京都大学 大学院情報学研究科 知能情報学コース 助教
長野 匡隼(ながの まさとし)氏
PROFILE
京都大学 大学院情報学研究科 知能情報学コース 助教。2018年電気通信大学情報理工学部卒業、2023年同大学院情報理工学研究科修了。日本電信電話株式会社(NTT)研究員、電気通信大学大学院情報理工学研究科特別研究員を経て、2025年4月より現職。教師なし学習による時系列情報の解析、見まね学習(模倣学習)、記号創発、マルチエージェントの協調行動などを研究し、人のように育ち、人と共生するAI・ロボットの実現を目指す。
マルチエージェントとは、複数のAIやロボット(エージェント)が相互に作用しながら、協調してタスクを解決する仕組みです。
人は、ちょっとした声かけだけで自然に役割を分担できます。では、ロボット同士も同じように協力できるのでしょうか。京都大学の長野匡隼助教は、全体を管理する「統率者」を置かず、ロボット同士がメッセージをやり取りしながら自律的に役割を分担する研究に取り組んでいます。
本記事では、長野助教へのインタビュー(聞き手:デフィデ株式会社 代表 山本哲也)をもとに、マルチエージェントの考え方、ロボット同士が話し合って役割分担する仕組み、自律分散型の協調の意義、日本の製造業への可能性と実用化の課題、そして若い世代へのメッセージを解説します。
この記事でわかること
・マルチエージェントとは何か、1台のロボットの学習との違い
・ロボット同士がメッセージで役割分担する仕組み
・統率者を置かない「自律分散型」の協調が持つ意味
・日本の製造業の人手不足と技能継承への可能性
・実用化への課題と、若い世代へのメッセージ
マルチエージェントとは?――1台の学習と集団の学習は違う
人間にも「個人で成長する機能」と「複数人で成長する機能」があるように、ロボットでも、1台で知識や行動を獲得する能力と、複数体が集団として学び適応する能力は別のものだと長野助教は捉えています。前編で紹介した見まね学習は1台のロボットの学習ですが、それとは別に、ロボット同士が相互作用しながら新たなスキルや協調行動を学ぶ方法の構築にも取り組んでいます。
具体的には、マルチエージェントシステムにおいて、関連する複数のタスクを同時に学ぶマルチタスク学習を活用しながら、ロボット同士の役割分担や協調行動の最適化を進めています。それぞれのロボットが、自分や他者の状態、得手不得手をもとに、役割を調整しながら行動します。
ロボット同士が「話し合って」役割を分担する仕組み
仕組みはシンプルです。まず、役割やフォーメーションを表すメッセージをボトムアップに学習させます。次に、そのメッセージと自分の観測情報を使って、強化学習(試行錯誤を繰り返し、最適な行動方針を見つけ出す仕組み)で行動を学びます。複数のロボットが一緒にタスクを解決する中で、どう行動すれば協調的にうまくいくかを、試行錯誤を通じて学んでいくのです。
実験例:背の高いロボットと低いロボット
| 状況 | ロボットの行動 |
|---|---|
| 荷物の配置 | 荷物は机の上と棚の上にある。背の低いロボットは棚の上の荷物を取れない |
| 協調がない場合 | 背の高いロボットは机の荷物にも近いため、すべてを一人で処理でき、背の低いロボットには仕事がなくなる |
| メッセージで協調する場合 | 背の高いロボットが「あなたの方が得意だから、そちらをお願いします」と伝え、棚は背の高いロボット、机は背の低いロボットが担当する |
ロボット同士は、お互いの身体的な特徴を明示的には知りません。過去の経験やメッセージのやり取りを通じて、「相手はこれが得意」「自分はこれが得意」と理解していくのです。実験では、フォーメーションを表すメッセージを送受信しながら、協調行動を取れるようになることが確認されています。
研究のきっかけは、家族との買い物
この研究の発端は、長野助教が家族と買い物に行ったときの体験です。買い物リストの商品を分担して探すとき、「今この売り場の近くにいるよ」と伝えるだけで、自然と役割分担ができる。たったこれだけのやり取りで協調が成り立つのはなぜか――その疑問が研究の出発点になりました。位置がわかるだけでも役割分担はでき、得意・不得意の情報が加われば、より効率的に協調できると長野助教は考えています。こうしたメッセージのやり取りそのものが、集団の中から生まれてくることにも研究的な意義があります。
統率者のいない「自律分散型」の協調
長野助教の実験では、2台のロボットを管理する上位のAIはいません。音声やメッセージのやり取りだけで、互いの位置や担当すべき役割を自律的に決めています。完全に分散型のシステムです。
| 中央集権型(Centralized Training) | 自律分散型(長野助教の研究) | |
|---|---|---|
| 仕組み | 中央に「統率者」を置き、各ロボットを制御する | 統率者を置かず、ロボット同士がメッセージで役割を決める |
| 強み | 効率性や最適化に優れる | 自律性や多様性を保ち、人間らしい協調ができる |
| 課題 | 自律性や多様性が失われ、人間らしさがなくなりやすい | 協調のためのメッセージを学習で獲得する必要がある |
「私はやはり、最終的にはロボット同士が本当の意味で自律的に動き、お互いを尊重しながら協力するような関係性を築いていってほしいと考えています。」
――長野助教
