIに仕事を置き換えさせるだけでなく、社員一人ひとりの力を伸ばすアシスタントとして活用できているか。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」で、組織の生成AI活用の状況を把握し、次の打ち手を明確にできます。
2050年を見届ける責任――ムーンショットと研究の新しい「型」
ムーンショット型研究開発事業は、2050年までに人が身体や脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現することを掲げています。2020年にプログラムが始まったとき、同世代の研究者とコロナ禍の深夜のオンライン会議を重ねる中で、ある思いが生まれたといいます。
「『僕らは2050年にもなお現役となる世代なのだから、研究の結末を見届ける責任があるのでは』という流れになりました。」
――南澤教授
国のプロジェクトは、成果が研究室の外に出ず、社会がどう変わったのかわからないまま終わりがちです。そこで南澤教授らは、論文や産学連携の成果に加え、研究室の外に出て、社会のさまざまなステークホルダーや当事者と連携しながら進める、新しい研究の「型」をつくることを狙いにしています。プロジェクトは現在、18の研究室やスタートアップの合同チームです。
ムーンショットから派生した取り組みも始まっています。JSTの「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」では、横浜市立大学医学部と連携し、対人関係に困難を抱える人のメンタルケアや社会復帰にアバター技術を生かせないか研究を始めました。未来志向のムーンショットで生まれた技術を、現実の課題解決につなげるという、異なる時間軸のプロジェクトを並行させています。
成果を生む産学連携の進め方
大規模なプロジェクトを束ねる力はどこで身についたのか。南澤教授は、学部生時代から修士課程の終わりまでの約2年半、学生ベンチャーの代表取締役CEOを務めた経験が大きいと振り返ります。クライアントのシステムを開発して納品し、トラブルで夜中に電話がかかってくる――一人でできることには限界があり、チームで動かなければならないことを学んだといいます。
| 南澤教授が大切にしていること | 内容 |
|---|---|
| 適切な予算で、本気の取り組みに | わずかな金額の共同研究では、企業側もお付き合い程度にしか見ない。一定の予算を投じれば担当者が経営陣に説明する必要が生まれ、双方が本気になる |
| 社内説得から一緒に考える | プロジェクトの規模と質を担保するため、担当者が社内を説得するところから一緒に知恵を絞り、企画から取り組む |
| 成果を最大限に発信する | お互いに良い仕事をして外に発信する。経営陣の目に留まれば、ブランディングや事業との結びつきに広がる |
| 「シードの手前」を担う | スタートアップとして投資を受けるには早いが、プロトタイプとして外に見せられる段階の研究を手がけ、企業の次のビジョンの種にする |
学術的な好奇心と、企業のミッションと、当事者のニーズを上手につなげる――それが南澤教授の研究室の役割です。産学官民連携施設のプランニングにも関わり、社会と連携した研究ができるチームを大学の内外に増やすことで、大学と社会の新しい関係を築こうとしています。
研究者のあり方が変わる――「社会巻き込み型」へ
知識はインターネットにあふれ、研究者が知識を持っているだけでは意味がなくなりました。大事なのは、何かに直面したときにどんなアウトプットを返すか。入力に対して新しい何かを出力する、いわば「関数」としての研究者のニーズが高まり、社会に出て新しいインプットを得ながら応える「共創型」の若手研究者がさまざまな分野で増えていると南澤教授は語ります。
かつては、ひとつの技術概念が社会に実装されるまでに一世代かかりました。今は技術の進化が加速し、新しい概念が10年も経たずに社会に浸透します。だからこそ、研究者がユーザーに届けるところまで見届け、誰に届けるのか、社会にどんな影響があるのか、法律をどう変えるのかまで考える必要がある。職人の技をAI化するなら、その技能の権利やトレーサビリティをどう担保するかも問われ、文系の研究者との協働も欠かせません。
着想は、新しい現場と人との出会いから
研究の着想は、新しい現場や人に出会ったときに生まれます。耳の聞こえない来館者が触覚の展示に興味を持ってくれたことから、ライブを触覚でつなぐ研究が始まり、工芸の産地の関係者が研究室を訪れたことから、職人技のプロジェクトが始まりました。子どもから高齢者、アスリートから弁護士まで、インプットの幅が研究のアウトプットの幅になるのです。
南澤教授は、同じく人への関心を研究の軸に持つ石黒浩教授と自身の違いを、「石黒先生はアーティスト、僕らはデザイナー」と表現します。強い人間観を示して人類を引っ張るのではなく、人や地域の課題に寄り添い、誰かの「やりたい」を実現する――それが南澤教授のスタンスです。
「時代は変えられる」――共創と越境のすすめ
最後に、ロボットやAI、触覚の研究に挑む若手や起業家へのメッセージを尋ねました。今ある現象や課題が、5年後、10年後もそのままであることは考えられません。だからこそ、時代は変えられるという前提で行動することが大事だと南澤教授は語ります。
「あらゆるルールは元を辿れば誰かが作ったものです。」
――南澤教授
法律も、社会の制度や仕組みも、すべて誰かが作ったもの。それなら、自分たちで作り直せばよい。そして、作り直す手段は今たくさんあります。そのうえで大切なのが、同じ未来像を持つさまざまな立場の人と語り合い、議論する「越境」です。専門の近い人だけでなく、まったく違う視点や経験を持つ人も、実は同じことを考えていたりします。いろいろな方面から共通の未来像に向かう「共創」と「越境」を重ねれば、世の中はまだまだ良くなる――専門外のことにも好奇心を持って取り組めば、仕事も研究も面白くなると南澤教授は語ります。
よくある質問(FAQ)
