東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授
山崎 俊彦(やまさき としひこ)氏
PROFILE
東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授。1999年東京大学工学部電子工学科卒業、2004年同大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤情報学専攻助手、同大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻講師・准教授を経て、2022年より現職。2011年から2013年まで日本学術振興会海外特別研究員としてコーネル大学に滞在。画像・映像を中心に、音声・テキスト・メタデータなど多様なデータを扱うマルチモーダルAIを専門とし、「魅力」を工学的に解明する「魅力工学」を提唱。産学連携による社会実装を推進している。
AI時代の人間の価値は、定番からの「逸脱」を決断すること、人と人との信頼関係を築くこと、そしてそれらを支える基礎力にあります。
生成AIが資料や画像を次々と生み出し、誰もが同じような成果物を作れる時代になりました。「AIが作ったものを、そのまま『できました』と出してしまう」という懸念も広がっています。東京大学の山崎俊彦教授は、AIはあくまで道具であり、最終的に差を生むのは人間の本質的な力だと語ります。
本記事では、山崎教授へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、AI時代に人間の価値はどこにあるのか、「型破り」と「型無し」の違い、AIに推薦される信頼の築き方、挑戦を支える考え方、そして基礎力の重要性を解説します。
この記事でわかること
・AIが均質な成果物を量産する時代の、人間の付加価値
・「型破り」と「型無し」の違いと、AIに型破りができない理由
・AIに推薦される時代の、信頼と情報発信の考え方
・信念を貫く「諦めの悪さ」と、撤退する「諦めの良さ」の両立
・料理にたとえた「素材・道具・腕」――AI時代こそ基礎力が問われる理由
AI時代に人間の価値はどこにある?
AIが均質な成果物を量産し、「金太郎飴になる」と懸念する声があります。山崎教授は、この見方に否定的です。人間の付加価値として、山崎教授は次の2つを挙げます。
価値1:定番からの「逸脱」を決断する
AIは定番のものを上手に作れます。しかし、定番から逸脱することは、今のところ人間にしか許されていない領域です。前編で紹介した青色のビール缶の例のように、AIに「これがうまくいく確率は?」と計算させれば、金や銀のデザインより低い値が出るはずです。それでも「自分はこれが良いと思える」と決断し、最終的なGoサインを出せるのは人間だけかもしれません。
「常識的な定番からの逸脱は人にだけ許されたことだと思います。」
――山崎教授
価値2:人と人との関係性とストーリー
AIの性能がどれほど進んでも、究極は人と人とのコミュニケーションです。人と人が向き合うとき、そこにはその人の想いや信念、歩んできた軌跡というストーリーが絡みます。スポーツや将棋・囲碁の世界で人々がトップ選手に熱狂するのは、競技の強さだけではなく、その人が歩んできた人生や人間性そのものに魅力があるからです。
山崎教授は若い世代向けの講演の最後に、「これからの時代、AIに取って代わられない人脈が重要だ」と伝えています。無理なお願いをしたときに「他の人なら聞かないけれど、あなただから手伝うよ」と言ってもらえる関係こそが本当の人脈であり、それを生むのは人間臭さや、その人が歩んできた人生を含めた魅力です。これはAIの登場で変わったことではなく、むしろAIによってより明らかになったことだといいます。
「型破り」と「型無し」の違い――AIに型破りはできるか
山崎教授は、知人の研究者の言葉を借りて、次のように説明します。
「基本がわかっていて、敢えてそこから逸脱して新しいものを作るのは型破り。基礎や基本もできていないのに、いい加減にやるのは型無し。型破りと型無しは明確に違う。」
――山崎教授が紹介した、知人の研究者の言葉
| 型破り | 型無し | |
|---|---|---|
| 前提 | 基礎・基本を身につけている | 基礎・基本ができていない |
| 行動 | あえて定番から逸脱し、新しいものを生み出す | いい加減にやる、奇をてらう |
| 結果 | 意味づけされた新しい価値になる | 取ってつけたような変わったものにとどまる |
では、AIは型破りができるのでしょうか。山崎教授は、少なくとも現時点では、人間が意味づけし、責任を持って選び取るような型破りは、AI単独ではまだ難しいと考えています。今のAIは過去の膨大な知識を詰め込み、それを引き出すよう訓練されています。型破りに見えても、それは自分が知らないだけで、世界の誰かが知っていた知識や経験である可能性が高い。つまり、まだ「型の中」に収まっているのです。だからこそ、中編で触れた「イマジネーション」が人間に求められます。
5年後、10年後に型破りができるAIが現れる可能性について、山崎教授は「きっと出てくるだろうが、いつかは断定できない」と述べています。
AIに「選ばれる」時代の信頼の築き方