聞き手の山本は、複数のAIが連携する仕組みでは、全体を統括する「オーケストレーション」型が一般的ではないかと問いかけました。長野助教の研究は、あえて統率者を置かないことで、人と人が自然に協力し合うような関係をロボットの間に実現しようとしています。
AIエージェントが業務を支える基盤を
AIエージェントが人の意図をくみ取り、業務を支える時代が始まっています。DEFiDEの社内業務クラウド「SmartOps」は、やりたいことを自然な言葉で伝えるだけで、AIエージェントが社内手続きの確認や社内情報の検索などを支援する業務基盤です。基本機能はずっと無料で、必要な機能だけを追加できます。
日本の製造業の救世主になれるか――人手不足と技能継承
日本の企業の99.7%は中小企業であり、少子高齢化による人手不足で、熟練した職人も減りつつあります。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、生産年齢人口(15〜64歳)は2020年の7,509万人から2040年には6,213万人に減ると見込まれています。
| 年 | 生産年齢人口(15〜64歳) |
|---|---|
| 2020年(実績) | 7,509万人 |
| 2040年(推計) | 6,213万人 |
| 2070年(推計) | 4,535万人 |
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」出生中位(死亡中位)推計/中小企業の割合は中小企業庁「中小企業白書」による
長野助教も、中小企業の方々から「人手が足りない」「熟練者の技術を残しにくい」「データが少ない」という声をよく聞くといいます。以前には、製造ラインを流れる製品から異物を見つける研究に取り組みました。ネジのように形が決まった製品ならわかりやすくても、食品のように熟練者の目でなければ傷みを見分けにくいものを、AIやロボットで再現できないかという共同研究です。
熟練者にも得意・不得意があり、現場では職員同士が協調して仕事を進めています。ロボットが人の動きをまね、さらにロボット同士が話し合って協力できれば、人手不足と技能継承という課題の解決につながる可能性があります。長野助教は、個別に進めてきた研究テーマを統合するフェーズに入りつつあると語ります。
実用化への課題と、産業界への期待
システムの一部として要素技術を導入することは期待できる一方、ロボットとしての実用化はすぐには難しいと長野助教は見ています。
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| 予算 | ロボットの研究開発・導入には、予算の確保が大きな要素になる |
| 理解 | ロボットやロボット工学への理解・知識が、社会にまだ浸透していない |
| 共有の場 | 優れた要素技術があっても、それを共有する場や、研究者が現場の課題を把握する機会が不足している |
| スペース | ロボットには設置スペースが必要で、特に中小企業では作業空間の確保がハードルになる。ただしロボットアームだけなら、コンパクトで安価なものもある |
見まね学習の技術は、ロボットを動かすだけのものではありません。お手本の動作の特徴から、その人の得手不得手を理解し、「この人にはこうレクチャーするとよい」という教育・研修にも応用できる要素技術を含んでいます。だからこそ、異なる分野の間で課題と技術を共有する場があるとよい、と長野助教は語ります。
若い世代へ――原理を知り、情報を自分で精査する
IT社会の今、若い世代には、情報技術に関する最低限の知識を身につけてほしいと長野助教は言います。システムやロボットがどういう原理で動いているのかを知らないまま使っている学生が多い印象があるからです。
「目の前の現象をただ享受するだけでなく、なぜ起きているのかについて深く考えたり、自ら調べてみたりする姿勢がとても重要だと思います。」
――長野助教
当たり前になっているものほど、疑問を持ちにくいものです。だからこそ、意識的に、習慣的に「なぜ?」と考えることが大切です。また、生成AIが優秀すぎるために、その答えを絶対だと受け入れてしまう傾向にも、長野助教は危機感を抱いています。AIやウェブ上の情報を、改めて自分で精査すべき時代に入っているのです。
日本の未来と、「家族に勧められる技術」をつくる研究姿勢
長野助教は、日本をアニメをはじめさまざまなものを生み出してきた「創造的な国」だと捉えています。他国の文化を受け入れる懐の広さもあります。その多様性と独創性を失わないまま、他国に負けない技術力を備えた国であってほしいと願っています。
一方で、AIを社会に根づかせる取り組みでは米国や欧州に遅れている面があり、制度面・文化面での働きかけが必要だといいます。また、日本は閉じたコミュニティになりやすい傾向があります。海外の人とネットで話すことに抵抗の少ない若い世代が、海外を巻き込むコミュニティを日本発でつくってほしい――トップカンファレンスでも中心的な役割を担えるように、というのが長野助教の願いです。
「作った技術を家族や友人に勧めることができるかどうかが大事だと思っています。」
――長野助教
家族との買い物から生まれた研究のように、「皆さんもこういう経験がありますよね」と語りかけることで、研究を自然に受け入れてもらえる。ストーリーを大切にしながら、人と一緒に成長し、気兼ねなく話し、共に社会活動ができるAI・ロボットの実現を目指して、長野助教は挑戦を続けています。
よくある質問(FAQ)