Q. サイバネティック・アバターとは何ですか?
A. サイバネティック・アバターとは、人が自分の能力を最大限に発揮し、さまざまな人の技能や経験を共有できるアバター技術です。南澤教授がプロジェクトマネージャーを務めるムーンショット型研究開発事業の「Project Cybernetic being」では、アバターという新しい身体によって、身体に制約のある人も自由に活動できる未来の生き方・働き方の実現を目指しています。
Q. 分身ロボットで働くとはどういうことですか?
A. 寝たきりの人や車椅子を使う人など外出が難しい人が、離れた場所から分身ロボットを操作し、カフェなどで接客して働く取り組みです。お金を稼げるだけでなく、社会との接点が生まれます。分身ロボットを操作する「パイロット」の中には、国内外の複数の拠点で一日中働く人や、海外からの客との会話で英語が上達した人もいるといいます。
Q. AIは人の仕事を奪いますか?
A. 南澤教授は、効率だけを考えればAIに任せればよい仕事もあるが、それでは本人の経験にならないと指摘しています。やりたくない仕事はAIやロボットに任せつつ、人のやりがいや生きがい、活躍の場をつくらなければ、皆が幸せにはならないという考えです。
Q. AIを「身体のアシスタント」にするとはどういうことですか?
A. 対話で手伝うアシスタントではなく、二人羽織のように身体を使って直接手伝ってくれるAIのイメージです。例えば、子どもでも7割の打率でバッティングができるアバターロボットでは、AIが本人の能力を少し底上げすることで成功体験が生まれ、やがてAIの支援を外しても本当にできるようになっていくといいます。
Q. 成果を生む産学連携のポイントは何ですか?
A. 南澤教授は、企業が一定の予算を投じることで、担当者が経営陣に説明する必要が生まれ、双方が本気で取り組むプロジェクトになると述べています。予算の確保のための社内説得から一緒に知恵を絞り、成果を最大限に発信して、研究成果を企業の次のビジョンの種にすることを重視しています。
まとめ:テクノロジーで、人の生きがいと可能性を広げる
- サイバネティック・アバターとは、人の能力や経験を共有・拡張し、分身として活動できるアバター技術
- 分身ロボットや身体拡張技術で、障がいや距離を越えて働き、社会とつながる未来が形になりつつある
- AIは人を置き換えるのではなく、身体のアシスタントとして人の成長とやりがいを支えるべき
- 産学連携は、適切な予算と本気の取り組み、成果の発信で、企業の次のビジョンの種になる
- 時代は変えられる。同じ未来像を持つ人と「共創」し、専門を越えて「越境」することが鍵
今までできなかったことができるようになる――その繰り返しで、人は進化してきました。テクノロジーで身体の制約を越え、人の生きがいを広げる挑戦は、2050年に向けて続いていきます。
新しい技術を、共創で社会に届ける
DEFiDEは、AI/DXコンサルティングと自社SaaSの開発・提供を通じて、企業のAI活用を支援しています。目的の整理から技術の選定、小さな実証、そして社内への展開まで、共創のパートナーとして伴走します。
▶ 前編:身体のDXとは?触覚技術で職人技や経験を記録・共有・拡張する「身体性メディア」
▶ インタビュー全文:共創と越境により新たな時代をデザインする(後編)
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