最近、山崎教授の研究室には留学を希望する学生からの問い合わせが急に増えたといいます。試しにChatGPTに「日本でAIの研究をするために留学したい。おすすめの研究室は?」と尋ねたところ、山崎教授の名前が挙がったそうです。断定はできないものの、海外の学生が生成AIの推薦を参考にしているのかもしれないと感じた出来事でした。
生成AIを情報収集に使う人は増えています。帝国データバンクの2026年3月の調査では、生成AIを業務で活用している企業は34.5%に上りました。一方で、活用上の懸念として最も多かったのは「情報の正確性」(50.4%)です。
| 調査項目(生成AIに関する企業の動向調査) | 結果 |
|---|---|
| 生成AIを業務で「活用している」企業 | 34.5% |
| 懸念・課題:「情報の正確性」 | 50.4% |
| 悪影響・トラブル:「使いこなし格差の拡大」 | 18.8% |
出典:帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」(有効回答1万312社)
AIに推薦されるための考え方は「SEOと同じ」
山崎教授は、AIに推薦されるための考え方は、SEO(検索エンジン最適化)と同じだと言います。
- 権威ある第三者に取り上げてもらう:信頼できる第三者のサイトなどで好意的に紹介されることが、AIにとっても信頼の根拠になる
- 情報をインターネット上に広げる:記事などの情報が広がることで、AIに「この分野で信頼できる人物・情報源だ」と学習してもらえる
- 自らをブランディングし、発信する:客観的に見て、自分の情報を発信・拡散する、または拡散してもらうことが重要
魅力工学という独自の分野を長年研究し続けてきたことが、AIからの推薦にもつながっていると考えられます。ただ、研究を始めた当初は「魅力の研究なんて研究ではない」「うまくいくはずがない」と言われることもありました。山崎教授は、それらを前向きに「アドバイス」として受け止めてきたといいます。
AIの回答を「信頼できる一次情報」に基づかせるなら
生成AIの活用で最も多い懸念は「情報の正確性」です。DEFiDEの「chai+」は、社内の文書やマニュアルといった一次情報を参照して回答するRAG型のAIチャットボットです。根拠となる情報に基づいて回答するため、正確性への不安を抑えながら、問い合わせ対応やナレッジ共有に活用できます。
信念を貫く「諦めの悪さ」と、撤退する「諦めの良さ」
批判を受けても信念を貫けたのはなぜか。山崎教授は、次の3つを挙げます。
- 自分が成し遂げたいことを研究対象にした:「うまくいきそうか」ではなく、自分が強く興味を持ち、実現したいと思うことを選んだ。だから失敗しても構わないと思えた
- 身近なニーズを感じていた:新人研修やプレゼン練習など、毎年同じことを教える場面はどこにでもある。最初の基礎をAIが教え、応用を人が教えられれば、喜ぶ人は自分以外にもいるはずだと考えた
- 諦めの悪さと諦めの良さを両立する:どこまでも追い求める胆力と、「これはダメだ」とわかったら時間やお金をかけていてもスパッと撤退する潔さの両方を持つ
「『諦めの悪さと諦めの良さの両立が肝心です』と答えるようにしています。」
――山崎教授
大切なのは、自分が今どちらの視点で物事を見ているのかを、常に客観視しながら取り組むことです。
「失敗しても大丈夫」と言える環境をつくる
近年は、失敗経験を積みにくい環境に置かれている学生も少なくありません。山崎教授は学生に、「指導教員である私の責任だから、思いきりやってごらん」「卒業できるようにしっかりメンタリングするから、今は思うように動いて、ダメだったら次はこうしてごらん」と伝えています。そう言われると、学生は安心して挑戦できるのです。上司が「責任は自分が取る」と言える組織では、部下も安心して挑戦できる――企業にもそのまま当てはまる考え方です。
AI時代こそ基礎力――「素材・道具・腕」の三位一体
変革期にある今こそ、物事の本質をしっかり理解し、勉強すべきだと山崎教授は語ります。定期的に料理でリフレッシュしているという山崎教授は、それを料理にたとえます。
| 料理の要素 | AI時代に置き換えると | ポイント |
|---|---|---|
| 素材 | データ | 素材が良くなければ、おいしい料理はできない |
| 道具 | AI | なまくらな包丁では、良い刺身は作れない。道具の良さも重要 |
| 料理人の腕 | それらを扱う人間の実力(基礎力) | 素材と道具があっても、腕次第でおいしくも、そうでなくもなる |
世の中には、素材(データ)と道具(AI)さえあれば誰でもおいしい料理が作れる、と考えている節があります。しかし山崎教授は、もう一つ「料理人の腕」が欠かせないと強調します。腕のある料理人は、限られた予算の素材でも、高級食材をそろえた素人に勝ってしまうのです。
求められているのは、「AIという新しい道具を使える」と誇ることではありません。「どうすればおいしい料理が作れるのか」「食べる人をどうすれば感動させられるのか」をまず考えることです。AIはそのピースの一つにすぎません。素材や調理法を学び続け、包丁を毎日研ぐように、基本に立ち戻ることが必要です。
「今だからこそ基礎に立ち戻って、基礎的・基本的な実力をつけた人が勝ち残る時代になりつつあると思います。」
――山崎教授
よくある質問(FAQ)