Q. マルチエージェントとは何ですか?
A. マルチエージェントとは、複数のAIやロボット(エージェント)が相互に作用しながら、協調してタスクを解決する仕組みです。長野助教は、1台のロボットが知識や行動を学ぶ能力と、複数のロボットが集団として学び適応する能力は別のものとして捉え、ロボット同士が役割を分担しながら協調する方法を研究しています。
Q. ロボット同士はどのように役割分担するのですか?
A. 長野助教の研究では、役割やフォーメーションを表すメッセージをボトムアップに学習させ、そのメッセージと自分の観測情報を使って、強化学習で行動を学びます。例えば背の高いロボットと低いロボットが荷物を取る実験では、メッセージのやり取りを通じて、棚の上は背の高いロボット、机の上は背の低いロボットと、自律的に役割を分担できるようになります。
Q. 統率するAIがいなくてもロボットは協調できますか?
A. 長野助教の研究では、全体を管理するロボットやAIはいません。ロボット同士はお互いの身体的な特徴を明示的には知らず、過去の経験やメッセージのやり取りを通じて「相手はこれが得意」と理解していく、完全に分散型のシステムです。中央の統率者を置く方式は効率的ですが、自律性や多様性が失われやすいとしています。
Q. ロボットの実用化にはどんな課題がありますか?
A. 長野助教は、コスト、ロボットの身体性、専門性など多くのハードルがあると述べています。予算の確保、ロボットへの社会的な理解、研究者と現場の課題を共有する場の不足、ロボットを置くスペースの確保なども課題です。一方で、ロボットアームだけなら、コンパクトで安価なものもあるといいます。
Q. AI時代に若い世代は何を身につけるべきですか?
A. 長野助教は、情報技術に関する最低限の知識を身につけ、システムやロボットがどのような原理で動いているのかに関心を持ってほしいと述べています。また、AIやウェブ上の情報を絶対視せず、自分で精査する姿勢がこれまで以上に重要だとしています。
まとめ:ロボット同士も、話し合って協力できる
- マルチエージェントとは、複数のAIやロボットが相互に作用しながら協調してタスクを解決する仕組み
- ロボット同士がメッセージをやり取りし、得手不得手を理解しながら自律的に役割を分担できる
- 統率者を置かない自律分散型の協調は、自律性や多様性を保ち、人間らしい協力関係を目指す
- 人の動きをまね、ロボット同士が協力する技術は、日本の製造業の人手不足や技能継承に貢献しうる
- 実用化には予算・理解・共有の場・スペースなどの課題がある。若い世代には原理を知り、情報を精査する姿勢を
人と共に成長し、共に社会で活動できるロボット。家族との何気ない会話から生まれた研究が、その未来を少しずつ形にしています。
現場の課題と技術を、つなぐところから
優れた技術も、現場の課題と結びついてこそ価値を生みます。DEFiDEは、AI/DXコンサルティングと自社SaaSの開発・提供を通じて、企業のAI活用を支援しています。課題の整理から技術の選定、小さな実証まで伴走します。
▶ 前編:ロボットの模倣学習とは?カメラ1台で人の動きを「見まね」するAI
▶ インタビュー全文:人と共生するロボットの開発に挑む(後編)
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