Q. AI時代に人間の価値はどこにありますか?
A. 山崎教授は、AIは定番のものを上手に作れる一方で、定番からの「逸脱」を決断することは今のところ人間にしか許されていない領域だとしています。また、AIの性能がどれほど上がっても、究極は人と人とのコミュニケーションであり、その人の想いや信念、歩んできた軌跡が価値を生むと述べています。
Q. AIが作る成果物は均質化してしまいますか?
A. 同じようなAIが同じような資料を作り「金太郎飴」になるという懸念に対し、山崎教授は否定的です。AIが作る定番に対して、何を採用し、どこで逸脱するかを決めるのは人間であり、そこに人の付加価値が生まれるとしています。
Q. 「型破り」と「型無し」の違いは何ですか?
A. 山崎教授が紹介する知人の研究者の言葉によると、基本がわかったうえで、あえてそこから逸脱して新しいものを作るのが「型破り」、基礎や基本ができていないのにいい加減にやるのが「型無し」です。両者は明確に違い、型破りには基礎が欠かせません。
Q. AIは「型破り」ができますか?
A. 山崎教授は、少なくとも現時点では、人間が意味づけし責任を持って選び取るような型破りはAI単独ではまだ難しいとしています。今のAIは過去の知識を詰め込み、それを引き出すよう訓練されているため、型破りに見えても、世界の誰かがすでに知っていた知識の範囲にとどまっている可能性があるからです。
Q. AIに推薦されるにはどうすればよいですか?
A. 山崎教授は、SEO(検索エンジン最適化)と同じだと述べています。権威のある第三者のサイトなどで好意的に取り上げてもらい、その情報がインターネット上に広がることで、AIに信頼できる情報源として学習してもらうことです。自らをブランディングし、情報を発信・拡散することが重要だとしています。
Q. AI時代に若手は何を磨くべきですか?
A. 山崎教授は、今こそ物事の本質を理解し、基礎に立ち戻るべきだと述べています。料理にたとえると、素材(データ)と道具(AI)だけではおいしい料理はできず、「料理人の腕」が欠かせません。基礎的・基本的な実力を身につけた人が勝ち残る時代になりつつあるとしています。
まとめ:AIは道具。差を生むのは人間の「腕」
- AI時代の人間の価値は、定番からの「逸脱」を決断すること、そして人と人との関係性とストーリーにある
- 基礎ができたうえで逸脱するのが「型破り」、基礎がないのが「型無し」。今のAIの型破りは、まだ「型の中」にとどまる
- AIに推薦されるための考え方はSEOと同じ。信頼できる第三者に取り上げられ、情報を発信・拡散することが重要
- 信念を貫く「諦めの悪さ」と、撤退する「諦めの良さ」を両立し、安心して失敗できる環境をつくる
- 素材(データ)と道具(AI)だけでは足りない。料理人の腕=基礎力を磨き続ける人が勝ち残る
AIが当たり前になった今、私たちはつい「AIに何ができるか」に目を奪われがちです。しかし本当に問われているのは、「人間は何をすべきか」「何を磨くべきか」。AI時代だからこそ、人間の本質的な力が問われています。
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▶ 前編:魅力工学とは?AIで「魅力」と匠の技を解き明かし、人の能力を引き出す
▶ 中編:AI面接の公平性はどう確保する?精度と公平性を両立する設計と、AI時代に必要な2つの力
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